ジョーカー・エーヴィヒ・ファルシュガルテン
【ジョーカー、永劫偽園】
終わりのあやか。
輪廻の『ボア』の使い魔、その役割は『流転』。
六道輪廻を巡り、人としての業を集め続ける。
ネガが捕らえた人間の皮を被ってその業を味わい尽くす。
集めた業はネガへと吸収され、いずれ解脱への道が示される。
道が示されれば、使い魔どもは歓喜のあまりネガを喰らい尽くすだろう。
♪
終わりのあやかの中枢存在。使い魔どもを束ねる長だ。彼女にだけは、終わりのあやかとして巡る以上の役割を与えられていた。世界の引き継ぎ。ジョーカーの皮がもたらした『時空』の魔法とは別種の能力。ネガが生み出す輪廻を渡るためだけの魔法。
「だから私には代わりがいない。唯一代替不能の存在。終わりのあやかに皮を被せるのも私の仕事なのだから」
存在の手綱を握られている。デッドロックがそう称したことに何も間違いはない。ネガが生成した世界を巡らせる。囁きの悪魔はその手先に過ぎない。
「トロイメライが『終演』を打ち破る、神下しの神話。それを彩るのが私たち、終わりのあやか」
「終わりのあやか、笑えねー話だな⋯⋯」
噴水の上で仁王立ちになるジョーカーを、デッドロックが見上げていた。彼女だけではない。色のない、表情のない、そんな終わりのあやかの群れが噴水を取り囲む。白いエプロンドレスを纏う彼女らは、どこかあの純白の少女を想起させた。
「笑えなくても、それが真実よ」
「一番笑えねーのはあんたのせーへきだよ⋯⋯」
「アリスには隠れてもらったから。しばらく会えないの」
くるりと回ってお辞儀する終わりのあやかたち。悍ましいものでも見たかのように、デッドロックが舌打ちした。
「あんたを守るのは理解出来る。けど、アリスとやらは必要なのかい? そもそもなんなんだ、あいつ」
「アリスはアリスよ。私の女神様なの」
ジョーカーが指を鳴らした。有象無象のエプロンドレスたちが形を崩す。黒いヘドロが噴水の水と一緒に排水溝に吸い込まれた。
「この輪廻を生んだネガがどうして彼女の存在を維持しているのか。それは私にも分からない。けど、アリスの
「訳の分からないもん、アテに出来んのかいね?」
「あの子には世界を創造するほどの魔力が蓄えられた。私が束ねるべき輪廻の業は全てあの子に捧げたから。彼女と一緒に、私たちの世界を作る。みんなで『幸福』を掴みましょう?」
ジョーカーが示す『幸福』の概念。それは終わりのあやかたちが永劫輪廻の牢獄から独立すること。新世界で、彼女らは自分の
「⋯⋯ま、悪い話じゃねーか。ヒロも神里を守れんなら文句はねーだろ」
彼女たち終わりのあやかは、この世界の崩壊と運命を共にする。それが本来の役割。しかし、終わりのあやかたちは叛逆する。自らの意志で、自らの欲を為すために。
皮を被せる、自我を与えるということは、そういうことだ。
「なにより、あんたはなんかほーっておけねーんだよな」
大槍を担いだデッドロックがにかりと笑う。
「な、なによぅ、いきなり⋯⋯」
「はは、照れんな照れんな!」
唇を噛みながらジョーカーが噴水を降りる。
「⋯⋯⋯⋯私の欲に、付き合わせてしまってるようで、ごめんなさい」
「いーさ。新世界の創造さえ成せれば、あたしらも自由に生きられる。デザイアやスパートだって蘇るんだろ?」
ジョーカーは躊躇いがちに頷いた。
その不自然さを見逃す赤の少女ではなかったが、小さく笑って見なかったことにする。死闘は必至。迷えばそれだけ隙になると理解している。どれだけ荒唐無稽な世界でも、現実をシビアに見抜いて生き抜く。
「なーに、うまくやるってーの。あたしはどっちつかずのデッドロックだからさ。拘りを捨てて最善を獲るよ⋯⋯誰にとっての、とかも気にせずね」
見回りに動こうとしたデッドロックだが、袖を掴まれて止まる。デッドロックは振り返った。ジョーカーは黙ったままだ。待って、悩んで、目線だけが忙しなく。見回りの交代の時間だった。ヒロイックが待っているはずだ。
小さな溜息一つ、デッドロックはその手を振り払う。
「――――甘えんな。ここで迷えば全部消えちまうだけだぞ」
「⋯⋯違う。私に迷いは、ない。欲のために全てを賭ける覚悟がある。だから、そうじゃなくて、その――――」
ありがとう。
そう言おうとしたジョーカーが動きを止める。運命が追い縋る。一度俯いて、再び上げた顔。そこには獣の執念が浮かんでいた。デッドロックが小さく口笛を吹いて称賛する。
「トロイメライ――――終わりのあやか」
「ジョーカー――――終わりのあやか」
お互い、同じ存在だった。主軸たるあやかと、統括者たるえんま。もはやどちらも使い魔としての役割をこなす気は皆無だ。己の目的のため。夢のため。立ち塞がる運命を、ここで打倒する。
「真実を⋯⋯
「お前を倒して全てを終わらせる。それが俺の戦いだ」
「そんなことをして、なんになるの」
「夢を叶えるんだ」
視線と視線が激突する間、赤槍が運命を遮った。耳の後ろに指を当てたデッドロックがギロリと睨む。あやかの視線がそちらに逸れた。その一瞬、時間が止められたか、はたまた空間転移か。ジョーカーの姿は消えていた。
「別に、あんたにゃ恨みはないんだかな」
「つれないこと言うなよ。俺とお前の仲だろ?」
首を傾げるデッドロックに、あやかは含み笑いを見せつけた。マギア・デッドロック、
しかし、あやかはもうそこで怯まなかった。
「俺は『偽物』だなんて思わないぜ。一緒に戦ったときも、敵対したときも。想いがあって、意志があって、だからどうしようもなかったんだって」
真由美とは違う考え方。より実存的に関わりを持ってきたあやかには、彼女たちを否定することはできない。ただの使い魔と切り捨てられはしない。
「……はーん、よくわかんねーけど――――やる気なんだな?」
「ああ、やるぞ」
あやかは拳を構える。意志を示すのだ。
煤けた赤、
(証明してやるよ。俺もお前も――――『本物』なんだってな)
偽りの幻ではなく、本物の意志なのだと。
♪
『ヒロイック、すぐにこっちに来て』
『ごめん無理』
デッドロックが短時間で繋いだ幻聴通信。ヒロイックからの返答で状況を把握する。トロイメライをデッドロックが引き受けている以上、ヒロイックを足止め出来る候補は唯一。
「メルヒェン⋯⋯ッ!」
強く歯を食い縛る。
「あると、すれば⋯⋯」
何らかの策があるのか。
マギア・メルヒェン。思えば、かの水色の少女も不可思議な存在だった。終わりのあやかの世界に紛れ込んだ真正のマギア。彼女はずっと、トロイメライが神下しの神話を完遂することを邪魔していた。ネガ本体の狙いを掴んでいる証拠だ。
マギア・メルヒェン、『
余所者であるが故に、輪廻のネガの精神汚染を直に受けていたはずだった。世界を渡れるはずもない彼女は、記憶を持ち越していたとは思えない。それでも、ここまで追い縋って来たことは事実。
「厄介なのは、あの魔法」
『創造』の
アレらがメルヒェンを特別にしていた。ジョーカーはそう判断する。
『ヒロイック、メルヒェンは生け捕りにして。皮を剥ぐ』
了解、と幻聴が響いた。
生け捕りにして、
「ヒロイックは負けない。デッドロックは負けない。私は絶対に勝利する。私の世界を成就する。私とアリスの、『幸福』を――――――」
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