メルヒェン・メモリー

【メルヒェン、記憶】



 憧れというのは、麻薬みたいなものだ。

 その身を駆け抜ける衝撃を、大道寺真由美は忘れない。運命だった。この身を焦がす感情に、折り合いをつけることなんて出来ない。遠目に眺めるだけ、たったそれだけでもその光は眩い。直視出来ない。


――――いつか、その隣に立つために


 強くて、格好良くて。いつか憧れた絵本の勇者様のように。勇ましく剣を構えるのだ。

 守る勇者様にも、守られるお姫様にも憧れていた。

 真由美は、あやかという少女に出会った。記憶は雄弁に語る。焦がれ、狂い、少女は自分の身が内側から弾け飛ぶと錯覚した。荒れ狂う感情は、小さなこの身に収まりきらない。

 ああ、報われない。

 何もかもが報われない。

 想いは実らず、湧き上がるのは嫉妬の炎だった。彼女は誰よりも輝いていた。太陽の如き煌めきは、小さな影など覆い尽くしてしまう。それでも、嘘だけで塗り固められるほど少女は強くなかった。

 太陽は、心地良い。

 離れられない。捨てられない。


――――私が、本当に欲しかったもの⋯⋯


 力を手に入れた。ズルだと理解していた。魔法なんてインチキで、を手に入れられるなんて思っていない。

 でも。それでも。

 取り戻すんだ、『本物』を。


「十二月三十一日あやか、お前は私が倒す」


 並べる土俵に立てるのならば、あるいは。

 精一杯以上の虚勢を盾に、魔法という偽りの武器を構える。それが、少女が掲げる夢心地メルヒェンだ。







「君が、メルヒェンか」

「デザイア、とトロイメライ。デッドロックにはもう会った?」


 火花が散る。仲良しこよしという空気ではない。まさに一触即発。ここで二人に敵対されるのは、あやかにとっては避けたい流れ。身に染みている破滅の道筋だ。いつかの逆のように、あやかは一間の口を遮った。


「メルヒェン」


 言葉を選ぶ。


「力を貸して欲しい。俺にはお前が必要だ。デッドロックが障害になるのなら――――一緒に戦ってやる」


 畳み掛ける。


「俺とデッドロック、どっちと組む?」

「おい、僕は無視かよ」


 一間は、同盟のメリットさえ示せればついてきてくれる。そんな損得勘定で割り切る女だ。信頼以上の確信がある。

 だから、ここは未知数の真由美に合わせるしかない。


「アンタと組むメリット、ね」


 真由美は、あやかの力を知らない。あやかもなんとなくマギアの勝手が分かってきた。縄張りとヴィレの利権、そして実力主義。もし、三人でデッドロックを打倒しうるのであれば、真由美や一間の立ち回りも大きく変わってくるだろう。それは、あやかにとってとても良い流れだ。


「助けてくれ、真由美。俺はもう手詰まりなんだ」

「ふぅん、アンタもそんな顔をするんだね」


 顔。

 どんな顔か。

 ここに鏡はない。確認しようもない。あやかは自分が今どうなっているのか、さっぱり分からなかった。足が震える。驚くほどに声が掠れる。こんなに自分に自信が持てないのは、きっと初めてだ。


「ちょっとは私の気持ちも分かった?」


 小悪魔のように艶美な笑み。不覚にもあやかの心臓が跳ねた。真由美の発言の意図は読めなかったが、何かが彼女の琴線に触れたのは感じた。あやかの知らない真由美。その片鱗が垣間見える。


「ねえ、女同士のイチャイチャ見せつけられても面白くないんだけど」


 一間の発言で、あやかの心臓が別の意味で跳ねた。


「イチャイチャして悪か「そういう貴女は、どう思っているのかしら?」


 真由美が一間に向き直る。紅潮した頰を隠すように片手で口元を覆っていた。


「結局――君はデッドロックに、屈した、のかい?」


 確信犯めいた口の利き方だった。真由美の表情が氷点下まで凍りつく。諸々の事情抜きにあやかが硬直した。


「そういう、貴女は、どうなのかしら?」

「高梁からさっさと出て行ってもらうのが、妥協のラインかな。あいつとしても、僕と真っ正面からやり合うなんて疲れることはしたくないだろう」

(疲れる、ね……)


 その表現に、あやかは苦笑した。一間は自分を正しく評価している。


「ただ、デッドロックに仲間がいるなら話は別だ。僕とトロイメライは先手を打って君を、ここで、撃破する」

「あら恐い」


 とぼけたように笑う真由美。その様子に、あやかは違和感を覚えた。あの赤い閃光のようなマギアを思い出す。彼女は、真由美に何かあれば即座に切り捨てるだろう。真由美も、それが分からないわけでもないはずだ。


(だったら――――この余裕はなんだ?)


 まさか二対一で勝てるなどと自惚れた考えを持つ少女ではない。現実を見据えて、不足を足掻いて埋める。そんな小さな女こそが、あやかが見ていた大道寺真由美。



 あやかなら立ち向かった。

 一間なら奸計で躱した。

 デッドロックなら素直に退く。

 そういう場面だ。わざわざこの場に姿を現した以上、真由美はこちらに付くはず。あやかは、そう侮っていた。


「真由美、まさか戦う気か……?」

「不躾ね。私がこうすることがそんなに不思議?」

「俺たちに、勝てるわけないだろ」

「そんなに私が欲しいなら、殺して、死体を好きにしたらいいじゃない」


 好戦的な表情は、あやかの知る少女のモノではない。無謀を一間が嘲笑う。


「さてはデッドロックに手ほどきを受けたか」

「ご明察。デッドロックは神里が欲しいんだって。縄張りでも欲しくなったんじゃないかしら?」

「君は神里への応援を拒絶する壁か。随分、便利に使われているみたいだけど?」

「そうね。お互いメリットがあるもの。私は優秀な働き者なの」


 売り言葉に買い言葉。不穏な空気だけが膨れ上がる。喉がひりつく。あんなに好戦的な真由美は、ギラついた笑みを見るのは、初めてだ。自分の力を、見せびらかしたくて、見せびらかしたくて、とにかく仕方がないのだ。もう、戦いは避けられない。


「分かった真由美! 負けた方が勝った方の軍門に下る! それで文句はないだろッ!?」

「トロイメライ、それは悠長だ。だって彼女は」

「そう。私は高梁をもらうって言っているの」


 縄張りを賭けたマギア同士の戦い。


「なんでだよ⋯⋯わけ分かんねえ⋯⋯⋯⋯」

「ふふ。二人掛かりでもいいわよ?」

「トロイメライ、君はどっちにつく?」


 あやかは何も言えなかった。

 決断出来ない奴は、必要ない。マギア二人が敵意をぶつける。

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