デザイア・リミテッド

【デザイア、制限事項】



「え、やめてよ⋯⋯」


 露骨に嫌そうな顔をする一間が、あやかの服を引っ張った。


「へー、あたしと組もうってかい?」

「ああ。倒さなければならないネガがいる」


 だが、あやかは退かなかった。ガンを飛ばすように見つめ合う。

 デッドロックが値踏みするような視線を注ぐ。切れ長の目、長い睫毛まつげ。真っ直ぐに伸びた鼻筋に、ふっくらとした唇。獰猛な威圧感と端正な顔立ちのギャップに、あやかの頬に朱が差した。


(くそ……いい顔してやがんな…………)

「んー? ビビったかい? あんたと組むメリットがあるってんなら聞かないでもないよ?」

「⋯⋯魔力飴ヴィレは、あんたの一人占めでいい」


 ぴくり、とデッドロックの肩が跳ねた。釣れた。あやかは手応えを掴む。マギアにとって、ヴィレは重要なもの。それを餌にすれば、この歴戦の戦士は動く。だが、相手は一枚上手だった。


「いーぜ。ここであんたがデザイアを殺すってんなら組んでやる」

「⋯⋯なんでそうなる」

「そいつは裏切り騙しなんでもありの喰わせモンってやつだ。共闘はごめんだね。あんたの力にヴィレがついてくるってのは魅力だが、危険をおかすほどじゃねーな。それでもあたしが欲しいなら、相応の覚悟を示せ」


 正直、否定出来ない。これだけ強くても、用心深さは一間に劣らない。これが、マギアが生き残るための戦い方だというのか。そうだとしたら、あやかは胸が締め付けられる。


「⋯⋯ネガは人を襲う。守りたいって、思わないのか?」

「ゴタクはやめろ。あんたら、あたしの槍の間合いに入っていることを忘れんな」


 あやかは両手を上げて引き下がった。デッドロックはポケットから板チョコを取り出すと、真っ二つに割る。目線が、あやかの陰に隠れる一間の方へ。


「よー、。昔の馴染みだ、やるよ」

「はは、どうも⋯⋯⋯⋯」


 苦々しい顔で、一間は半分の板チョコを受け取った。もう半分を齧りながら赤い少女が去っていく。あやかは何も言えなかった。







「助けてくれて⋯⋯ありがとな」


 デッドロックが見えなくなって、あやかはまず一間に頭を下げた。一間が加勢してくれなければ、あやかは間違いなくやられていた。


「縄張りで暴れられて、放っておくほど能天気じゃないさ。それに⋯⋯まぁ

一応後輩だし」


 あやかは片手で顔を覆った。隠せてない部分から、赤みがかっている肌が覗く。ちょろいと呟く一間は、やっぱり一間だった。

 マギアの縄張りとは、ネガを狩ってヴィレを優先的に収穫するための陣地、とのことだった。何気なく一間に聞いたら、意外とあっさり教えてくれた。マギア同士の暗黙の了解でしかないので、知らずに勝手をしたマギアが潰されることもあるらしい。ヴィレを目当てにするマギアにとって、縄張り争いは死活問題だとか。

 だから、実は一間の行動は至極当然なものだったのだ。


「君こそ、僕を見捨てれば目的は果たせたんじゃない? デッドロックは君を認めていたみたいだし、多分世話も焼いてくれると思うよ。ああ見えて面倒見が良いから」

「マジかよ⋯⋯⋯⋯」


 あまり、そんな風には見えなかったが。旧知の仲らしい彼女が言うのだから、そうなのかもしれない。しかし、それすらも適当な嘘だという可能性もなきにしもあらず。あやかは閉口するしかない。


「でも⋯⋯デザイアは、ほら、仲間だし⋯⋯見捨てらんないというか、な」

「君、そんなんじゃ早死にするよ」


 図星にあやかはうな垂れた。それにしてもあんまりな言い草である。


「しっかし、デッドロックがまさかね」

「知り合い、なんだろ?」

「関係についてはノーコメント。ただ、流浪のデッドロックは有名人だよ。縄張りを持たない、持つ必要がないほど強力なマギア。気紛れに他のマギアの狩場を漁っては、ほんの少しだけつまみ食いしていくヤバい奴だ。関わるべきじゃないし、気にしてもいけない」


 厄介な奴が現れた、と一間は肩を落とす。


「つまみ食い? 徹底的に潰されそうな感じだったぞ」

「気持ちは分かる。でも、そこまでいったら流石に徒党を組んで潰されるよ」


 おいしいところだけを掻っ攫い、リスクはきっちり避けていく。どこか一間を彷彿とさせる立ち振る舞いだった。本人は気付いていないようだ。違いは、それを押し通すだけの実力があるかどうか。

 デッドロックがデザイアに似たのか。

 デザイアがデッドロックに似たのか。

 その疑問を、あやかは胸にしまった。


「けど合点がいったね。僕を妨害してきたメルヒェンとかいう奴、デッドロックに差し向けられたってことだ」


 妨害。

 前回までもあったのか。今回だけなのか。あやかには知りようもない。時間のループ現象が起きているのだとすれば、同じことが起きるのだと思っていた。今回は、前二回と状況がやや変わっている。ループごとに行動が変わるのか、はたまたあやかの行動が何かを変えたのか。確かめようもない。


「デッドロックの――――目的は」


 言って、あやかは後悔した。少し攻めすぎたかもしれない。どんな些細な行動が致命的な結果を生んでしまうのか。過敏になってしまう。行動に躊躇が生まれる。


「さあ。僕ごときに狙いがバレるなんてヘマはしないよ。それに、そんなものに興味なんてないさ」


 対して、一間の反応はあっさりとしたものだった。


「ただ⋯⋯僕調べのデッドロックの動きだと、神里に向かっている可能性はある」

(調べてんのかよ)


 否、バリバリ気にしている。


「今さら神里に、なんのつもりだろ」

「神里になにかあるのか?」

「英雄、マギア・ヒロイックだよ。デッドロックに匹敵するならあいつしかいない」

「ヒロイックってどんなマギアなんだ?」


 一間が、能面のような無表情であやかを見た。失言に気付いたらしい。


(今さら誤魔化しきかねえだろ⋯⋯)


 あやかは苦笑を噛み殺した。だんまりを続ける一間が、まるで拗ねた子どものようで、とても可笑しかった。仕方がないので、あやかはやや上機嫌のまま引き下がる。


「……トロイメライ。君の言うネガが本当に来るとして、メルヒェンを味方にするのは悪い手じゃない。けど、デッドロックの息がかかっているのなら、それ以上の虎の尾を踏みかねないよ」


 面倒臭い。あやかは素直にそう思った。

 どうして同じマギア同士でこんな勢力図争いをしているのか。ネガを倒す。そんなシンプルな思考で十分なはずなのに。あやかが返答に窮していると、状況の方が変わった。


「――――あら、お揃いね」


 マギア・メルヒェン、大道寺真由美。

 見慣れた水色の長髪が、鮮やかに視線を奪った。

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