メルヒェン・エラー

【メルヒェン、失敗】



 マギアにも仲間はいる。約束の賭けに至る才能は稀有なものだったが、人類全体の母数を鑑みるとそれなりの数がいても不思議ではない。


「私たちが左右で挟み込むから、後ろからネガの動きを封じて!」

「はい!」


 双子の姉妹、仲が良くて息もぴったり。そんな関係性に憧れた。在りし日のヒロイックは、隣町から来たらしい彼女らと初めての同盟を組んでいた。


(これが、本当のマギアの戦い方……!)


 自分みたいな、役に立たない魔法ではない。爆発の魔法と旋風の魔法。

 三人ならば、きっとどんなネガだって敵にはならない。本気でそんなことを信じていた。今だって巻き込まれた犠牲者たちを助けるために戦っている。


「え、ヤバ!?」「こいつこんなことすんの!?」


 無数の触手が分化する。小柄だと侮っていたネガが膨張した。包囲が崩れる。タコのように身をくねらせるネガに、ヒロイックの鎖が意味をなさない。姉妹のマギアはあっさりと後ろに下がった。


「どうする気?」

「ごめん、あたしらじゃ無理無理」「ここは退こうよ」


 耳を疑った。我が子を探して泣き叫ぶ女性の声がする。幻聴だ、とヒロイックは首を振った。


「そんな、わけには」

「命あってこそだって!」「事故だよ事故!」


 ねー、と顔を合わせる姉妹が逃走を始める。目に光を失う黄のマギアが、ネガに向かった。迷いのない動線に姉妹の足が止まった。


(守る。守る――――優しく、包み込むように⋯⋯)


 発動した魔法が軟化する。助けられなかった少年を想起する。色の落ちた鎖が、リボンへと変化した。見える限りの人間を包み込み、ネガの触手から守る。


(魔法。魔法。これが私の力。この力さえあれば、私は人を守れる。

 きっと――――――求めてもらえる)


 そこから先は、まさに死闘だった。マギア・ヒロイックのリボンと鎖、ネガの触手と巨体。それらが縦横無尽に蠢き回り、少女の裂けた肌から血の塊がいくつも飛んだ。少女の喉から漏れたとは思えない怒号が結界に響き渡る。

 いつのまにか、ヒロイックは見下ろしていた。

 無数の鎖に全身を貫かれたネガを。

 軟体と触手が墨のように流れ落ちていく。結界が消えていく。囚われた人たちも全員守れた。自然に口元が緩んでいく。ヒロは、ネガが遺した飴玉を掴もうとして。



「うっわ、なに笑ってんの?」「ハイになっちゃったんだね、ご苦労様」



 横から伸びた手に奪われた。抗議の目線を向けるが、抵抗する力も、文句を言う力すらも残っていない。キャッキャと明るく雑談する姉妹は、倒れた戦士には目もくれずに帰っていく。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯よかった」


 結界が晴れて、襲われた人たちも意識を取り戻して、ようやく一人になったヒロに表情の変化はない。


「みんな、私が助けた」


 戦える。まだまだ戦える。魔法の力はこの手中に。


「もっともっと強く。私はみんなを助けなければならない」


 刻み込むように、何度も何度も口ずさむ。ギラリと、意志のみなぎった光がその目に灯る。

 本当のゼロから出発した少女に、マイナスはない。

 今日に至るまで、彼女は未だに戦い続けている。







「なるようにしかならないわ」


 体育座りのまま、この世の真理を真由美が語る。それをじと目で見つめるあやか。珍しい構図だった。


「他にどうにでもなっただろ」


 女子中学生二人が馬鹿正直にフロントに来て部屋を貸すホテルなどあるはずもない。妙に張り切って突入したお嬢様が、一分も保たずに追い返された。例のごとく忍びこもうとしたところ、どこかのお嬢様がずっこけてバレた。フロントで説教をくらい、国家権力が召喚される前にここに逃げ込んだ。


「忘れがちな設定だけど、真由美は世間知らずなお嬢様だったよね……」

「うるさい! 設定言うな。あと世間知らずでもない」


 真由美が赤く染まった顔を伏せる。珍しい表情にあやかがにやにやしながら眺めていると、きっと睨み返された。あやかは喜ぶ。


「俺は正直野宿でも平気だけど、真由美はキツいでしょ」

「いや、別にそんな⋯⋯」


 気まずそうにそっぽを向かれた。自分の失態が招いた事態に我儘は言えない。


「無理すんなって。ベストコンディションを整えてくれなきゃ俺も困る」


 あやかが真由美の腕を掴んで立ち上がる。強引に引き上げられてよろける真由美をあやかが引き寄せる。殴られた。だがその力は弱々しく、あやかにとっては心地良い加減だった。


「困るって⋯⋯⋯⋯どうすんのよ、実際」

「俺に良い考えがある!」


 歩き出したあやかに真由美が続く。他のホテルを探そうにも、忍び込めるホテルなのかどうかの目利きは二人にはない。あやかがここを選んだのも、かつてデッドロックと組んだときに拠点にしたというだけだ。

 移動中も明るく雑談を投げかけるあやか。対する真由美はモゴモゴと口籠もって歯切れが悪い。さっきの失敗が尾を引いているみたいだ。


「ねえ、ちょっと――――謝るから、ごめんって」

「へ?」

「だから⋯⋯そろそろどこに向かっているのか教えてくれない?」


 なにかを勘違いしていそうな親友に、あやかは呆けた声を上げた。事情通の真由美はてっきり知っているものだと思っていた。それはあやかの勝手な早とちりだったか。


「そろそろ着くぜ。英雄の城だ」


 真由美の表情が固まった。聳え立つタワーマンションが、あやかの一言で禍々しいオーラを帯びた気がする。


「⋯⋯⋯⋯まさか、マギア・ヒロイックの家に転がり込む気?」

「うん」

「神経を疑うわ」


 あっけらかんと言い放つあやか。彼女の中では、二人くらい増えても問題ないくらいの部屋が想起されている。ズカズカと進入し、オートロックの外ドアの前で唸る。


「これどうやって開けるか分かる?」

「バカなの?」


 もう、どこから突っ込めばいいのか分からない。そんなこんなでいつもの調子を取り戻しつつある真由美は、背後から投げつけられた気配に凍りついた。


「こんばんわ」


 異邦人二人に声をかけた人物。買い物袋を手に持つ人物は、郁ヒロ。神里とその周辺に名を轟かせる英雄。エコバックにプリントされた猫さんの顔が横長に歪んでいる。


「手を組むかどうか、保留にして頂いても構いません」


 大袈裟に頭を下げ、妙に畏まってあやかが言った。


「その代わり――――しばらく泊めて下さい」

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