ジョーカー・チート

【ジョーカー、最凶の魔法】



 マギア・ジョーカー。

 その魔法の性質は――――『時空』。





「そんな、こと⋯⋯⋯⋯あり?」

「大アリ大マジマジ卍」


 頭を叩かれた。疾走するあやかがしゅんとなる。だが、巫山戯ふざけていられる場合ではない。真由美が憎々しげに爪を噛んだ。

 時間と空間を歪める魔法。あやかが聞いたのはこれだけだった。具体的にどこまでのことがこなせるのか。想像力が悪い方向に働いてしまう。


「算段はあるか?」

「考え中。今はとにかく追いついて」

「あらほらさっさ!」


 だが、速い。追いつけない。狙撃されは追跡、逃げられては狙撃。あやかの拳が銃弾を防ぎ、真由美がフィールドスコープを覗く。

 やがて、真由美は意を決して白球を浮かべる。


「どうすんだ?」

「こっちも狙撃する」

「分かってるとは思うけど、絶対に命まで断つなよ⋯⋯」


 その言葉に反応はない。あやかの背中から水色の足場が生えた。真由美はそこに寝そべり、魔法で組成したアサルトライフルを構える。


「上体、揺らさないで」

「無茶言うな……」


 引き金を引く。二発、三発。狙撃にしてはよく撃つ。


「一発当たった。このまま真っ直ぐ、逃がさないで」


 どれだけ素早く動こうとも、不意をつかれれば関係ない。だが奇襲は奇襲。何度も通るとは思っていない。


「見つけたぜ」


 手と足で捉えられる範囲に入れば、あとはあやかの独壇場。あの華奢な肢体が肉弾戦に向いているとは考えにくい。


(だから距離を離したんだろ?)


 姿を捉え、拳を固める。当たったのは恐らく右足。若干引きずって動きがぎこちない。あやかやスパートのような、ずば抜けた回復力はないみたいだ。


「食らっとけ!!」


 殺すわけにもいかないので魔法は使わない。ロードの勢いに乗って地力で殴り抜ける。


「…………?」


 手応えがない。空振りだ。動いたのは真由美。生成した盾で背後からの銃弾を防ぐ。


「どうなってんだ?」


 背後。ジョーカーが構える小銃の銃口から、硝煙が立ち昇る。時間か、空間か。どちらかを、あるいは両方を歪めた結果なのだろう。この超常の魔法に二人は挑まなければならない。

 膠着状態。

 足を負傷したジョーカーは素早く動けない。魔法そのものに大した破壊力はないと、本人はそう言っていた。だからこそ、一撃の破壊力に優れるあやかの力を借りたかったのだと。


「真由美、どうすんの?」

「ジョーカーの瞬間移動、それを攻略するしかないわ」


 銃弾を警戒して全方位に水色の盾が展開していた。守りは万全だが、あやかが攻撃に入れない。

 攻撃のタネが分かれば対策の打ちようがある。特に、真由美の場合は。


「分かった、お前に従うよ。アテはあるのか?」

「瞬間移動といってもすごく速く動いているわけじゃないわ。でなければスコープで捉えられるもの」


 線ではなく点の移動。ジョーカーは本当に消えて現われている。真由美の見通しを何らかの方法で潜り抜けているのだ。


「例えば、時間を止められるとか。空間そのものを入れ替えられるとか」


 もし、そうだとしたら。そんな反則じみた魔法が使えるのだとしたら。ジョーカーも真由美と同じように、全能とまではいかなくても、万能の領域には至っている。


、それしかない」

「阻止⋯⋯⋯⋯そんなこと出来るの?」

「するの」「するんだ」


 あやかは了解した。真由美があやかに耳打ちする。だが、次の瞬間。派手な散弾銃のような衝撃音とともに大盾が砕け散った。爆風が二人を引き剥がした。


「嘘、でしょ……?」


 小銃を両手に一丁ずつ。だらりと両腕を垂らすジョーカー。実弾の脅威は身に染みるが、それだけでここまでの威力が出るとは考えにくい。

 真由美が腕を振るうと、大盾が複数展開される。明らかに数発、数十の銃声が木霊こだました。


「防御が保たねぇぞ!!」


 盾が砕け散る。水色のカーテンが広がる。視界を遮って狙いを定めさせない。

 マシンガンのような弾幕がカーテンを打ち払い、視界が開ける。ジョーカーの指が止まる。真ん前に立つのは、突撃の姿勢のあやか。

 足元からはロード魔法が――三本。


「行くぜ!」


 ジョーカーが小銃を手離す。片腕を前に。

 あやかが一瞬、


「ロード、確率変動ってとこね」


 真由美の入れ知恵。

 ロード魔法を『反復リロード』で複製。全ての始点を足下に重ねる。どれに乗るかは完全に運任せ。それを反復リロードで繰り返すとどうするか。

 結果、同様に確からしい現象がすべからく実現した。幻覚ではなく、本当に分裂した。そして収束した確率は数秒後の未来にたった一つ具現化する。


「こっちだよ」


 右端。ジョーカーから見て左。拳を構えたあやかの姿。ジョーカーが腕を伸ばすと、不可視の壁が拳を阻んだ。空間がたわんでいく感触が伝わる。


「リロード!」


 だが、止まらない。さらに先へ。ジョーカーがもう片方の腕を伸ばした。歪む空間、軋む時間。

 あやかの拳はジョーカーの鼻先で静止していた。歪み、歪みきった反動が弾ける。腕を捻じ切られるのを復元リペアで相殺する。距離を空けられた。


「ごめんなさい」


 銃口があやかの足に向く。数十秒動けなくしてしまえば、無防備な真由美を始末出来る。


「リロードロード、確率変動!」

「無駄」


 ブレた数だけ銃弾も増える。あやかの足がまとめて地面に縫い止められた。真由美が放った銃弾がジョーカーの近くで弾け飛ぶ。


(無茶、苦茶⋯⋯だッ!!)


 理解が追いつかない。足を復元している間に、ジョーカーは真由美の後頭部に銃口を突きつけていた。目が、本気だった。あやかは最悪を覚悟する。

 銃声。

 が、銃弾は真由美の頭部をすり抜けた。幻。あやかはそんな魔法に心当たりがある。彼女は知らなかったが、真由美は既にデッドロックの魔法を視ている。


「真由美!」

「どこ⋯⋯?」


 だらりと両腕を垂らすジョーカーの周囲。断続的に刀剣が降り注ぐが、全てが彼女に突き刺さる前に自壊した。立ち上がろうとしたあやかが、背後に現れたジョーカーにまたも足を撃たれる。

 呻いたあやかが転がる。その視線の先、いた。

 大道寺真由美。やたらファンシーなフィールドスコープを覗きこんでいる。


「仕組みが複雑過ぎて再現は無理ね。でも、タネは割れたわ」


 真由美は考える。ジョーカーが歪めた時空間が銃弾を乱れ打ちにした。豪雨のような銃声が穿つのは、真由美の幻影に過ぎない。


(ジョーカーはどうしてデッドロックを抱き込んだのか。もしかしたら、『幻影』の魔法がジョーカーのメタになっているのかも⋯⋯いくら歪めても、騙くらかされたら機能しない)


 突如、世界から色が消えた。光が静止したのだ。

 幻影を掻き消された真由美がほくそ笑む。唯一残った色、それが水色だった。


「時間停止。本当にここまで出来るのね」

「⋯⋯どうして、動ける」


 真由美は右手首を掲げた。ジョーカーが右手を引っ張られる感覚に視線を落とす。水色のリボンが巻きついていた。


「お前に触れているモノの時間は停止しない。だからこそ止まった時間で活動が可能。正解かしら?」

「この――――ッ」


 世界に色が戻る。絡まるリボンに動きが阻害される。あの英雄ヒロイックの魔法だ。抜け出すのは容易ではない。

 真由美の日本刀がジョーカーの心臓を狙っていた。マギアの急所。魂の在り処。その目は本気、殺すつもりだった。だが、刃は直前で砕け散る。


「この勝負――――俺たちの勝ちだ!!」


 傷だらけで、それでも気丈に立ち上がる。この場で誰よりも純粋で、傷だらけだった彼女の拳。その一撃が凶刃を砕いていた。闘志に溢れた視線が暴れる。ここまで戦い抜いた積み重ねが、異様な威圧感として悲劇を食い止めていた。

 真由美は追撃を諦め、ジョーカーは素直に両手を上げる。


「どっちも、俺の仲間だ。ぶっ潰してえなら、先に俺を倒せ。文句は言わせねえぞ!」


 言い放つと、あやかはにっかりと笑った。

 決着の瞬間だった。

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