デザイア・メンター

【デザイア、姉妹弟子】



(どうせなら、本気でジョーカーを打ち破ってみるか)


 2対1ではあるけれど。

 戦いが始まって、まず最初にジョーカーが消えた。あやかは飛びかかる相手を見失う。


「伏せ!!」


 反射的に身体を屈めると、あやかの上で鉛玉と水色の銃弾が衝突した。弾けた跳弾はヒロイックとデッドロックが素手で握り潰す。狙撃。しかもあやかごと真由美を狙う軌道だった。


「ロード!」


 最初の一撃を防げたのは大きい。狙撃の方向は完全に掴んだ。真由美の手を引き、空を駆ける。ジョーカーに対抗するためには、瞬間移動で逃げられる前に最速最短で捕まえるしかない。


「⋯⋯⋯⋯追わなくていいの?」

「あんたを止められるのは、あたしだけだよ」


 本当に盟主が二人を引き付けてしまった。二人がかりでも勝てる算段があるのか、デッドロックは不敵な笑みを浮かべるだけだった。

 どのみちヒロイックは乱戦で制せない。戦力の分散は望むところなのだろう。


「そっちこそ、助けてやらなくていーのかよ? それに、水色のちっこいのには裏切られたんじゃなかったか?」

「お生憎さま。喧嘩しても仲直り出来るんですもの」


 それに、と。


「貴女を止められるのは、私だけでしょ?」


 意趣返し。かつては止められなかった。しかし、今ならば。


「……へー、言うよーになったじゃねーか」


 デッドロックが大槍を構える。じゃらり、と威嚇のような鎖の音が応えた。


「物騒だな怪物どもが!! 向こうでやってろよ!!」


 デザイアが棍棒を振り回す。ヒロイックがスパートに視線を送った。頷く緑のマギア。


「うん、


背中を任せられる仲間。その意味を噛み締めて、ヒロイックは跳んだ。


「おい、デッドロック」


 赤のマギアは振り返らない。


「負けてやんなよ。お前だけなんだからな!」


 反応せずに飛び出したデッドロックに、デザイアは舌打ちを投げた。だが、言葉を聞くために少し立ち止まってくれた。目だけが笑っていない笑顔で、電柱のような長身を凄ませる。

 橙と緑。面識はほとんどない。だが、分かりやすい因縁はあった。



「じゃあ――――僕らも始めるか、妹弟子。


 僕はマギア・デザイア、



 図らず、姉妹弟子が相対する。スパートは、デザイアのことを伝聞で知っていた。戦闘力では劣りながら、謀略に優れると。余裕の笑みで棒立ちになっている彼女に、スパートは攻めあぐねていた。


「どうした? 来なよ」


 デザイアが人差し指で挑発した。


「それとも、?」


 頭に血が昇ったスパートが飛び出した。速い。しかし、直線的な軌道は読みやすかった。半歩ずれただけで突貫が回避される。そのまま足を引っ掛けられてスパートがすっ転んだ。


「ははは、慌てるなよ」


 棍棒。勢いの乗った打撃は、防御に突き出したグラディウスソードを叩き割った。破片と衝撃がスパートを苛む。


「その程度で弟子だなんて、何を今まで学んできたんだい?」


 揶揄するような口調は、わざとだろう。スパートの傷が緑光に癒される。立ち上がった彼女は、深呼吸で身体を落ち着かせる。


「君、単独での実戦経験はほとんどないでしょ? 過保護だからね、あのお茶目さんは」


 デザイアは、あくまで攻撃を誘うような姿勢を崩さない。スパートは考える。流れに飲まれてはいけない。敵の攻撃で自分を倒し切れる術はないはずだ。


「怖気付いた? 箱入りちゃんが英雄様の足を引っ張るのは頂けないなあ」


 デザイアの周囲に浮かぶシャボン玉がぶるりと震えた。的確に抉ってくる。ほんの少し前のスパートならば、激昂していたに違いない。しかし、彼女はすでに師匠の可愛らしい告白を聞いている。


「ヒロさんはあたしのこと、大好きだからね。ついつい甘やかしちゃのもしょうがないゾ」


 デザイアが一直線に棍棒を振り下ろしてきた。


(意外と分かり易いなこいつ⋯⋯⋯⋯!)


 避け損ねたスパートが肩に一撃喰らった。痛覚を遮断。怯むことなく返しの斬撃を見舞う。


「それは僕を舐めすぎだよ」


 バブルが弾ける。視界と感覚が跳んだ。方向感覚を失ってスパートの攻撃が止まる。腹部を襲う衝撃。のたうち回るスパートが見たのは、マジカル棍棒を高らかに掲げる橙のマギアの姿。


「あのね。僕だって今まで生き抜いてきたんだ。まともにぶつかれば君の方が強いだろうけど、それでも勝てると思っているのかい?」


 大地を蹴る。突撃と斬撃。デザイアは軽い跳躍で軌道から逸れる。その背後で。


「例えば、さ」


 スパートが再び突貫。止まる足が焼き擦れるのを、『治癒』の魔法で誤魔化す。デザイアが辛うじて回避に成功する。しかし、さらにもう一撃。


「理屈のない、圧倒的な暴虐に襲われたらどう対処するの? 教えてよ、


 答えは、逃走。

 しかし、今に限ってはその選択肢は存在しない。決闘が成立してしまっている今、逃げ出したところで勝った陣営に追い回されるだけだ。そんな打算をして、ふと気付く。


「あれ、どっちが勝ってもあんまり変わんなひでぶ――ッ!?」


 構えた棍棒を爆散させて、まともに突撃を受ける。キリキリ舞いに吹き飛ぶデザイアが思考を深める。


(勝った方が負けた方に従うって、要するに同盟の統合じゃないか!? 『終演』クラスに挑むっていうんなら、どちらも最上の策を切ってくる。表向きの主導権がどっちに移るかってだけで結果は同じことだ)


 こんなとんでもない思いつきを強行したマギアを思い出す。


(ジョーカー! 謀ったなあいつ――――ッ!!)


 舌打ちしながら体勢を整える。実力が劣っているとはいえ、彼女も死線を幾度となく切り抜けている。バブルが光を屈折させ、虚像がスパートの突貫を引き受ける。


「先輩を、ちっとは立てろ!」


 隙だらけの側面を殴打する。スパートの視線は少しもぶれなかった。骨が軋み、血が滲んでも。傷つく覚悟はとうに出来ている。魔法。誰かのために在りたいと願った情念の発露。だから、結局は自分の真の力なのだ。

 スパートは、自分の魔法を誇らしく思う。


「聞かず! 考えず! 感じたままに一直線!」


 直情直進。スパートにはデッドロックすら認める超直感がある。感じたままに突き進み、デザイアの奸計を叩き潰す。理屈が通じない。アンコントローラブル。棍棒の打撃も、魔法の目眩ましも、真っ正面から叩き斬る。


「はは、こりゃ――――破滅的ぃい!!?」

みねだよ」


 最後の一撃、スパートの剣がくるりと一回転した。したたかにカウンターを企んでいたデザイアが間合いを測り損ねる。

 スパート渾身の突撃、その柄がデザイアの鳩尾に叩き込まれた。

 小さな呻き声とともに、細長い身体が崩れ落ちる。綺麗に一撃を決めたスパートが楽しそうに笑った。


「柄、じゃん……!?」

「あたしの勝ち!」


 そして、倒れたデザイアに手を伸ばす。上半身を痙攣させながらデザイアはその手を見上げた。少し躊躇いがちに、掴む。


「これで仲間だね」

「なんのつもりさ、後輩」

「教えてよ――――――――あたしの知らないヒロさんのこと」


 聞いて、デザイアは笑った。その目にも笑みが浮かんでいた。心の底から笑っていた。


(なんだ。師匠も…………ちゃっかりうまくやってんじゃん)

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