ヒロイック・ショータイム
【ヒロイック、私に惚れ直しなさい】
のっぺりとした、まるで影絵のような世界だった。色彩が薄れて滲む。そんな中でも、英雄の黄は鮮烈に輝いていた。
「りりり。姿を見せなさい」
十指から魔法の鎖が垂れる。異界の影が蠢いた。まるで大海に浮かぶ海坊主のようだった。山のようなシルエットから太い腕が何本も伸びる。
「り!」
破裂音。
ネガが叩いた空間から、波のように衝撃波が走る。ヒロイックは鎖を振るってそれらを相殺した。
屹立する異界の影。虚空から湧き出る無数の触腕をリボンが絡めとる。
「手を出さないで! 大人しく休んでいなさい!」
振り返りもせず、ヒロイックは叫んだ。立ち上がろうとした二人のマギアが止まる。
「ダメだよ、ヒロさん⋯⋯⋯⋯あたしは戦わないと」
「マギアだから? そんなのどうでもいいじゃない」
寧子が耳を疑った。引き絞られたリボンが靭性を高める。ネガの触腕が複数千切れ飛んだ。
「使命なんて、気にしなければいい。ずるい子になったっていいじゃないの。私、そういう子も好きよ」
特定の誰かさんを思い浮かべてあやかが苦笑した。
ネガの傷口から細い矢印が大量に伸びる。殺到する。ヒロイックが指が鳴らした。呪刻印と同じ数だけの分銅が落下し、矢印の凶行を防ぐ。
「私だってずっとそうしてきたんだから」
それは寧子が知らない英雄の姿だった。
だが、もう、意固地になることもない。
そうやって大事なものを失うくらいなら。余計な意地など捨ててしまえ。
「ヒロさん……?」
「寧子ちゃんは、私のことどう思ってる?」
強くて、優しくて――そして、何より正しい。
「もしも正義のために戦う真面目ちゃんだと思っているなら、それは私が騙していただけ。私はね、正義の味方でいたかったわけじゃない。そう在ることで、みんなに求められたかっただけなの」
ヒロイックが人差し指を口に当てた。
恥ずかしいから内緒ね、という小声は届かない。
「本当の私はただの寂しがり屋なの。ずっと嫌われるのが怖くて、離れていくのが恐ろしい」
影絵の世界が重量を増していく。ネガの触腕が世界を叩き、『M・M』の刻印が振動を増幅させる。踊るようにヒロイックが跳ねた。リボンと鎖が揺れる空間を押さえ込む。
「貴女達の前では真面目な先輩ぶって。いつもみんなにいい顔してた」
それでも襲ってくる矢印を、リボンの盾が弾く。くるりと回りながらリボンを纏う、そんな華麗な鎧装束。
「……でもね、そんな嘘はもうやめるの。私の負け。泣き叫んで、土下座するから、どこにも行かないで。
正義なんかのためじゃない――――私のために、一緒にいて」
言えた。
「貴女が自分を許すつもりがないのなら、私は英雄を止める。そんな
鎖が、英雄の背後に流れるように広がった。まるで、翼のようだった。神々しく、雄々しく、そして心強い。あらゆる攻撃を弾き、あらゆる悪逆を封じ込める。
「自縛城塞ヒロイック」
詰みを宣言する。
ネガの攻撃も、『M・M』の刻印も、寄せつけなかった。異界から海坊主を引き剥がして、全身を縛って引き千切る。
「……駄目だよ、そんなヒロさん。あたしの憧れた英雄じゃない。あたしは正義の味方なヒロさんが好きなんだ。だから、ヒロさんの足手纏いは絶対嫌だった。
なのに……そんなこと言われちゃったら、さ…………あたしは、半端で狡い子だよ。それでもヒロさんはいいって言うの?」
崩れる結界を背に、ヒロイックは力強く頷いた。輝く笑顔が目に焼き付く。じりじりと退く『M・M』は追わなかった。流石に手負いを二人抱えて挑める相手ではない。
「うまく、いったんだな」
「……ありがとう、あやかちゃん」
本当は厳しく言い返さなければいけない。こんな無謀なことをして。しかし、ヒロにはそれが出来ない。嬉しくて嬉しくて、涙が溢れそうだった。
記憶に無い想いが、在りし日の幸福を呼び覚ます。
「これからのことは、みんなでお茶しながら考えればいいのよ」
ヒロはあやかにウインクを飛ばす。何となく、あやかには伝わっていた。ヒロは、みんなと言ったのだ。廃工場の角に、真由美が不貞腐れて突っ立っていた。
「さあ、みんな疲れたでしょ? 元気になったら帰るわよ」
ヒロが全員に
(あとは頼んだぞ、ジョーカー)
デッドロックたちをどうにかする、と彼女は言った。すっかりは陽は沈んで、満天の星が頭上に浮かぶ。
しばらくの間、あやかはのんびり星空見上げていた。談笑するヒロと寧子の声が心地良い。足音に目線を下げると、真由美が目の前にいた。
「よう、なんかやらかしたみたいだな」
「⋯⋯⋯⋯うるさいわね」
つんけんしながらそっぽを向かれる。まるで機嫌の悪い猫のようだ。あやかの顔がにやけた。
「ね、真由美はどうしてマギアになったの?」
彼女がどんな願いを抱いたのか、あやかはすごく気になる。そして、今ならその本心を答えてくれそうな気がしたのだ。
真由美が躊躇いがちに口を開こうとした、その瞬間。星空が小さく煌めいた。
「危ねえッ!?」
あやかが真由美を突き飛ばす。衝撃が背中を叩いた。咽せながら立ち上がるあやかが攻撃を確認する。
見覚えのある、赤い大槍が地面に突き刺さっていた。
♪
「そろそろ――――決着つけないとね」
そう言って大槍の上に飛び乗ったのはデッドロックだった。
「『終演』を前にいがみ合っても仕方がないわ。ここで白黒はっきりつけましょう」
ジョーカーが中央に出現する。登場のタイミングが全く読めなかった。周囲を見渡すと、暗がりにデザイアの姿もあった。
(どういうつもりだよ!?)
ジョーカーに視線を送ると、小さく頷いてきた。違う、そういうことではない。しかし、あやかはジョーカーの企みを気付いていた。やろうとしていることはあやかと同じ。実力行使だ。
(なんつー雑な……)
自分のことを棚に上げるあやか。ジョーカーは英雄コンビを直接ぶつけるつもりなのだ。決闘の末に友情でも築こうというのか。価値観に昭和が混じる。
「あら、愉快なお客さんね」
音頭を取ったのは、もちろんヒロイックだった。ジョーカーの不吉な目線が注がれる。返す英雄の敵意を、デッドロックが遮った。助太刀に入ろうとした寧子を遮ったのはデザイアだ。
「負けた方が相手の軍門に下る。シンプルでいーだろ?」
「⋯⋯あやかちゃん、そっちは任せていい?」
「もちろん」
必然的に、あやかの相手はジョーカーとなる。向こうはどうせ本気ではないだろう。何も問題ない。
「――――いいえ」
背筋がぞくりとした。そう言えばそうだ。互いに決戦となるならば、彼女が黙っているはずがない。
「ジョーカーは……私が討つわ」
睨みをきかせる真由美を、ジョーカーが読めない表情で睨み返す。彼女たちの間に因縁が渦巻いている。
「……二人まとめてどうぞ」
それだと八百長が効かない。真由美も真っ正面からぶつかるタイプではないはずだが、目が本気だ。
マギアたちが一斉に叫ぶ。
――――
色とりどり、煌めく魂の色彩。
マギアたちが魔法を纏う。
彼女たちの決戦が始まった。
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