Kampf auf Leben und Tod――――Spurt
【死闘――――スパート】
魔法の力、その凄まじさを痛感する。身体を鍛えたり、技を磨いたり。あやかがこれまで積み上げてきた努力を、一瞬で塗り替える奇跡の力。
(マギアってのは……ずるいな)
悪魔との契約。たった一つの魂の願い、そんな情念の力を具現した力。やっぱり、そんな力は
それでも。自分の魂が掴んだ力であることには変わりない。
「……変身しなさいよ」
「魔法なんてなくても、俺は強いよ」
丸腰相手にスパートは攻めあぐねる。律儀な奴だ、とあやかは思う。ならば、先攻は貰わなければフェアじゃない。
「し――――ッ!」
あやかが消えた。否、沈み込む身体がスパートの視界から外れただけ。剣を振るおうとするスパートの腹部を殴り抜ける。
「ぐっ……でも、効かない」
怯んだのは一瞬。瞬時に回復され、ダメージはない。しかし、あやかはその間にスパートの攻撃範囲から逃れていた。
「
あやかは不敵に笑う。緑のマギアはそれに呼応するように剣をあやかに向ける。やる気になったようだ。
「いいよ。受けたげる」
重い声。同時に剣の刀身が射出される。慌てて首を振るあやか。その頬に赤い筋が走る。
「ヤロー……」
今度はスパートが不敵な笑みを。攻撃範囲も、殺傷能力も、打たれ強さも、全てが生身を凌駕する。それが魔法の力。
「でも、負けねぇぞ。この後に及んで正しさなんかに縋りつけるような常人が、俺みたいな化け物に勝てるかよ」
自嘲的な笑みを浮かべて、あやかは犬歯を剥いた。地獄を経験して、その気迫はさらに深みを増している。
新たな剣の生成。その間にあやかは距離を詰める。さっきのようなヒットアンドアウェイは無意味だ。スパートの魔法の性質は、『治癒』なのだ。
「意味が分かんないってのッ!!」
目の前、一歩の距離。スパートは剣を振り下ろした。半身になって避けるあやか。
「甘いぜ!」
そのまま身体をぐるりと戻す。その勢いが乗せられた打撃がスパートの鎖骨を叩く。どうせすぐに治癒する。思いっきりへし折る気だった。
「けどね」
手応えあり。怯むスパートに追撃しようと。
だが、スパートは怯まない。
「退く気はないよッ!!」
(痛覚を、遮断……ッ!?)
痛みは肉体を守るための危険信号。しかし、あやかには肉体を再生させる魔法がある。故に、あやかはここまでの戦いで痛みを潰す感覚を身に着けつつあった。『治癒』の魔法を持つ寧子も、同じ領域まで踏み入れたのだ。
スパートは全く怯んでいない。ノーガードで剣を突き刺してくる。転がるように避けるが、脇腹がざっくりと斬れていた。
「…………はッ、想像以上だね」
「これでも魔法、使わない気?」
急な出血に身体が震える。
(そもそも、おれは魔法に頼り過ぎていた)
思い出せ。
魔法なんてあろうなかろうが、根本は同じはずだ。あやかがあやかである連続性は途切れない。情念の具現、約束の賭け。この身から溢れる情念は戦う意志をみなぎらせる。
(ヒーローになりたいってのは、なにもマギアになってからじゃなかったはずだ。魔法に頼り切るな、積み重ねてきたものを活かさなきゃ、運命に勝てるはずが無い)
デッドロックに。
ヒロイックに。
ジョーカーに。
上の領域で戦い続けている彼女らに並ばなければ、願いは成就しない。
「……上等。肉は斬らせても、骨は断たせねぇよ」
深く、深く、呼吸を整える。奪われた熱が、カッカと燃え盛る。心臓が送り出す血液の温度を感じた。
「いい加減にしなよ」
治癒魔法の使い手にダメージの蓄積はない。新たに剣を構えたスパートが睨みをきかせる。あやかにとっては、勝ち目が薄い戦いなのかもしれない。このまま魔法を使わないのならば。
「いつまで意地張ってる気?」
「そいつはお互い様だ」
「あたしは、こうしないといけないんだ」
「奇遇だな。俺もだ」
三度突撃。今度は横凪ぎに振るわれる剣の下を滑り抜ける。背後を取ったあやかは、しかし攻撃に回れない。振り向き様の剣撃をバックステップで躱す。そして追撃の刀身射出。あやかの腕に赤い線が走る。
「やるな」
動きについていけないことはない。むしろ、その動きは素人のものだ。そして、何よりも。
「でも、動きが鈍いぜ」
こんな時でも。こんな時だからこそ。御子子寧子は、丸腰のあやかに攻撃することを躊躇っている。
「捨てられないんだな」
寧子とあやかは似ていた。しかし、決定的な差がそこにはあった。あやかは簡単に捨ててしまった気がする。逃げることを、見捨てることを、足掻く前に選んでしまった。人間性を腐らせた。
「なにを、馬鹿なッ!」
がむしゃらに剣を振り回すスパート。傷を負った状態だと迂闊に近寄れない。
「馬鹿かもしれない」
蹴り。剣を弾き、身体を潜り込ませる。
「でも、羨ましい」
そう在れたこと。在ろうとしたこと。あやかには選べなかったことだから。
狙いはスパートの両手。打撃で剣を叩き落とす。再びグラディウスソードが生成される。が、また叩き落とされる。
「アンタは……よっぽど正しいだよ。その意志はきっと、本物だ。だから……戻ってこい」
偽物、化け物。そう罵られ、強く自覚してしまった。未練は果たして本当に無かったのか。
「……あやか、本心で言ってるのね」
寧子には、本能的に嘘を見抜く直感があった。だから分かる。偽らざる本心が。
「俺は言ったぞ」
本心。心。化け物にも人の心はあった。人間なら尚更だ。次は寧子の番だ。
「お前は何をしたいんだ! 願いは何だ!! どうなりたかったんだよッ!?」
足を高く上げる。スパートの片腕をへし折り、回復する前にその身体を投げ飛ばす。手から離れた一対の剣が飛び散った。
攻撃はさせない。この身で積み重ねた全てでねじ伏せる。
あやかが導き出した答え。これは本気の闘い。
「あたしは」
素直に。真っ直ぐに。簡単なことのはずだ。
しかし、それが出来ずにヒロイックとデッドロックは仲違いした。ジョーカーは失敗した。あやかは気付いた。今の泥沼は、そうやって生まれたのだ。
「
「あたしは――――ッ!!」
足りない力。悪化する状況。それらは環境要因でしかない。根源は。原動力は。本当の心はどこにある。
起き上がるスパートの顎を跳ね上げる。真由美の時と同じだ。脳を揺さ振れば魔法の発動を止められる。
「――――――――」
声が出ない。あやかが攻撃を止めないから。それでもあやかはラッシュを緩めなかった。目の前の少女は、それでも立ち上がると微塵も疑わない。
「聞こえねぇぞ!!」
生成途中の剣に拳をぶつける。拳が血塗れになり、剣は容易く砕けた。寧子の心は揺れている。
風を切る音。大きく身体を揺らす。感覚を研ぎ澄ませる。痛覚を受け入れる。傷口が痛む。拳が痛い。
それでも。歯を食い縛り、武装を破壊する。
「――――認められたい」
拳が止められた。手ではなく、足元から生えた剣があやかの拳を縫い付ける。痛みに悶絶するあやかだが、止まるわけにはいかない。感覚をそのまま受け入れる。最後の体当たりがスパートを押し倒した。
「あたしは! 正義を為してそれを認められたい! ヒロさんと並び立つんだ! 一緒にいたいんだ! だからこのままぬるま湯に浸っていちゃダメなんだ!!」
剣があやかを退かせる。その攻撃、口撃はあやかの拳を止めた。
「言えんじゃねぇか……想えるじゃねぇか。だったら、逃げるように消えるんじゃないだろ。隣に立ちたいなら――――本気でぶつかってみろよ」
あやかは立ち上がれない。寧子も。二人は自身が思っている以上に消耗していた。それでも、心は清々しい。こんなことはいつ以来だっただろうか。
本気でぶつかること。想いを
「俺は戦う。『終演』を越える。
メルヒェン、スパート、ヒロイック……だけじゃない。ジョーカーも、デッドロックも、デザイアも、マギアみんなで戦わないといけないんだ。俺はもう、諦めたくない。それが偽りの無い、本物の想いだ」
化け物にも。化け物だとしても。人間の心は確かにあった。だからこそマギアの契約は成立した。
「あーもう……あたし、バカみたいだゾ」
身も蓋もない言い草で寧子は手足を投げる。
「大体さあ、魔法使わないってなによ。何か意味でもあったの?」
「意地だ」
寧子は笑った。
あやかも釣られて笑った。
「お前もよく分かんねえ意地張ってたろ! これから大一番なのに、ソロで戦い始めてどうすんだよ!」
結局、二人は似た者同士だった。根本的な部分は違うかもしれない。それでも似た者同士。莫逆の友だった。
「でもあやか……笑ってる場合じゃないかも」
「確かに笑えねー」
寧子はもう大丈夫だ。そう確信して気が抜けた。しかし、ここはネガの結界。徐々にネガの気配が近づいてくる。
「でも、大丈夫だ」
大の字になったままの二人。それでもあやかはにっかりと笑った。
「本物の
「大丈夫――ッ!!?」
必死の形相で現われたのは、マギア・ヒロイック。何故か全身ボロボロだった。向こうで何かがあったのだろう。
「ヒロさん……?」
寧子の顔色が陰る。
「…………話は後で聞くわ。一緒に帰りましょう。もう離してあげないんだから」
英雄は、振り返ってふわりと微笑む。どこか憑き物が落ちたかのような表情だった。再びネガに向き直ったその背中は、どこまでも逞しくて、英雄のオーラに満ちていた。
スパートが初めてヒロイックを見たとき。英雄が独りで戦っていたときと同じだ。この姿に、御子子寧子は憧れたのだ。
「目を離しちゃダメよ。逃げ出したいなんて考えさせない、そんな圧倒的な力を魅せてあげる。私に――――もう一度惚れ直しなさい」
そんな口説き文句を口に、神里の英雄が前に出る。
空を覆う巨大なネガに、灰色の矢印が絡みついていた。
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