Kampf auf Leben und Tod――――Spurt

【死闘――――スパート】



 魔法の力、その凄まじさを痛感する。身体を鍛えたり、技を磨いたり。あやかがこれまで積み上げてきた努力を、一瞬で塗り替える奇跡の力。


(マギアってのは……ずるいな)


 悪魔との契約。たった一つの魂の願い、そんな情念の力を具現した力。やっぱり、そんな力はずるなのだろう。そんな風にあやかは思った。

 それでも。自分の魂が掴んだ力であることには変わりない。


「……変身しなさいよ」

「魔法なんてなくても、俺は強いよ」


 丸腰相手にスパートは攻めあぐねる。律儀な奴だ、とあやかは思う。ならば、先攻は貰わなければフェアじゃない。


「し――――ッ!」


 あやかが消えた。否、沈み込む身体がスパートの視界から外れただけ。剣を振るおうとするスパートの腹部を殴り抜ける。


「ぐっ……でも、効かない」


 怯んだのは一瞬。瞬時に回復され、ダメージはない。しかし、あやかはその間にスパートの攻撃範囲から逃れていた。


十二月三十一日ひづめあやかと御子子みここ寧子との勝負だ。五分と五分だよ」


 あやかは不敵に笑う。緑のマギアはそれに呼応するように剣をあやかに向ける。やる気になったようだ。


「いいよ。受けたげる」


 重い声。同時に剣の刀身が射出される。慌てて首を振るあやか。その頬に赤い筋が走る。


「ヤロー……」


 今度はスパートが不敵な笑みを。攻撃範囲も、殺傷能力も、打たれ強さも、全てが生身を凌駕する。それが魔法の力。


「でも、負けねぇぞ。この後に及んで正しさなんかに縋りつけるようなが、俺みたいなに勝てるかよ」


 自嘲的な笑みを浮かべて、あやかは犬歯を剥いた。地獄を経験して、その気迫はさらに深みを増している。

 新たな剣の生成。その間にあやかは距離を詰める。さっきのようなヒットアンドアウェイは無意味だ。スパートの魔法の性質は、『治癒』なのだ。


「意味が分かんないってのッ!!」


 目の前、一歩の距離。スパートは剣を振り下ろした。半身になって避けるあやか。


「甘いぜ!」


 そのまま身体をぐるりと戻す。その勢いが乗せられた打撃がスパートの鎖骨を叩く。どうせすぐに治癒する。思いっきりへし折る気だった。


「けどね」


 手応えあり。怯むスパートに追撃しようと。

 だが、スパートは怯まない。


「退く気はないよッ!!」

(痛覚を、遮断……ッ!?)


 痛みは肉体を守るための危険信号。しかし、あやかには肉体を再生させる魔法がある。故に、あやかはここまでの戦いで痛みを潰す感覚を身に着けつつあった。『治癒』の魔法を持つ寧子も、同じ領域まで踏み入れたのだ。

 スパートは全く怯んでいない。ノーガードで剣を突き刺してくる。転がるように避けるが、脇腹がざっくりと斬れていた。


「…………はッ、想像以上だね」

「これでも魔法、使わない気?」


 急な出血に身体が震える。再生リペアを使えばすくに完治出来るが、それでは意味がない。


(そもそも、おれは魔法に頼り過ぎていた)


 思い出せ。

 魔法なんてあろうなかろうが、根本は同じはずだ。あやかがあやかである連続性は途切れない。情念の具現、約束の賭け。この身から溢れる情念は戦う意志をみなぎらせる。


(ヒーローになりたいってのは、なにもマギアになってからじゃなかったはずだ。魔法に頼り切るな、積み重ねてきたものを活かさなきゃ、運命に勝てるはずが無い)


 デッドロックに。

 ヒロイックに。

 ジョーカーに。

 上の領域で戦い続けている彼女らに並ばなければ、願いは成就しない。


「……上等。肉は斬らせても、骨は断たせねぇよ」


 深く、深く、呼吸を整える。奪われた熱が、カッカと燃え盛る。心臓が送り出す血液の温度を感じた。


「いい加減にしなよ」


 治癒魔法の使い手にダメージの蓄積はない。新たに剣を構えたスパートが睨みをきかせる。あやかにとっては、勝ち目が薄い戦いなのかもしれない。このまま魔法を使わないのならば。


「いつまで意地張ってる気?」

「そいつはお互い様だ」

「あたしは、こうしないといけないんだ」

「奇遇だな。俺もだ」


 三度突撃。今度は横凪ぎに振るわれる剣の下を滑り抜ける。背後を取ったあやかは、しかし攻撃に回れない。振り向き様の剣撃をバックステップで躱す。そして追撃の刀身射出。あやかの腕に赤い線が走る。


「やるな」


 動きについていけないことはない。むしろ、その動きは素人のものだ。そして、何よりも。


「でも、動きが鈍いぜ」


 こんな時でも。こんな時だからこそ。御子子寧子は、丸腰のあやかに攻撃することを躊躇っている。


「捨てられないんだな」


 寧子とあやかは似ていた。しかし、決定的な差がそこにはあった。あやかは簡単に捨ててしまった気がする。逃げることを、見捨てることを、足掻く前に選んでしまった。人間性を腐らせた。


「なにを、馬鹿なッ!」


 がむしゃらに剣を振り回すスパート。傷を負った状態だと迂闊に近寄れない。


「馬鹿かもしれない」


 蹴り。剣を弾き、身体を潜り込ませる。


「でも、羨ましい」


 そう在れたこと。在ろうとしたこと。あやかには選べなかったことだから。

 狙いはスパートの両手。打撃で剣を叩き落とす。再びグラディウスソードが生成される。が、また叩き落とされる。


「アンタは……よっぽど正しいだよ。その意志はきっと、本物だ。だから……戻ってこい」


 偽物、化け物。そう罵られ、強く自覚してしまった。未練は果たして本当に無かったのか。


「……あやか、本心で言ってるのね」


 寧子には、本能的に嘘を見抜く直感があった。だから分かる。偽らざる本心が。


「俺は言ったぞ」


 本心。心。化け物にも人の心はあった。人間なら尚更だ。次は寧子の番だ。


「お前は何をしたいんだ! 願いは何だ!! どうなりたかったんだよッ!?」


 足を高く上げる。スパートの片腕をへし折り、回復する前にその身体を投げ飛ばす。手から離れた一対の剣が飛び散った。

 攻撃はさせない。この身で積み重ねた全てでねじ伏せる。

 あやかが導き出した答え。これは本気の闘い。


「あたしは」


 素直に。真っ直ぐに。簡単なことのはずだ。

 しかし、それが出来ずにヒロイックとデッドロックは仲違いした。ジョーカーは失敗した。あやかは気付いた。今の泥沼は、そうやって生まれたのだ。


直情直進スパート、御子子寧子はどうなんだ!?」

「あたしは――――ッ!!」


 足りない力。悪化する状況。それらは環境要因でしかない。根源は。原動力は。本当の心はどこにある。

 起き上がるスパートの顎を跳ね上げる。真由美の時と同じだ。脳を揺さ振れば魔法の発動を止められる。


「――――――――」


 声が出ない。あやかが攻撃を止めないから。それでもあやかはラッシュを緩めなかった。目の前の少女は、それでも立ち上がると微塵も疑わない。


「聞こえねぇぞ!!」


 生成途中の剣に拳をぶつける。拳が血塗れになり、剣は容易く砕けた。寧子の心は揺れている。

 風を切る音。大きく身体を揺らす。感覚を研ぎ澄ませる。痛覚を受け入れる。傷口が痛む。拳が痛い。

 それでも。歯を食い縛り、武装を破壊する。


「――――認められたい」


 拳が止められた。手ではなく、足元から生えた剣があやかの拳を縫い付ける。痛みに悶絶するあやかだが、止まるわけにはいかない。感覚をそのまま受け入れる。最後の体当たりがスパートを押し倒した。


「あたしは! 正義を為してそれを認められたい! ヒロさんと並び立つんだ! 一緒にいたいんだ! だからこのままぬるま湯に浸っていちゃダメなんだ!!」


 剣があやかを退かせる。その攻撃、口撃はあやかの拳を止めた。


「言えんじゃねぇか……想えるじゃねぇか。だったら、逃げるように消えるんじゃないだろ。隣に立ちたいなら――――本気でぶつかってみろよ」


 あやかは立ち上がれない。寧子も。二人は自身が思っている以上に消耗していた。それでも、心は清々しい。こんなことはいつ以来だっただろうか。

 本気でぶつかること。想いをさらけ出して、受け入れ合う。


「俺は戦う。『終演』を越える。

 メルヒェン、スパート、ヒロイック……だけじゃない。ジョーカーも、デッドロックも、デザイアも、マギアみんなで戦わないといけないんだ。俺はもう、諦めたくない。それが偽りの無い、の想いだ」


 化け物にも。化け物だとしても。人間の心は確かにあった。だからこそマギアの契約は成立した。


「あーもう……あたし、バカみたいだゾ」


 身も蓋もない言い草で寧子は手足を投げる。


「大体さあ、魔法使わないってなによ。何か意味でもあったの?」

「意地だ」


 寧子は笑った。

 あやかも釣られて笑った。


「お前もよく分かんねえ意地張ってたろ! これから大一番なのに、ソロで戦い始めてどうすんだよ!」


 結局、二人は似た者同士だった。根本的な部分は違うかもしれない。それでも似た者同士。莫逆の友だった。


「でもあやか……笑ってる場合じゃないかも」

「確かに笑えねー」


 寧子はもう大丈夫だ。そう確信して気が抜けた。しかし、ここはネガの結界。徐々にネガの気配が近づいてくる。


「でも、大丈夫だ」


 大の字になったままの二人。それでもあやかはにっかりと笑った。


「本物の英雄ヒーローってのは――ピンチには必ず現われるもんだ」

「大丈夫――ッ!!?」


 必死の形相で現われたのは、マギア・ヒロイック。何故か全身ボロボロだった。向こうで何かがあったのだろう。


「ヒロさん……?」


 寧子の顔色が陰る。


「…………話は後で聞くわ。一緒に帰りましょう。もう離してあげないんだから」


 英雄は、振り返ってふわりと微笑む。どこか憑き物が落ちたかのような表情だった。再びネガに向き直ったその背中は、どこまでも逞しくて、英雄のオーラに満ちていた。

 スパートが初めてヒロイックを見たとき。英雄が独りで戦っていたときと同じだ。この姿に、御子子寧子は憧れたのだ。


「目を離しちゃダメよ。逃げ出したいなんて考えさせない、そんな圧倒的な力を魅せてあげる。私に――――もう一度惚れ直しなさい」


 そんな口説き文句を口に、神里の英雄が前に出る。

 空を覆う巨大なネガに、灰色の矢印が絡みついていた。

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