デッドロック・ヒロイック

【デッドロック、愛しき相棒に想いの果てを】



 廃工場、その細い路地。身軽なデッドロックが優位な位置取りと言える。しかし、ヒロイックはここで立ち止まった。


「うん。じゃあ決着つけましょうか。ここなら文句ないでしょ?」

「⋯⋯企んでやがんな?」


 ヒロイックは頷いた。その上で、人差し指で挑発する。策を上回って見せろと、デッドロックにはそう感じられた。道は分たれたが、各々自分の道を進んで行った。相対するのは既知の相手ではなく、まさに未知。


「りりり、本気で来なさい。叩き潰してあげるわ」


 デッドロックが重心を落とす。右手に長槍、左手に短槍の二槍流。マギアの筋力を鑑みるならば最も効率的な構えだ。

 だが、それが有効であるかどうかは別の話。


「思い出すわね。貴女が離れていったときのこと」


 足技。ヒロイックは故意に間合いを詰める。長槍の間合いの内側、短槍の間合いに。呼吸の間隙をつかれ、容易に接近を許してしまう。ヒロイックの蹴りが短槍のを砕く。


「へー……見逃してくれたってわけじゃねーのかよ?」

「見逃したってなによ」


 口をへの字に曲げたヒロイックの足が止まる。その隙をデッドロックの足払いが突いた。安易な追撃は仕掛けない。不安定な体勢から放たれた鎖の投擲を丁寧に槍で捌く。


「あたしは、あんたから逃げた。大人しく逃してもらえるとは思えなかったけどね」


 あの日、一方的に叩きつけられた決別の言葉。脳裏に衝撃が蘇る。チラつく。実力行使でも押し切ると叫んだ相棒を、ヒロイックは素直に手離してしまったのだ。


「⋯⋯⋯⋯今さら、実は止めて欲しかったとでも言うつもり?」


 展開するリボンの束。デッドロックの槍が熱を纏う。まとめて焼き尽くされた先に見るのは、両手両足を鎖で補強したヒロイック。槍の間合い、さらにその内側に。


「んなことねーよ。むしろ、ヒロは止めなくて良かったのか思っているくらいさ。あたしはあんたの足を引っ張るのはごめんだし、今でも間違っていないと思うけどね。正義への拘りを捨てて、あたしは別のものを掴んだ」


 徒手空拳。デッドロックの槍が炎上して、燃え滓が視界を阻む。短槍二本で英雄の徒手を完全に捌き切る。大きく退いだヒロイックの脇腹に、投擲した短槍が掠った。


「――――。あんたに依存しない、あたしだけの力だ」

「だからと言って、私に勝てるとでも?」

「結果は現実で見せてやる」


 覚悟の炎。赤のマギアは、既にヒロイックが知っている少女ではなかった。

焦りの表情を浮かべて距離を取る。近接戦ではやはりデッドロックに分があるか、と。


「あたしは⋯⋯あのスパートって奴も⋯⋯勘違いをしていたんだ。正義なんて夢物語、現実がちっとも見えていなかった。現実ってやつに向き合ってこなかった」


 デッドロックが手を叩くと、ヒロイックを阻むように地面から槍が生える。対応に気を逸らされる内に、デッドロックの槍捌きが目前に迫る。


「く――――ッ!」

「英雄ヒロイックってのは――――甘いし、温かいんだ。だからみんな甘えて、理想のぬるま湯に溺れちまう。そんなあんたこそ、まさしく現実と向き合った末の強さなんだろ?」


 抱える想いと現実との矛盾。魔法の発露はそこにある。

 斬り傷を増やすヒロイック。付き合いの長いデッドロックは、ヒロイックの回復能力が高くはないことを知っている。無茶と気力で立て直してくるが、冷静に手傷を増やし続ければいずれ倒れるはずだ。


「⋯⋯⋯⋯うん。でも、それじゃ、貴女たちはダメだったの?」


 そして、同時に。

 と知っている。


「頼れる仲間がいて。一緒に楽しくやれて。それのどこが不満だったの?」


 デッドロックの大振り。攻撃のリズムが途切れる。ヒロイックが仮組みの足場を伝ってさらに距離を取った。

 デッドロックが頰を拭う。べったりと赤い血が付着していた。



「それはね。私には⋯⋯⋯⋯無かったものよ」



 長短二槍流。目を凝らし、周囲を観察する。黄色い輝線が見えた。三次元的に仕掛けられたトラップ。その正体をデッドロックは看破する。


(リボンを細く、強く、アレは⋯⋯糸か。あの攻防の間にこんだけのモンを⋯⋯すげーよ、まったく)


 見上げる。

 少女が憧れた英雄は、依然高みにあった。その事実が煤けたほむらを焚き上がらせる。口元まで滴ってきた血を舌で舐めとる。英雄が踊る。そのゆったりとしたリズムに巻き上げられていくリボン。


「じゃー、やっぱりあんたはあたしを引き止めておくべきじゃ無かったのか? デザイアは? スパートは? 逃げちまったあたしが言うことじゃねーが、あたしにしか言えねーだろ」


 槍の穂先が燃え上がる。ヒロイックが張った三次元的なトラップを焼き斬りながら、デッドロックが進む。


「そうね。その通りだった」


 肯定するかつての相棒を見た。揺るがない。もう、動じない。すっと頭の熱が抜けていくような気がした。鎖の乱舞が二槍と乱れ合う。言葉による揺さぶりはもう効かない。


「私は、大事なものを手離してしまった。


 瞳の奥がドス黒く瞬く。デッドロックが身震いした。


(これだ、この目だ。ネガをぶっ潰すという執念、深い欲望⋯⋯それがヒロの本当の強さの源だった)


 だから、どんなに傷つこうとも、英雄は決して止まらない。

 デッドロックは下がって体勢を整える。巨大な槍を突き刺し、その上に陣取り、両手に槍を構える。ヒロイックに巻きつくリボンは、まるで鎧のように。そして鎖が翼のように広がった。


(もー、言葉はいらねー⋯⋯⋯⋯あんたの本気を、あたしの本気で打ち負かしてやるッ!!)


 完成する。

 英雄はその言葉を呟いた。


「――――――自縛城塞ヒロイック」







 正義という概念が薄っぺらに思えたのは、それがただの幻影だと気付いたからだ。在りし日の赤は、鮮烈な黄の輝きを見て、本物だと思った。


(くだらねー、あたしの人生はそんなんばっかだ⋯⋯⋯⋯)


 正しくも出来なければ、当たり前のように振る舞うことも出来ない。

 そうやって、最後まで自分を庇ってくれた父親を壊してしまった。大好きで誇らしい父親が、自分を悪魔と罵る姿を見て、デッドロックは妙に得心してしまった。


(本当に正しい人間なら、こんな悪魔の力に頼るはずないんだ)


 魔法の力。超常の力。それがただの暴力に過ぎないことに気付いてしまった。

 包丁で滅多刺しにされて、この身を燃やされようと少女は死ななかった。目が覚めたら、家族と家が燃え尽きていた。魔法を与えたあの白ウサギは、実は悪魔だったのだと理解した。


(あたしら全員、悪魔の甘言に踊らされた悪徒に過ぎない)


 英雄ヒロイックも、絶対ではないのだ。しかし、彼女らは既にマギアになってしまった。悪魔の契約は不可逆。魔法の力は、既に自分の一部だ。


(拘るのを、やめた。世界が広がった。色んなことが出来るって分かった)


 袋小路デッドロック

 今までべったりとくっついていたヒロイックから離れて、そう名乗るようになった。身一つになって、見識を広めた、実力を高めた。出来ることと、出来ないこと、その区別がつくようになった。


(でもさ、あんたならよく分かってるだろ? 独りは虚しいんだ⋯⋯)


 独りで戦った方が圧倒的に強い。そんな英雄がどうして自分を相棒にしたのか。どうして弟子なんか作ろうとしたのか。その理由が、今になってようやく理解出来る。

 やっと手に入れた相棒、それを失った。大丈夫なはずはない。


(あたしは強くなった。だから証明してやる。馴れ合いのぬるま湯で誤魔化す必要はないんだ)


 正しい。

 自分は正しい。

 胸を張って誇れる、そんな選択を。


(ヒロ、あんたを超える。それで初めて対等な関係だ。甘えのない、本当の相棒になれる。二人で、今度こそ『終演』を倒そう)


 そのために、ジョーカーの誘いに乗ったのだ。

 たった一つ見出した本物の正義を実行するために。



「ヒロ、あたしがあんたを救ってみせる――――!!」

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