ヒロイック・デッドロック

【ヒロイック、愛しき相棒に想いの果てを】



 自縛城塞ヒロイック。英雄の魔法が有する最強の陣形。

 自らを拘束し、鎧のように魔法を着飾る。リボンの城塞から伸びる鎖の鞭は敵対するものを絡め取り、磨り潰す。十全に展開されたその規模は凄まじく、守るものがあると邪魔になって使えない。

 攻防一体、孤立無双。それが英雄の最奥にして全力。


「り、りり、りりりり」


 魂を揺らす鈴の音。舌の上で転がすように戦意を高揚させていく。化け物を散々轢き殺してきた自縛城塞の矛先が、今は自分に向いている。流石のデッドロックも震えが止まらなかった。


「相変わらず気味悪いー鳴き声しやがって⋯⋯」


 上体を逸らす。鎖の鞭が鼻先を通り抜けた。デッドロックが足を踏み鳴らすと、巨大な赤槍が仮組みの足場を突き破った。城塞の真下を突いたが、貫けない。伸びたリボンが放置されたままの重機に巻き付き、追撃の間も無く足場を確保する。


「りり。さあ、どうやって私を打ち破るつもりかしら?」


 自縛城塞の中心で英雄が踊る。灼熱の業火が襲いかかるも、流麗に動き回るリボンが熱量を逸らして散らす。そして、火の粉程度まで弱まって周囲に飛んだ。


(マジかよ⋯⋯⋯⋯撃てる中じゃ、最大火力のつもりだったぞ)


 鎖が伸びる。デッドロックは回転舞踊に鎖を弾く。その動きは、相対するヒロイックの動きに酷似していた。

 しかし、周囲に散らした足場の槍がまとめて砕かれる。狙いはこちら。デッドロックが舌打ちする。普段のデッドロックならばこの時点で逃走を選択する。だが、ここだけは絶対に譲れない。そんな局面なのだ。


「ガラじゃねーが、仕方がねーな! 一本槍通させてもらうとするよ!」


 逃げない。迎え撃つ。

 ヒロイックの流し目が城塞の隙間から見えた。獲物を絡め取る捕食者の目。本気で戦う彼女は黒さが全開になる。相変わらずだ。それを指摘すると、妙に恥じらうのがどこか可笑しかった。


(けど、今は笑っていられる場合じゃねーな!)


 死地に飛び込む。どのみち近接戦に持ち込まなければ勝ち目は薄いのだ。

 鎖の翼が広がった。投擲した槍が鎖に砕かれる。阻むリボンの群れを槍捌きで押し返す。


「りり。その程度?」

「こなくそ!!」


 炎熱。硬刃化したリボンが熱エネルギーごとに串刺しにする。手応えが浅い。ヒロイックはぐるりと回った。周囲から射出された槍がまとめてねじ伏せられる。


「小癪ね、りりり」


 ふところ。リボンの城を膨らませたその内側に入られた。短槍の突きを足技でいなし、狭めたリボンで圧搾する。やはり手応えが薄い。燃え上がったリボンを切り離し、踏みつけて鎮火する。


「『幻影』――――その魔法、嫌っていなかった?」


 デッドロックが四人。前後左右から自縛城塞を大槍で削ってくる。消費魔力量からして、そこまで数は増やせないはずだ。本物の判別を諦めたヒロイックが高らかに鳴く。


「りりりりり!」


 城塞が開いた。リボンの乱舞と鎖の乱打。密度が小さくなる代わりに、範囲が圧倒的に。


「りりりりりりり、りりり、りりりりりりりり」


 四人のデッドロックが炎熱を纏う。蜃気楼のようにその姿をボヤけさせ、それでも圧倒的な物量に攻めきれない。


「りりりり――――厄介だから、封じてしまいましょうか」


 指を弾くヒロイック。

 妙に響いた不吉な音に、デッドロックは空を見上げる。


英雄鉄槌リヒトゲヴィヒト


 大量の分銅が落ちる。そのどれもがダメージとすら呼べないほどの小粒。しかし、当たれば判定がある。姿を歪ませようと、そこに在るのだから。


「そこ」


 幻影が掻き消える。デッドロックの右腕に巻き付いたのは、ヒロイックの鎖だ。


「りり――――さあて」

「「」」


 声が被る。ヒロイックが疑問に小首を揺らす。その一瞬の隙に、デッドロックは閃光のように突っ込んだ。


「この、鎖! 辿ればその先に! 絶対にあんたはいるッ!!」


 展開したリボンを凝縮しようとするが、追いつかない。一撃分防げれば巻き返しが図れる。渦巻く鎖が盾になった。しかし、デッドロックの一撃は下に。


「弾けて燃えろ!!」


 爆炎。リボンをまとめて焼き払い、鎖の盾を焦がした。その身ごと焼き払う自爆特攻。火傷と裂傷まみれのデッドロックが唾を吐き捨てる。黒い血が混ざっていた。


「自縛城塞、攻略したぜ⋯⋯?」

「りりり⋯⋯まさか、こんな⋯⋯⋯⋯」


 だが、そのために一手使ってしまった。鎖の上に這ったリボンには対応不可能。


施錠ロック!」


 魔法を封じる拘束。それがヒロイックの魔法の真骨頂。デッドロックの『幻影』が封じられた。残った大槍が熱を失う。


「だから、どうしたッ!!」


 突きのラッシュ。鎖を巻いたヒロイックの足技が捌く。マギアが持つ固有武器は魔法とは別種の具現化だ。武器そのものは封じられない。


「だとしても、私にはまだ魔法がある」


 リボンの再々生成。デッドロックと渡り合う足技に、魔法が重なる。だが、デッドロックは槍と四肢のみで戦わなければならない。


「あたしにゃこれがあればジューブン、だッ!!」


 一本槍。身のこなしもヒロイックに匹敵する。だから崩しきれない。魔法と肉体を駆使するヒロイックが押し切れない。


(鎖を切って距離を離す⋯⋯? ダメ、封印を解いたらまた仕切り直し。せっかく捕まえたのよ)


 デッドロックの腹部に、強烈な前蹴りが入る。派手に吹っ飛んで衝撃を逃がそうとするが、捕らえた鎖に無理やり引き戻される。


「もう――――――――絶対に、離さない」

「上等!!」


 殴り合いの泥試合。打撃、斬撃、捕縛の応酬がお互いの傷を増やす。戦場に、鮮血がスプリンクラーのように撒き散らされた。極限の集中力に、デッドロックは意識が朦朧としてくる。


「強えー⋯⋯やっぱりあんたは、英雄だよ――――⋯⋯」


 デッドロックの動きが鈍る。その隙を見逃す英雄ではなかった。リボンも鎖も切り離して、渾身の蹴りで大槍をへし折った。


「強くなったわ、本当に。きっと、今までの私なら勝てなかった」


 でもね、と。


「私も、強くなったのよ。もう、自分のために戦えるようになったの。だから、もう帰ってきて。私は――貴女が欲しい」


 簡単に手離すべきではなかった。それでも、こんなに大回りの回り道をしてきたおかげで、今、ここで、掴むことが出来た。


「⋯⋯へへ、なーんだ。そりゃ、勝てねーわ⋯⋯⋯⋯」


 リボンがデッドロックを簀巻きにする。二度と抜け出せない、そんな滅茶苦茶な拘束だった。


「もう、二度と、離さない」


 マギア・ヒロイック。

 その魔法の性質は――――『束縛』。


「独りはもう嫌なの。だから⋯⋯一緒にいて」

「分かったよ――――相棒、だもんな⋯⋯」


 ヒロイックが、無くしたはずの涙を浮かべる。身動きの一切を封じられたデッドロックを力強く抱擁する。

 あたしの負けだ、とデッドロックは笑って言った。







 満天の星は光を弱め、朝陽が顔を覗かしていた。


「え、なに? お前、契約したての新人に負けたのかよ!?」

「デッドロック⋯⋯お前、どうしてその格好から僕を煽れるんだい?」


 黄色いリボンにぐるぐる巻きにされたデッドロックが吊るされている。喋る度にゆらゆら揺れている姿は、まるでミノムシのようだった。その隣では同じように、ジョーカーが水色のミノムシスタイルになっている。


「二人がかりじゃキツかったみたいだな⋯⋯悪りーな、無茶させちまって」

「ううん⋯⋯及ばなくて、ごめんなさい⋯⋯⋯⋯」

「なんで僕とそいつでそこまで対応違うのかな!?」


 むすっとしている真由美が水色のミノを揺らす。眠たげな目で揺らされる黒の少女には、どこか不思議な愛嬌があった。何食わぬ顔で立っているデザイアだけが、『治癒』の魔法で傷を癒されていた。


「よし! 俺たちの完勝ってことでいいな!?」


 にっかりとあやかが笑う。その後ろで、ヒロと寧子がにこやかにハイタッチしていた。


「私たちの、負け⋯⋯私たちは、ヒロイックの指揮下に、入る」


 揺れるジョーカーは確かに答えた。異議を唱えようとする者などいない。マギアたちを取り巻く因縁が氷解していくのを感じた。あやかはグッと拳を握る。


(勝てる――――――勝つんだ、今度こそ!!)


 トロイメライ、メルヒェン、ヒロイック、スパート、デザイア、デッドロック、そしてジョーカー。

 この七人ならば、きっと。

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