トロイメライ・フルパーティ

【トロイメライ、マギア同盟】



 各自睡眠を取ってからの正午過ぎ、ヒロイックの居城に集合。打倒『終演』に向けての作戦会議だった。六角形のテーブルに、マギアたちが席に着く。


(夢みたいだわ)


 買い置きしていた来客用のティーセット。フルで出すのは初めてだった。ちょうど人数分なのは何の因果か。

 談笑する寧子と一間。苛めるデッドロックと嬉しそうに尻尾を振るあやか。無言で見つめ合う真由美とジョーカー。不思議な光景だが、ちゃんと現実だ。


「さ、どうぞ」


 手伝ってくれる居候二人組と愛弟子、慣れた手つきだ。ここは任せてポッドを持ってこようとして、気付く。


「あれ、私の席なくない⋯⋯⋯⋯?」


 空気が固まった。誰もが薄々気付いていることだったが、口に出すのを躊躇っていた。笑いを噛み殺している旧知二人相棒と一番弟子は別の意味で黙っていたが。


「あの、私立ってます」

「俺、空気椅子いけるぜ!」

「ヒロさん、半分こに座りませんか!?」


 焦り気味に立ち上がる三人だが、手で制される。仮にも客人に、立たせっぱなしはないだろう。だが、それだけではなく。必死な姿が可笑しくなってくすくす笑っていた。余計に気まずくなって三人が腰を下ろす。

 と、ここでジョーカーが挙手。


「私は、自分の椅子が、ある」

「なんで?」


 素で聞き返してしまったヒロの目の前で、ジョーカーは日向ぼっこでも出来そうなデッキチェアをどこからともなくセットした。ニタリとしたり顔だ。


「なんで?」

「師匠、このマイペースちゃんにまともに付き合ってちゃダメだって」


 一間が両手を上げて嘆息する。苦労したらしい。

 ともあれ、これで全員分の席は揃った。妙にキラキラした目でデッキチェアを見つめるあやかや、妙に関心した表情を浮かべるデッドロックは見なかったことにする。


「デッドロック、貴女が好んでいた銘柄よ」

「んーそだっけ?」「あの」


 紅茶を注いで回るヒロが顔を向ける。ジョーカーの挙手。


「私、これでいい⋯⋯紅茶、苦手なの」


 そう言って、どこから取り出したかコーヒーポッドを傾けた。ヒロが準備したティーカップに。

 家主の動きが止まる。


「やりやがった、あのマイペ」


 一間がわざとらしく絶句する。凍った空気に、ジョーカーが一言。


「デッドロック、好きよね?」


 コーヒーポッドを差し出す。テーブルの下で助けを求めた一間の手を、寧子が握った。あやかと真由美が目を逸らす。二つの視線に襲われて、デッドロックは何故か大爆笑した。

 マギア史に残る大同盟、その決裂の危機が訪れた。







 ひとしきり大爆笑したデッドロックがジョーカーの勝手を諫めた。ヒロの怒りは、あざとくねだるデッドロックに収められる。


(魔性だ、コイツ)


 戦々恐々とするあやかを他所に、ヒロが会議を始める。ジョーカーは一人デッキチェア。本当に紅茶が苦手なようで、一人コーヒーを啜っている。


「フォーメンションについては叩き台があるわ。意見を募って最適化していく。でも、まずは自己紹介をしようと思うの」

「自己紹介?」


 あやかが声を上げた。


「お互い、知らぬ相手に背中は預けられないでしょ? 知っているようでよく知らない。そんな関係ばかりじゃない」


 あやかははっとする。何度も繰り返してきた彼女であれば、マギアたちの人となりも多少は見知っている。しかし、彼女らにとってはそうではない。探り探りで繋いできた、そんな危うい関係性に過ぎない。


「私の名前は郁ヒロ。マギア・ヒロイック、魔法の性質は『束縛』よ」


 言い出しっぺが先陣を切る。彼女の本名をあやかは初めて聞いた。


「俺はトロイメライ、十二月三十一日ひづめあやか! 魔法は『反復』だ!」

「大道寺真由美。メルヒェン、魔法は⋯⋯⋯⋯『創造』よ」


 あやかと真由美が次に続く。


「スパート! 魔法は『治癒』で、ええと、名前は御子子みここ寧子!」

「僕は二階堂一間。マギア・デザイア、魔法の性質は『泡沫』だよ」


 弟子二人。一間とヒロが妙にニヤつきながらデッドロックを見る。


「⋯⋯⋯⋯デッドロック、魔法は『幻影』だ」


 一同、沈黙。続きを待つ。

 だが、相変わらず空気の読めないマイペースが口を開いた。


「マギア・ジョーカー、魔法は『時空』⋯⋯⋯⋯あかつきえんま」

「うわ、名前カッコよ!」

「あんたそんな名前だったのか⋯⋯?」


 あやかとデッドロックが食いつく。ジョーカー、えんまが口をモゴモゴさせながら目を逸らした。耳が赤い。


「あーれー? 名前については他人ひとのこと言えたっけなー?」


 一間が妙に煽る。ヒロの含み笑いが妙に不気味だ。頑なに名乗らなかったデッドロックの本名、あやかは身を乗り出して待った。


「⋯⋯四月一日わたぬき

(あ、俺と同じ日付姓だ⋯⋯)

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯みぃな」


 耳を疑った。

 四月一日みぃな、それが名前と気付くまでしばらくかかった。


「――――え、なにそれめちゃかわ!!」

「だーーーーーーーやめろってーーのッ!!!!」


 耳まで真っ赤なみぃなちゃんが喚き散らす。一間が爆笑して睨まれる。ハートマークが浮かぶあやかと、放心している真由美、寧子も朗らかな笑みを浮かべていた。

 くすくす笑うヒロがえんまを見た。黒の少女が両手で口を押さえているのは、笑いを堪えているからか。目が合って、お互いに噴き出した。


「わーらーうーなー!!」


 子供のように暴れるみぃなに、笑いの渦はさらに広まる。中心のみぃなも、本気で悪い気はしていないようだった。あれだけギスギスしていたマギアたちに、笑顔が浮かぶ。


(マギアの、仲間)


 あやかは、溢れそうになる涙を笑いで誤魔化した。

 彼女たちと一緒なら。そう、信じている。







「二日後の真夜中、ね」


 マギア・ジョーカー、暁えんま。

 彼女の持つ情報量にはあやかも驚かされた。次から次へと出てくる資料から『終演』の出現時刻まで割り出されていく様はまさに圧巻。場所と時間を特定したのは『時空』の魔法を持つ彼女に相応しい大活躍だった。


「これから連携の練習をしましょうか。改良したフォーメーションで『終演』と『M・M』を迎え討つ」


 あの呪詛刻印者も、健在だ。呪詛の具現としては最高峰の『終演』に絡んでこないはずがない。最初から織り込み済みの作戦である。

 一通りまとまって、あやかが静かに口を開く。


「⋯⋯⋯⋯本当にいいのか?」

「これが最善よ」


 英雄のお墨付き。それを疑うわけではない、が。


「この作戦の主軸――――俺がそんな大役でいいのか? ヒロイック、デッドロック、ジョーカー⋯⋯そんな一騎当千のマギアには及ばないぞ」

「及んで。並んで、超えて」


 ヒロが無茶を吹っ掛ける。


「『終演』を破壊する火力は貴女にしか出せない。終止符は貴女が打つべきよ」

「あたしとヒロは火力不足で追い込まれた。あんたの馬鹿火力が必要なんだよ」

「トロイメライ⋯⋯貴女の魔法、その突破力が⋯⋯⋯⋯必要、なの」


 あやかは、頷いた。

 やるしかない。

 やらなければ。

 グッと拳を握り締める。これまでの失敗、それを乗り越えてここまで来た。ヒーローになるんだ。ここを越えなければ、夢は成就しない。


「あやかちゃん。貴女は不思議な人よ。貴女が来たから、止まってしまった私たちの運命が動き出した。強くなって、私たちを超えて、そして夢を掴むの」


 貴女になら出来る、と。

 あやかは胸が熱くなるのを感じた。心臓が熱を持つ。魂が煌めく。


「ああ――――やってやるさ」


 マギアたちを見渡す。彼女らはみんな特別だった。だから自分も、きっと。


「だって俺は、ヒーローなんだぜ」







 掴んだ。ようやく、この手で。ヒロははにかむような笑みを相棒デッドロックに向ける。かつて、二人の関係はこうだった。その光景を、この場で知っているのは一間だけだった。


「……うん。まぁ、これで良かったんだよね…………ヒロさん」


 橙の少女、英雄の一番弟子。

 一間は表情が死んだ顔でその光景を眺めていた。心の読めない顔面。少女はそんな自分に自覚的だった。どうして、こうなってしまったのかも。


「ねえ」


 そんな彼女に話しかけるのは。


「ああ、メルヒェン。お互い回り道をしたね」

「⋯⋯⋯⋯なんのことよ?」

「隠すなよ。高梁の雑魚が神里の怪物に挑むもんじゃないね、まったく」


 どさくさに紛れて。他の視線から逃れるように。そんな立ち位置に誘導されて、真由美は訝しげに眉をひそめる。


「でさ、一つがあるんだけど――――」

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