メルヒェン・ロンド

【メルヒェン、不穏協奏曲】



「「「フェアヴァイレドッホ」」」



「トロイメライ」


 銀のグローブの根元に、気迫のリングがギュルギュル回る。モノクロの戦闘服がその身を包み、マギア・トロイメライが獰猛に笑った。


「デザイア」


 彩度の異なる橙の布を張り合わせた、ドレスのような襤褸布。みすぼらしい格好も、インパクトに化ける。めかしこむ気品を揺らし、マギア・デザイアが妖艶に舌を出した。


「メルヒェン」


 小柄の少女を、睡蓮スイレンが花開くように、水色のゴシックロリィタが包む。その様は、まるで絵本のお姫様。花開く可憐さを纏い、マギア・メルヒェンは氷の微笑を浮かべた。



 三人のマギアが、ネガの結界に降り立つ。






園芸の『スコップ・スコーン』


このネガは「浸透」の性質を持つ。

地面を耕して陣地を広げる。

遊び相手がいなくても寂しくない。

世界はどんどん広がっていく。

世界の限界を示せば、ネガは寂しさに気付くだろう。

遊び、育て、広がる。それがこのネガの全て。






 更地に、不自然な芝生が広がっていた。遮蔽物のない、見通しの良い結界内。だからこそ、マギアたちには異様な光景が見えていた。無造作に広がる芝生のあちこちに、人影がいくつも。彼ら彼女らは、一様に虚ろな目で体育座りをしている。


「なんか、手遅れ感があるんだけど⋯⋯?」

「生きているなら大丈夫。逆に、死んでいたり肉体を欠損したりしていると、結界の崩壊に引き込まれるから注意しな」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 一間が泡を吹いた。捻じ曲げられる光の屈折率。敵の視界を撹乱した直後に、あやかと真由美が飛び出した。目指す標的は、広がる芝生の中心地。不自然に育つ奇怪な植物。


「跳んで」


 芝生に着地しかけたあやかの足元に、水色の台座が浮かぶ。芝生の領域はネガの支配範囲。警戒するに越したことはない。


「サンキュ!! 喰らえッ!!」


 勢いそのままの右ストレート。植物に実る、赤い果実が弾け飛んだ。水色の火矢が分化し、果実の破片を燃やし尽くした。弓矢を構える真由美も、水色の台座の上に陣取っている。あっさりとネガは粉砕された。

 しかし、結界は未だに健在。


(まだ、ネガは生きている…………!)


 攻撃の反動で芝生のど真ん中に倒れ込んだあやかが、周囲に目を向ける。それらしい姿はない。あり得るとすれば、魂を吸われて人形のような有様の犠牲者たちのどれかか。


「なるほど――――そういうこと」

 

 真由美は、その手に握るフィールドスコープを覗いていた。遠くで泡を吹いているだけの一間はあてにならない。そう判断したあやかが真由美に近付こうとして。


「おっ⋯⋯⋯⋯と?」


 芝生から、謎の蔦があやかの足首に絡みついていた。

 ぞくり。

 その冷たい感触に、あやかの全身が硬直する。思い出す。死の記憶。、と。皮が剥がされていくような。そんなおぞましい嘔吐感が脳内で膨れ上がり。


「――――――ッ」


 一閃する水色の煌めき。真由美が振り抜いたのは、刀だった。絡みつく蔦を細切れにし、頭上で咲く白い花を両断し、一面の芝生を刈り取る。


。動ける?」

「あ――――ああ⋯⋯悪い、ありがと」


 力無く笑うあやかに、真由美が不審の目を向ける。だが、悠長な状況ではなかった。刈り取られた芝生の先、全方位からじわじわと芝生の侵食が始まっている。ここは敵陣ど真ん中。

 間抜け二人を嘲笑うように、一間が吹いた泡が空中に滞空している。そして、頼れる先輩はにこやかに手を振った。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 あやかは、とにかく、物凄く、なにかを物申したくはなったが、とにかく真由美を抱えて跳び上がった。芝生のあちこちから奇怪な植物が伸び上がる。


「どうする!?」

「こうする」


 真由美が、細い指をパチンと鳴らした。水色の、火矢の雨スコール。草花のざわめきが、奇怪な悲鳴を合唱する。

 揺れる。揺れる。

 音が。悲鳴が。燃え落ちる芝生から揺れ動く。悪夢のような光景だった。


「いや待てよ!? 結界に巻き込まれた人たちは⋯⋯」


 虚ろな目で体育座りをしていたギャラリーは、ふわふわと浮かんでいた。人間大のシャボン玉。マギア・デザイアが準備した、救急シャボンである。


「メーールヒェン。君、僕の準備を確認しないままぶっ放したでしょ。間に合わなかったらどうする気だったんだい?」

「私たちが死ぬか、彼らが犠牲になるかのどちらかでしょ。それが嫌だから、貴女はちゃんと間に合わせた、違う?」

「メーーーールヒェン。こんの、アマ⋯⋯⋯⋯!」

「無駄に伸ばさないでよ⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 怒りに震える一間。やはり、お嬢様と貧乏人では感性の食い違いがあるみたいだ。だが、一触即発の空気に、あやかは踏み込めなかった。あの中には、入れない。


(俺、なにも出来なかった⋯⋯⋯⋯)


 それどころか、足を引っ張っていただけだった。結界が崩壊する。泡に包まれた人たちも、魂を取り戻して現実世界へと回帰していく。


「浮かない顔をするね。僕らの完全勝利じゃないか!」


 遠くから、一間が声を張り上げた。しゃがみ込んでにやつく先輩に、突っ込む気力すら起きない。わざとあやかに注目を集めようとしていたのが丸分かりだった。


「けっ! 晒し者のつもりかよ⋯⋯!」


 あやかが拗ねたように舌を出した。茶化して、元気づける。そんな一動作。

 だと、あやかは本気で思っていた。



「――――――デザイア、今、なにしたの?」



 鋭い声だった。きょとんと立ち上がる一間の足元。水色のやじりが突き刺さる。警告、次は穿つという意思表示。


「え、真由美?」

「⋯⋯はは、ジョーダンはヨシコちゃんだよ」

「両手を挙げなさい」


 一間は、大人しく従った。手の甲を見せて、まるで、これからオペを開始する執刀医のようだった。そこに、この状況に至るまでの不審さは感じられない。


「手のひら、を」

「⋯⋯ほんと食えないお嬢様だ」


 一間が、右手だけを前に出した。器用に指で挟み込んでいたのは、黒い飴玉。一間は近付きながら、ソレを真由美に投げ渡した。


「ついつい、出来心だったんだ。僕はほら⋯⋯貧乏人だから」


 真由美の右足が跳ね上がった。一間の左手にクリーンヒット。そこから零れ落ちたのは、もう一つの黒い飴玉。


「ついつい――――なんだって?」

「⋯⋯⋯⋯メルヒェーーーン」

「だから伸ばさないでよ⋯⋯⋯⋯」


 真由美が、心底ウザそうに二個目の飴玉を受け取る。お菓子の奪い合い、なんて微笑ましい光景ではないのはあやかでも分かった。空気が殺伐としている。

 やはり、あやかはマギアについて知らないことが多過ぎた。事情を知らぬまま、状況だけが悪化していく。


「⋯⋯真由美。はなんだ?」


 真由美は、受け取った二個目をあやかに投げ渡した。一間が苦々しい表情を浮かべたのを見逃さない。受け取ったあやかが、続く言葉を聞いた。


魔力飴ヴィレ。マギアが魔力を回復するための唯一の手段。成熟したネガが落とす⋯⋯まぁ、卵みたいなものね」


 うげ、とあやかはヴィレを投げ捨てそうになった。だが、二人のやり取りを思い出して、思い直す。これは、それだけ重要なものなのだ。


「これがないとどうなる」

「⋯⋯⋯⋯マギアは、魔力が尽きて魔法が使えなくなる。私やデザイアがこの戦いを制した理由、分からない? 魔法の力、それはとても強大なものなの⋯⋯失うのを惜しむほどに」


 一間が、平気な顔で頷く。真由美は不快げな顔を浮かべるだけだったが、あやかには別の確信があった。

 まだ、なにかある。

 半ば、確信めいた直感だった。マギア・デザイア――二階堂一間は、慣れてくると分かりやすくなってくるところがある。


「独り占めにしようとしていた。そういうことだな、一間?」

「グルじゃなくて安心したわ。アンタが私を嵌められるほど器用じゃないとは思っていたけど」


 明らかに貶されたニュアンスでありながら、あやかは心臓の高鳴りを抑えられなかった。チョロいのも、多少マゾっ気があるのも認めざるを得ない。ただ、構ってくれて、理解したように振舞ってくれるのが堪らなく嬉しい。


「君は本当にトロイメライの、いわゆる同期、なのかい? どんだけ事情通なんだよ」

「残念。私も厄介な先輩に頂いたから。やっぱり、人間痛い目見るのが一番の学びよね」


 真由美は、勿体ぶって言った。


「⋯⋯へぇ、誰だい?」

「言うと思う? やっぱり、よそ者にはすごい敏感」

「メーールヒェーーーン⋯⋯」


 真由美は小さく舌打ちすると、飴玉を咥えながら姿を消した。イマイチ状況を把握していないあやかは、一間に糾弾するような視線をぶつける。


「同盟は決裂だ――――メルヒェンは⋯⋯⋯⋯もう、味方として僕たちの目の前に現れることはないだろう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る