デザイア・コンプレックス
【デザイア、劣等感】
翌朝は、快晴だった。元気な雀の鳴き声があやかの目を覚ます。
「ん――――ああ…………そうだった」
かび臭い毛布に包まっているあやかと一間。あやかの動きで、一間も目を覚ましたらしい。何故か半裸姿で、「えへへ」と赤面しながらはにかんでいる。目が笑っていないので、あやかは揶揄われていると判断した。
「あ、つれないなー」
「けっ、言っときやがれ」
寝起きに水の一杯でも欲しかったが、そう言えば水道も止まっていたと思い直す。なんとなく毛布の中でもぞもぞと服を着ている一間をチラチラ隠し見るも、目が合ってしまい、気不味い沈黙が流れる。
「⋯⋯あ、着替え見たかった?」
「断じて!!」
どうも調子が狂う。もしかしたら、真由美も似たような心境だったのかもしれない。そう考えると、あんまり積極的なアピールは逆効果なのかもしれない。
(積極的な⋯⋯アピールの、逆⋯⋯⋯⋯)
つまり、消極的。
あやかは、腕組みをしてぷいっとかぶりを振った。
「べ、別にアンタのことなんか見たくもなんともないんだからね!」
「後輩が新しい自分を模索している⋯⋯⋯⋯」
なにか失敗したみたいだ。伏し目がちに赤面するあやかに、一間の無表情が刺さる。
「さて。それじゃあ後輩の妄言に乗ってみようさね」
「いや、今のは、気の迷いというか⋯⋯忘れて、下さい⋯⋯⋯⋯」
「そっちじゃない。日常パートはもう終わりだ」
着替えを完遂した一間が、勢い良く立ち上がる。
「詳しく話しな――――トロイメライ・ループ説、てやつをさ」
♪
「にゃるほどねえ⋯⋯」
「信じてくれるのか!?」
「話はね。君の話が真実そのものとは限らない。記憶を捏造するネガがいるっていう線もあるし、単純に君の気が触れているっていう線もある」
「なんだよぉもぅ⋯⋯」
「だから、最悪を想定しよう」
一間は二本指を立てた。
「まず、君が僕を陥れようとしている可能性。一晩観察していて、君の言動行動は芝居じゃないことは確信している⋯⋯恐るべきは、君が
「どんな想定だよ⋯⋯⋯⋯」
「もう一つ。これはまぁ、ネガの狙いが君だとして、こうしている刻一刻と君が脅威に晒されていることだ。この場合、残念だけど僕は君を見捨てるだろう」
「俺にとっての最悪しか想定されていない!?」
一間は、立てた二本指を顎に当てた。しばし思案顔を浮かべて。
「⋯⋯最悪から一歩前進しよう。君を襲ったネガが、実はこの町全体を狙うものであり、その一手としてマギアである君を襲った。この場合、僕も逃げられない。君と一緒に事態を打開するしかない」
そして、気まずそうに咳払い。
「⋯⋯⋯⋯そして、僕らは共に戦うしかなくなる」
「え――――?」
「⋯⋯⋯⋯うん、まぁ。当面はこの想定で行こう」
「ひっっとまぁぁあああ!!!!」
感極まったあやかが一間に抱き着いた。力無い抵抗と、耳まで登る紅潮と、泳ぐ目。あやかは確信した。この用心深い先輩が味方についてくれたのだと。
「ばっ、やめ! 僕だって⋯⋯そりゃそうさ! 君のことが気に入っちゃったんだから、みすみす手離したりしないよ⋯⋯ッ!!」
妙に慌ててあやかを引き剥がす。話はまだ終わっていない。
「その場合、現実的な課題がある。君が手も足も出ない相手に、僕が加わったところで太刀打ち出来ないって話だ」
「⋯⋯そなの? 友情パワーでもだめ?」
「それは舞台が整えられたリングの上でしか通用しない。いいかい? マギアの戦闘力は、持って生まれた才能に左右される。圧倒的な魔法の力を前に、努力で覆せるマギアなんてほんの少数だ。そして、君には才能という大きな大きなアドバンテージがある。僕とは違ってね」
あの、ネガとの戦い。圧倒的で、一方的な戦い。偶然とか相性とかが付け入る隙もない。そんな本物の戦力を、ベテランマギアは感じ取っていた。マギア・トロイメライは、戦力として貴重な存在なのだ。
「――――じゃあ、俺を近くに置いてくれるのは⋯⋯戦力として優秀だからってだけなの?」
「そうだ。大いにそうだ」
潤んだ瞳で、子犬のように見上げられて。
「大いにそうだが⋯⋯⋯⋯⋯⋯そうじゃない部分も、まぁ⋯⋯そんな顔で僕を見るなッ!!」
ぱあっと顔を輝かせたあやかに、一間が毒づく。
「ああ、もぅ⋯⋯⋯⋯ネガの情報が不足している以上、僕ら二人だけだとどちらにしても厳しいままだ。どちらにせよ、なんとか策を「それなら大丈夫だよ!」は?」
「高梁には、もう一人マギアがいるからな!」
沈黙が、数秒。
「は? お前さあ――――なんでそれを先に言わないの?」
ガチトーンだった。
♪
大道寺真由美。
生粋のお嬢様である彼女は、休日は習い事に忙しい身である。しかし、彼女もマギアであることは変わりない。夜遅く、使用人の目を盗んではネガを狩りに散策していた。
「真由美!」
声を掛けられて硬直する。聞き慣れた声だ。だが、立場的なものもあるので、こんな夜更けに大声で名前を呼ぶのは本当に止めて欲しい。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯なに?」
「探したぞ。一人でパトロールか?」
「⋯⋯別行動の方が、効率良いでしょ」
「そういうわけにはいかねえんだよ」
真由美は、暗がりの奥に視線を投げた。誰かいる。察知されたことを感じたか、長身痩躯の少女が姿を見せた。
「こんばんは。僕はマギア・デザイア。彼女、マギア・トロイメライと一緒に高梁市の平和を守っている」
マギア。その言葉に、真由美が何故か距離を取る。
「あら、ここを縄張りにする先輩マギアさんってとこ?」
「うん、そうだよ。聞いていたとおり、賢い子だ――マギア・メルヒェン」
真由美が、ギロリとあやかを睨んだ。謂れのない威圧に、あやかはたじろいだ。
「真由美、聞いてくれ。脅威が迫っている。俺たちは同じ敵に立ち向かうマギア同士だ。一緒に戦おう!」
「⋯⋯具体的な話が何一つ見えてこないんだけど」
「ああ⋯⋯うん。実は「メルヒェン」
あやかの言葉を、一間が遮った。薄闇の中、能面のような無表情で真由美を見下ろす一間。その身長差、かなりの威圧感だった。
「大物のネガが出た。僕と組むか、組まないか、ここで選択してもらう。もし断るようなら、君のことは不確定要素として排除するしかない」
「脅している気?」
だが、真由美も負けてはいない。眼光鋭く先輩マギアを見上げている。ただならぬ空気に、あやかが焦り始めた。間に入ろうとするが、一間に足を踏まれてつんのめる。
「威勢がいいね。でも、君なら分かるんじゃないかな? いずれ選択を迫られるんだ。なら、君の価値が高まっているこのタイミングで決断することはそう悪いことじゃない」
真由美は、あやかを一瞥した。その動作に、果たしてどのような意味が込められていたか。真由美は小さく鼻で笑った。
「いい駒を見つけたわね。私もそうすれば良かった」
「うわぁ⋯⋯⋯⋯敵に回したくないよ、君。今から
「そんなことしなくても、私は貴女たちと組むわよ⋯⋯⋯⋯厄介な相手に戦力が欲しいのはこちらも同じだもの」
「それってどうい「うん、よし。じゃあ同盟成立だ」
あやかの言葉が再び遮られた。一間に腕をつねられる。余計な口出しはするな、ということか。
「連絡には、そこの用心棒を使いなさい。私はそろそろお
「了解! 仲良くやろうねー」
握手の一つもなく、真由美は夜の暗闇に消えていった。あやかが何かを言っているが、一間は適当に生返事を返すばかり。真由美が消えていった暗闇の一点を、ただただじっと見つめている。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯鼻持ちならないもんだね、お金持ちのお嬢様ってやつは」
「それ、貧乏人の醜い嫉妬」
チョップ。モンゴリアンチョップを食らった。妙に鋭い一撃に、あやかが悶絶する。一間は、あやかが見た中で、一番に不機嫌そうだった。一目でこの少女の感情が見え透いているのだ、余程のものなのだろう。
「恵まれた生まれのお嬢様は、頭の中身も恵まれているらしい⋯⋯不平等だ」
「真由美、実は良い奴なんだよ⋯⋯?」
「⋯⋯君の頭の中は、もう少し恵まれていて欲しかった」
なにやら優しく、あやかの頭を撫でる。あやかは嬉しそうだった。
「でも、さ。一間から見れば、生まれとか、気になるのかもしれない。それでも、ちゃんとアイツを見てやってくれよ。そんな、意味のない嫉妬だけで、真由美のことを嫌いにならないで」
「うーーん⋯⋯嫉妬するもんだよ、恵まれない奴ってのは」
一間は、見も蓋もないことを言い放つ。だが、あやかには、その言葉以上の重みを感じた。
「⋯⋯とにかく。状況は動き出した。メルヒェン、彼女の実力は僕も高く見ている。これなら、大抵のネガに遅れを取ることはないんじゃないかな」
「マジか!!」
あやかが、顔を輝かせた。
(さてさて。あのお嬢さん、あやかを見て反応を変えたね。戦力としてチラつかせる程度のつもりだったけど――――やっぱり、なにかあるのか)
間違いない。あやかの妄言といい、メルヒェンの反応といい。一間は、そこに蠢く闇の存在を確信していた。
「トロイメライ、君が同盟の要だ――――頼りにしているよ」
「ああ、任せとけ!」
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