デザイア・ホーム

【デザイア、帰る場所】



 誘われるままに乗ってしまった。


(初めては、真由美にって決めていたのに⋯⋯⋯⋯ッ!!)


 姉には、友人の家に泊まると伝えていた。昨日の今日で心配する声もあったが、どこか考えるところがあったらしい。最後は優しい声で許可してくれた。明日は学校が休みということもあって、ゆっくりしてくるようにとのことだ。

 あやかとしては、正直止めて欲しかったものではあるが。


「ここが僕の家だよ」


 あやかの家からは、だいぶ距離がある。一軒家だが、だいぶ年季が入っているように見受けられた。どこか古臭い出で立ちと、若干の腐臭。そのことについて言及するあやかではなかったが、表の表札はしっかりとチェックした。

 『二階堂』、それがデザイアの名字らしい。


「あー、うー⋯⋯ああ、お邪魔します⋯⋯」

。正真正銘二人っきりだから、遠慮しないで」

(アーーーッッ!!!!)


 努めて平静を取り繕うあやかだが、頰が紅潮するのが止められない。デザイアのにやにや笑いが一層不穏を掻き立てる。


「まあまあ、取って食おうなんて考えちゃいないさ⋯⋯食うもんも出せない有様だけどね」


 中は、まるで廃墟みたいだった。ロクに人の手が入っていない、人が住んでいるのかすら怪しい家屋。半ばゴミ屋敷と化しているが、だからこそ人が住んでいると辛うじて認識できるような、いっそのことプラスに感じるレベルだった。


「それなりにお掃除はしているから、寝床としては不足ないよ。それとも、こういうみすぼらしい場所は、受け付けないかな?」

「掃除するならゴミ捨てもしろ」


 あやかはムッとして答えた。予想以上に自然体だったのか、デザイアがポカンと口を広げた。


「あれ、君ん家もすってんてんボンビー?」

「すってんてんボンビーって⋯⋯」


 中々面白い言い回しをする。


「ウチは順風満帆幸せ家族計画だ。でも⋯⋯これはボンビーにも度がすぎるぜ?」

「君、意味分かって言ってる?」


 きょとんとするあやかに、デザイアは溜息をぶつけた。


「稼ぎ頭の父ちゃんが外に女作っちゃってね。贅沢な専業主婦は節約も仕事も出来なくて没落。娘は哀れに巻き添え。それが今の有様だ」


 お手軽に、悲劇を語る。たった一人の家族に繋ぎ止められたあやかと、家族の破滅に巻き込まれたデザイア。二人の視線が交わる。


「⋯⋯大変だな」

「うん。もっと哀れんでくれてもいいんだよ?」


 何故か不満顔のデザイアに、あやかは小さく笑った。


「えー、だってお前⋯⋯⋯⋯どう転んでも大丈夫そうじゃん」

「ひどい!? ひどいなぁ! 今のは普通に傷付いた。僕は自分の不幸話を吊り下げて、哀れまれるのに興奮するんだよ! 今日のオカズは君の『可哀想だなぁ』っていう視線に決めていたのに!!」

「オカズって⋯⋯米がないのにどうすんだ」


 鰻屋の匂い的なものを思い浮かべるあやかに、デザイアの表情が消えた。


「うん。僕が君を気に入っているのは真実だ。無垢な君を僕色に染めても構わないね?」

「構うわ、バカ。俺には心を決めたお姫様がいるんだ」

「いっけずぅ~」


 能面のような顔でデザイアが唇を突き出した。目だけではなく、完全に表情も笑っていない。


「あ、素が出たな。薄々思ってたけど、お前無表情キャラだろ」

「……キャラ言うなや。僕は社会的生物として、日々表情の成長に余念がないんだ」

「あはは、笑ってる顔は可愛く作れてるぞ」

「そりゃどうも――――なんかさぁ、うまく笑えなくて。ついつい作っちゃう」


 その言葉は、ずしりとのしかかる。溜息のように、重く吐かれたのは、道化少女の本心なのかもしれなかった。


「はっはっはー!」

「無理して笑うなよ。表情豊かの意味が変わってきてるぞ⋯⋯」


 両手でニコォと口を広げるデザイア。あやかはその間抜け面に、黄色く細長いモノを突っ込んだ。


「ゲホッ、ゴブッ、ガフ⋯⋯なにすんだ」

「食べ物、あるじゃん。一緒にディナーしようぜ」


 せながら吐き出したソレは、乾麺、パスタだった。茹でるも焼くもなく、袋から開けたそのままを突っ込まれた。


「⋯⋯言っとくけど、一週間前から電気・水・ガスのライフラインは止まってるよ」

「デザイアって、カップ麺砕いておやつにしたりとかしないの?」


 見ると、あやかがパスタ数十本をまとめて咥えていた。唾液でふやけさせ、その辺に転がっていた小瓶の塩を振りかけている。


「⋯⋯君こそどんな家庭環境で生きてきたんだ」

「ふつーふつー。俺の分まで姉ちゃんが苦労してくれたし」

「そこまでキッパリ言われちゃうと、君の方が不幸みたいだ⋯⋯ズルい」

「お前もう言ってること滅茶苦茶だぞ」


 デザイアも、あやかに倣って乾麺をちゅぱちゅぱ咥え始めた。意外と楽しい。


「⋯⋯ソース取って」

「⋯⋯今更だけど、この辺に転がってる調味料って食べても死なない? 大丈夫?」

「マギアはそんなんで死なないよ」


 それに、と。

 デザイアはぶっきらぼうに続けた。


「僕、ここ10日ほど何も食べてないけどピンピンしてるし。マギアは栄養失調や病気とは無縁、風邪なんて引かないのさ。これ豆知識マメね」

「⋯⋯超重要な知識だと思う」


 聞けば聞くほど謎めいている。めっふぃと契約してしまった以上後には引けない状況だが、そう考えると、急激に恐ろしく感じてしまう。


「マギアって――――なんなんだ?」

「さあ」


 頼れる先輩から、とても的確な答えが返ってきた。あんまりな反応過ぎて、あやかが思わず吹き出してしまう。


「笑うなー!」

「ふふ、ははは! 悪い悪い! なんか、こう、おかしくって⋯⋯!」

「⋯⋯人間、自分がなんなんだって分かっている奴なんていない。マギアになってもそんなもんだ」


 あやかは、自分の胸に手を当てた。心臓の位置だ。ここには、確かに鼓動がある。血管の脈動がある。自分がなんであれ、握るこの手には戦う力があるのだ。


「俺たち、化け物に改造されたようなもんなんだな」

「イーッ!」

「?」「なんでもない、忘れて」


 そのどうでもいいやり取りが、堪らなく可笑しくて、あやかとデザイアは顔を揃えて笑い転げた。


「ふ、はは⋯⋯ひゃははは!! なんだッなんだよそれ!!」

「ひひ、知らあはははは知らないの、かいッ!? ヒーローの歴史くらい学んどけッ!!」


 お腹を抱えて笑い転げる少女二人。笑い過ぎて、その目からは涙を溢して。バタバタ動かす足の小指がタンスの角に激突して。転がって棚にぶつかってタライが頭に落下して。派手な音を上げて激痛に悶える姿すらも可笑しくて。


「デザイア――――笑ってる」


 タンスの横に落ちていた手鏡を、あやかは掲げていた。光を写す。細長く、道化染みた、無表情を気取った少女。

 不幸自慢が性癖の少女が、笑っていた。

 その目も。口も。鼻も。全身が。笑いに満ちていた。デザイアは、あやかの身体に飛び掛かった。笑いながら、組んずほぐれずになって、二人は並んで横倒しになる。


「あーーーー――――ひっさびさに笑った」


 両手を怪しい動きで這わせるデザイア。あやかは、絡みついてくる手を笑いながら払いのける。


「君、面白いなー気に入っちゃったよ」


 じぃっと顔を覗き込む。もう、能面のような無表情に戻っている。だが、潤んだ瞳は穏やかに澄んでいた。


「…………一々怪しい言い方するなよ」

「反応がかあいーんだもん」


 そう言って、手の指を絡めてくる。目を伏せながら抵抗するあやかに。


「ああ、そうだ……忘れてた」

「んん?」

「自己紹介。僕は、二階堂にかいどう一間ひとまっていうんだ――――よろしくね、あやか」


 にしし、とデザイア――一間が笑った。

 抵抗する気も失せて、あやかは大人しく弄ばれる。

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