Der Nemesis des Schicksals――――"Merlorerö Lululopontie"
【宿敵邂逅、童話の女王は悪夢に笑う】
太陽は、彩を失ったモノクロだ。ずっと、太陽に色なんてなかった。灰色に燃える球体。太陽は、世界を見下ろす舞台装置に過ぎない。
「欲しいものがあった」
視線に、過敏になる。疎まれることが恐ろしかった。だから、視線が欲しい。冷えた視線ではなく、熱く滾る視線が欲しい。見られたい。求められたい。
黒い腕が何本も身体に伸びる。触れらることに安堵する。求められることを実感する。視線が、腕が、もっと欲しい。もっともっと欲しい。秘せられた欲望がマグマのように溢れ出す。
「アタシは求められたい」
ヒーロー。
光り輝き、誰もが憧れ、求める、そんな存在。少女は輝きを纏う。モノクロの舞台で、焦がれ求められるための存在になるのだ。腕が全身をまさぐった。視線が這うように浴びせられる。熱い吐息が漏れた。もっと、欲しい。
「世界一幸せだって、いくらでも言い張ってやる」
「フェアヴァイレドッホ――――
そのためなら、いくらでも戦える。
♪
絵本の『メルロレロ・ルルロポンティ』
このネガは「夢想」の性質を持つ。
叶わぬ世界に想いを馳せ、儘ならない世界に呪いを振りまく。
多くの手下達に囲まれて、大事に、大事に、守られている。
その様はまるで絵本のお姫さま。
まだ見ぬ白馬の王子様を連れてくれば、怒りを収めて元の世界に帰っていくだろう。
自分の夢想を顕現する。それがこのネガの全て。
♪
大きい。見開きの巨大な絵本から、マネキンのような童話の女王が屹立していた。高さは三メートルを越える。自分の倍以上の巨体を見上げてなお、あやかはギラついた獣の視線を投げた。
両者の間は、目測で五十メートルほどか。
(マギアの脚力なら五秒もかからない! この手でぶっ潰してやる!)
思考の最中にはもう飛び出していた。ぺらぺらの近衛兵たちが女王を守る。突き出される槍先を、あやかのグローブが弾く。デザイアにとっての棍棒、デッドロックにとっての槍、そんなマギアが有する固有武器。トロイメライにとってのそれは、銀のグローブだった。
「逃げん、じゃねえ⋯⋯ッ!」
やはり使い魔の数が多い。我武者羅に進むあやかは、後退するネガに追いつけない。
(ああ、そうだ――――魔法だ)
めっふぃの言葉を思い出す。感覚を研ぎ澄ませる。弾き、潰す。魔法のグローブが力を燃やす。イメージは血だ。心臓が送り出し、全身にみなぎるもの。灰色の煌めきをあやかは掴んでいた。
(これが、魔力)
両手首のリングが逆方向に回転し、推進力を生み出す。乱打。冷静に敵の攻撃を見極め、制圧する。極まった感情の一方で、不思議と頭は冴え渡っていた。あやかは進撃を止める。真下への一撃。衝撃波で使い魔どもを薙ぎ払う。
単純なことに気付いたのだ。
「てめえらの姫さんは、この結界のどこかにはいるんだろ? だったら、焦るこたぁねえなあ!?」
敵を滅する。使い魔が邪魔ならば、全滅させてしまえばいい。殺到する紙騎士と魔本の群れを見渡し、あやかは犬歯を剥き出しに笑った。
――――
何が欲しかったのか。何を願ったのか。ぼんやりと頭の片隅で考える。求めるものは、日常の中にあった。光り輝く生を、ついにその手に掴んだ。何度でも繰り返したいと思えるような『世界一の幸せ』を。
違う。
そうじゃない。
本当に欲しかったもの。そこに手を伸ばす。伸ばし続けるその行為こそが――――魂を賭けるに値する願い。
「リロード」
奇跡が起きた。物理法則を超越する現象が発生した。鋭い紙のランスを撃ち抜いた拳が、使い魔を粉砕する。攻撃を弾くに留まるはずだった一撃。それは説明出来ない爆発力で以って、紙の騎士を派手に粉砕した。
まるで攻撃を複数回放ったかのように。
一撃を放ったあやか自身が、一番痛感している。起きるはずのない現象が起きた。物理法則の、上へ。魔力の高まりを、心臓がそれを送り出すのを感じる。
「これが、魔法」
死への運命は覆せる。あやかには確信があった。
「マネキン野郎、覚悟は出来てるか?」
稚拙な星空が照らす先。安っぽい挑発だった。それでも、己を奮い立たせるには十二分。拳を構え、使い魔に囲われるネガを見据える。
「来たか」
女王の腕が振り下ろされた。使い魔どもが不届き者に殺到する。
あやかは力強く魔本を踏み潰す。見上げる。本の中からそびえ立つ水色の巨人。両者の視線が、ぶつかり合う。牙の生えた本。ぺらぺらの騎士。大量の使い魔があやかを取り囲む。
「お前は――いつもそうだったな」
振り抜く拳は軽く。手応えのない打撃を繰り返す。回し蹴りで吹っ飛ばした魔本で薄っぺらい騎士を押し潰した。
「使い魔どもに守られ、自分は安全地帯」
数が多い。殴っても蹴っても湧いてくる。このままでは物量で潰される。しかし、二度の死闘を経て、不意をつかれることすら慣れてしまった。あやかは自分でも驚くほどに冷静だった。
「でもな。俺は、逃がさねぇぞ」
どこに、誰に呟いた言葉だったか。見据える先、ネガは姿を眩ませていた。だからあやかは進む。脅威に向かい、一歩。それを繰り返せば辿り着くはずだった。しかし、使い魔どもがそれを阻む。
「覚悟はいいか――今、行くぞ」
一歩。また一歩。その繰り返し。導くものは、白い光を発する道。繋がる先には童話の女王。宣言通り、あやかはその道に足を乗っける。直後、カタパルトのように発射されたあやかが、使い魔の群れを越えてネガへと突っ込む。
「――――ロード、てな!」
一直線にネガの前に飛び出したあやかは、拳を強く握った。
「リロード」
ガシャン。
右手のリングから機械音。蒸気を吹き出し、逆転が推進力を生む。
「ショット!!」
しなるように。弾けるように。あやかの拳は放たれた。迎え撃つは、水色の拳。
一発なら及ばなかっただろう。二発で並べたかもしれない。だが、三発では。もっともっと何発でも。
「いっっけぇぇえええええええええええええええええ!!!!!」
童話の女王が拳ごと吹き飛んだ。初めてのダメージらしいダメージ。だが、致命傷には足り得ない。あの巨体。やはり、ボディへの攻撃が必須か。
「けど――――効いたな」
それは、決まれば倒せるということ。突破口は開かれた。あやかとネガは、今や同じ地平線上の存在だった。女王が叫び声を上げる。身を翻し、揺れる。血相を変えた紙の騎士達が主を守るために踊り出た。
「逃がすか――!?」
揺れるように
「リロード!」
吹き出す蒸気。下に向けた連打の嵐は衝撃波を生み、使い魔どもをまとめて凪ぎ払う。だが、放った後の隙が大きい。幾重にも重なって厚みを増した騎士が、衝撃波を受け止めた。その手のランスがあやかに迫る。
「――――ぐっ」
苦悶の声。脇腹を貫いたランスを無理矢理引き抜く。吹き出した血に気にしている余裕はない。
「リロード」
ガシャン。
左。ランスを矛先からへし折る。吹き出す血。歯を食い縛り、耐える。
「リロード……!」
怯んだ騎士に、次は右のストレート。当てれば逃さない。無数の打撃が騎士を――
(外し、た――?)
敵は単体ではなかった。魔本が足を喰らい、あやかの体勢が崩れる。拳は届かない。上から来る女王の拳。
「かはっ…………」
血反吐を吐き、地に沈む。どくどくと溢れ出る血溜まりに、今度こそあやかは沈んだ。
(やべー、な……)
ダメージが大きい。身体は動かず、意識は朦朧と。いくら魔法を使えるとはいえ、怪物と拳を交わそうとするのだ。傷だらけの身体は、当然といえば当然の末路。
(ちくしょう……何で、何でこんなことやってるのかな)
使い魔どもが、死への足音が、近づいてくる。その頬に流れる一筋の雫。
悔しかった。
悲しかった。
納得のいかない理不尽にさらされ、無尽の暴力に当てられる。そんな自分はただただ無力で、逃げることしかできない。
(戦いたい)
ぼこり、と泡が浮かぶ。濁りを灯した心臓が、静かに揺れる。
(戦って、戦って、この手に――…………)
あやかは、見た。遥か後方に置いてきた一間の指先が、ぴくりと動いた。まだ生きている。助けられる。その刹那の確信が、心臓を
咆哮。
両手両足の連撃。魔法ではなく、あやか自身の体術センス。それがマギアの身体能力で引き上げられる。これまで培ってきた技術と経験が、爆発する。
「――知ってるか、化け物」
ランスで突貫する使い魔をねじ伏せ、あやかは仁王立つ。あの傷で、二足歩行は出来ないはずだった。生きているにしろ、後ろの一間のように、横倒しになっているはずだった。
自然治癒力だけでは説明できない。摂理を超えた、超越的な現象。
即ち――――魔法。
「ヒーローってのは――――ピンチの時ほど燃えるんだよ」
その瞳は死んでいない。戦わない選択肢は存在しない。そうしないと掴めない。感情が膨れ上がる。だから、立ち上がるしかなかった。
「リペア!!」
強引に自然治癒を繰り返す。傷を塞ぐあやかに、紙束の、重厚な騎士どもが突撃する。
「伝える衝撃は逃がさねぇ、受け取りやがれ」
この使い魔は学習する。女王の英才教育の下で。
先頭の騎士が、二本のランスをアースのように構えた。衝撃を受け流す魂胆だ。しかし、拳を受けると同時にランスは粉微塵に吹き飛んだ。先程とは明確に違う、何かが。
「クラッシュ!」
拳が騎士にねじ込まれる。衝撃が内側に積み重なり、やがて爆発した。衝撃の伝播。物質を伝わり、破壊力を染み込ませるための技術。あやかが生身で培った技術を、魔法が超常まで引き上げる。
ネガが叫んだ。怒りか、悲しみか、あるいは恐怖か。後退る女王に、あやかはロードの魔法を繋げる。
「逃がさねぇ! ぶっ殺す!!」
覚悟の顕現。踏み出す足は無限の一歩へ。そして、拳と拳が交わされた。
「リロードクラッシュ!!」
吹き飛ぶ。陶器の右腕が、肩の付け根まで消し飛んだ。よろけるネガに、あやかは捕食者の笑みを浮かべる。
「ぐふっ」
今度は、ネガの左腕。思いっきり叩き付けられたあやかは、再び使い魔の群れに落とされた。
「リペア!」
叫ぶ。振り回す拳は使い魔どもを殱滅する。後退り、逃げるネガをあやかは逃さない。
「絶対に! 逃がさねぇ――ッ!!」
最早、対等ですらなかった。狩る者と狩られる者は逆転した。ネガを狩るマギアが光の道を突き進む。
「リロードクラッシュ!!」
今度は左腕。盾にするように突き出されたソレを、あやかが砕いた。
だが、宿敵も止まらない。巨大なヘッドバットがあやかを叩き落とす。下には、疎らになってきた使い魔の群れ。ランスの矛先があやかを貫いた。
「「――――――――ッッ!!!!」」
ネガが、判別不能の金切り声を発した。あやかもそれに負けない咆哮を上げた。リペアで強引に傷を塞ぎ、蹴散らした使い魔の上でネガを睨む。悶えるように身を捩るネガは、結界の奥へと退く。
「おい、気付いてんのか」
ふらふらと覚束ない足取りで、あやかは言った。魔力は、尽きかけていた。魔法でも治し切れない傷が、彼女の精神を削りつつある。限界。その二文字が脳裏に浮かんだ。
「もう終わりだよ」
だが、しかし。
最後の騎士を殴り付けながら、あやかはそう宣言した。隙だらけのその姿に、攻めてくる使い魔はいない。もう、いない。童話の女王が叫んだ。身を守る従者を全て失い、その身すらぼろぼろになって。不自然なくらい輝く異様な星空の下。彼女は、空を仰いだ。
「リロード」
ここまで来ると、幕切れは呆気ない。惨めで無様な女王が、空を仰いだまま活動を停止した。
「クラッシュキャノン――――ッッ!!!!」
銀のグローブを強く握りしめ、拳がそのボディにねじ込まれる。凄まじい衝撃があやかを叩いた。マネキンの巨体が内側から崩れ落ちていく。火の点いた魔本は灰燼と化した。
星空がぐにゃりと歪んだ。悪い夢物語が、ようやく
「勝った――…………」
宿敵の最期を見届けて、あやかはついに力尽きた。
やり切った。出し切った。そんな充足した表情が浮かんだ。生への実感があった。
マギア・トロイメライ。
その魔法の性質は――――『反復』。
♪
『生き残ったのは、トロイメライか』
霧散した結界で、ウサ耳がぴょこぴょこ揺れる。口を封じられた不思議生物は、倒れるマギアを見下ろしていた。
『君の援護は不要だったみたいだね』
「この子、笑ってる⋯⋯」
緑のマギア。彼女は、血溜まりに沈むマギアに駆け寄った。明らかに重体で、まだ心臓が動いているのはマギアの強靭な肉体故だった。それでも、少女は安らかな寝顔を浮かべている。なにかをやり遂げたような、悪夢が終わったかのような、そんな笑みだ。
事情を知らない緑のマギアは、優しく少女を抱き上げた。眠る少女が、ネガとの戦いに身を置いていたことくらいは聞いている。
「この子、病院に連れて行くよ。救急車より私の足の方が速いしね」
緑の癒やしがあやかに満ちる。残されためっふぃは、辺りを見回した。
『生き残ったのがトロイメライなのは幸運だ。『終演』に対抗する手駒を失わずに済んだ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます