トロイメライ・ベライトシャフト
【トロイメライ、覚悟】
いつものベッド。何度繰り返した光景か。あやかは勢い良く飛び起きた。
「俺は、負けたのか」
純然たる事実。何も守れなかった。何も成し遂げられなかった。だが、そこで止まるわけにはいかない。決めたのだ。もう、何も失いたくないのだと。
(考えろ……何をすべきだ)
情報を整理する。
一つ、真由美の件。彼女は何故かあやかに並々ならない敵意を向けている。ネガへと転化するほどの呪詛。それをまずはなんとかしなければならない。これは、あやかと真由美の問題だ。
二つ、『
そして、言わずもがな『終演』について。
(結界を必要としないほど規格外のネガ。破壊神と呼ぶに相応しい力。身を以て味わったばかりだ……)
道は一つしか無かった。
メルヒェン、デザイア、デッドロック、スパート、ヒロイック――――そして、ジョーカー。マギアたちの力を集結させるしか手は見つからない。誰一人、欠けずに。そのためには、ヒロイックとデッドロックの対立軸をなんとかして崩さなければならない。
「途方も無い、話だ」
自分の無力さに打ちひしがれる。自信に満ち満ちていたあの頃が懐かしい。マギアになるための契約、約束の賭け。自分に出来ないことはないと、本気でそう信じていた。
理想を熱く信じ、現実に打ちのめされる。それでも進まなければならない。
「けど、やらなきゃ。やることは変わんねえんだ。シンプルに行こう」
だから言い聞かせる。生きていくことは、戦いだった。
(でも――――もし、今回も失敗したら)
身体が震える。魂が悲鳴を上げる。
考えずにはいられない。果たして、本当の意味で自分に次は残されているのだろうか。この精神は、まだ戦いに臨めるのだろうか。失敗が、恐ろしい。足が前に出せなくなるほどに。
「――――――――あやか!!」
「ッ!!?」
ビクリと身が固まった。姉の声だった。いつの間に止まっていた呼吸を静かに再開させる。時計を見る。結構な時間を考え込んでいたらしい。日課のランニングを通り越して、朝食の時間だった。
♪
「珍しいな。寝坊か?」
トーストに、卵焼き、あと千切って洗っただけのレタスが何枚か。そんな簡素な朝食だったが、とてもとても懐かしく感じた。ただ食欲は湧いてこない。空腹は感じても、それを満たそうという欲が湧いてこない。
「……どうした? なにか悩み事か?」
トーストにバターを塗りたくり、あすかは語りかける。あやかはトーストに何も付けない派、姉のあすかはトーストにとにかく色々塗りたくる派だった。
「んー、あーいや……」
「言え」
「姉ちゃん、問答無用かよ……」
「お前が行き詰まって動けなくなってんだ。一人じゃどうしようもないことだろ」
(姉ちゃんはほんっとに……俺のことよく分かってんな)
たった二人の家族同士。ずっと一緒に生きてきた相手なのだ。
だが、その当たり前はとっくに崩れ去っていた。もう二人は同じ時間を過ごしていない。繰り返した時間、その経験が姉妹を隔てる壁へと化していた。少し考えて、何を言うべきか思い当たらない。
そして、ぽつりと零れた言葉は。
「――――うまくいかないんだ。
どうしてもうまくいかなくて、失敗ばかり。俺だけの問題じゃ無いんだ。全部それで壊れちまう。前に…………進めない」
どうすれば正解なのか。正解はそこにあるのか。
妹の頭の上に姉の手が置かれる。あやされている小さな子どもみたいで、少し可笑しく感じてしまった。
「まだまだお子様ってことかな……」
「やるべきことがうまくいかない。大人だってそうさ」
「そうなの?」
「そうなの。だからそんなに塞ぎ込むな」
ぐしゃぐしゃに撫でられる頭が心地良い。でも、どこかそれが嘘っぽい気もして、あやかは何も言えなかった。
「みんな、うまくいかない。だから悩むのさ。試行錯誤して、なんとかしようって」
だから、と。
あすかはあやかの瞳を覗き込む。
「前に進もうとすることだけはやめるな。お前は強い。だから大丈夫だよ。私が保証する」
突き出された拳に、あやかは自分の拳を力無く合わせた。
強い。本当の強さとは、『本物』とはなにか。
英雄ヒロイックを思い出す。彼女はどうして何度でも立ち上がれたのか。聞いてみたら素直に教えてくれるだろうか。
「失敗しても、挫けんな。まずは踏み出さないと始まらない。足踏みしているだけ損だぞ」
さっぱりと笑うあすか。
「うまくいったら、きっと楽しいからさ。転んでも立ち上がればいいのさ」
「うん……ありがと」
拳を、握る。困難は山積みで、道は過酷極まる。しかし、それを踏破せずになにがヒーローか。魂の賭け、その意味にようやく気付く。
(俺の戦いだ)
勝とうが、負けようが。
(俺が戦い抜くべき戦いなんだ)
きっと、目が変わったのだ。見届けたあすかは、満足そうに笑った。
食べたい。お腹が空いた。そんな欲が込み上げてくる。あやかは冷め始めた朝食をがっつく。あすかは妹が食べ終わるまで、ずっと見守っていた。
「姉ちゃん、俺行ってくるよ」
「おう。頑張れよ」
想いがあった。欲があった。自分こそが、と。決意をその胸に。
♪
満天の星が見下ろす大地。
夜、あやかは学校の敷地に立っていた。高梁中学校であった敷地内。校舎も、遊具も、倉庫も、何も無い。見渡す全面が広大なグラウンドであったし、あやかはその光景を不自然に感じなかった。
『さて、僕になんの用かな?』
「いい加減、チュートリアルを終わらせようぜ。洗いざらい全部吐いてもらうぜ」
二足歩行の白ウサギ。マギアの運命はこのめっふぃから始まった。
「めっふぃ、俺はお前を信じてもいいのか?」
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