六、「他にはなにもいらないの」

ヒロイック・オリジン

【ヒロイック、色彩起源】



 血に濡れたその手が、私の記憶の始まりだった。

 せ返るような血の匂い。鎖に吊された死体の表情は恐怖で歪んでいる。私は背後を振り返った。互いを庇うように折り重なる男女の死体。なんだか、とても懐かしい感じがする。二足歩行の白ウサギがこちらを見ていた。

 私は、マギアとかいうものになって、悪い奴を退治したらしい。

 しばらく何も考えられなくなった。たくさんの人になにかを聞かれた気がするけれど、なにも耳に入ってこない。私は白いベッドの上でじっとしているだけ。遠い親戚と名乗る老夫婦も、なんとかという施設の人たちがやってきても、私は天井を見上げるだけだった。


 鎖が私の首を縛る。これは罰なのだ。そう直感した。

 私の両親は強盗に襲われたらしい。その強盗は鎖で全身をくびり殺されていたとか。私が口を閉ざしている、この得体の知れない魔法とやらのせいだ。

 不気味なのだろう。

 恐ろしいのだろう。

 そんな視線を、感情を、ずっとずっと感じていた。疎外感。私はなにも覚えていない。どうやら、事件のショックで記憶が壊れてしまったらしい。残されたのは、『いくヒロ』という現実味の無い名前だけだ。

 鎖を強く縛る。息が出来なくなって、意識が落ちる。

 そうやって眠って、目覚めたときには鎖は消えている。そんな日々を繰り返して、ある日、天啓が降りた。



 悪を成敗するのは正しいことだ。


 正しく在れば、きっと人は私を求めてくれる。


 英雄になろう。英雄にならなければならない。私はベッドから立ち上がった。



「太陽は――皆が見上げ、求める、黄金の正義」



 戦おう。そのための魔法なのだから。

 私は、自分の本当の願いを、思い出せない。

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