アリス・アップ

【アリス、主役入り】



 砂塵の『ロック・アラート』――その性質は、無為。







「ぺっぺ! もう一体居たのか……?」


 口に入った砂を吐き出しながら、あやかは白面の砂漠を見渡した。以前、ヒロイックが戦っていたネガだ。


「ってこたあ、あん中か!」


 結界の中央、蟻地獄の最奥。


(ジョーカーもなんか驚いてたな…………アイツが全てを握っているわけじゃないのか?)


 考えても仕方がない。今は一刻も早くネガを倒さなければ。真由美のこと、ジョーカーのこと、ヒロイック一派のこと。その場に居なければ、何一つとして出来ることはないのだ。

 あやかは身一つで飛び込んだ。踏み込みが効かない。蟻地獄に囚われるが、その先にネガはいるのだ。泥沼の死闘は臨むところだった。


(え――――――あれって!?)


 目を疑った。枯れ木の使い魔どもに担ぎ上げられる小柄な少女。透き通るような白髪が神秘的だ。今まで見なかった少女。マギアでなければ、彼女はただの犠牲者だ。一般人だ。


「っなろぉ!! ロード!!」


 自然に身体が動いた。自分でそれが不思議に思えた。誰かを助けたい。そんな純粋な気持ちがちゃんと残っていたのか、と。

 ロードの魔法で跳び上がり、使い魔どもから被害者の少女をぶん取る。着地に失敗して流砂に突っ込むが、全身で白髪少女を庇った。

 大顎。

 目前に巨大な白蟻が迫っていた。あやかの拳の有効範囲。だが、全力をかませば抱える少女はただでは済まない。あやかは敢えて弾かれるように体当たりをかました。


(これでいい――――!)


 上顎に弾かれて大きく浮かぶ。空中で身動きが取れないあやかに白蟻の大顎が迫る。


「ロー「させるかあああああ――――――ッッ!!!!」


 緑光一閃。マギア・スパートの突撃。

 その鮮烈さに、あやかは思わず目を奪われていた。ロード魔法の発動を止めてしまうほどに。大顎をねじ伏せた力任せの斬撃。その衝撃波はあやかたちを砂地獄から放り出した。


「スパート! 大丈夫か!?」


 叫んだ隣。ぺっぺと砂を吐くスパートの姿があった。


「あーっぷ! ぺ! あ、その子大丈夫?」


 意外に元気そうだ。白髪少女の顔を見ると、穏やかな寝顔だった。実はとんでもない大物なのかもしれない。

 砂地獄の最奥で白蟻が蠢く。正義のグラディウスソードを掲げるスパートに、あやかが耳打ちする。


「俺が決める。信用してくれるか?」

「その子、助けてあげたんでしょ? なら、同じ正義のマギアだよ」


 そういうさっぱりしたところに安心する。あやかは屈託のない笑みを浮かべた。出来る。拳を握る。流砂を駆け上がってくる白蟻を見据える。


「任せた」「任された」


 放つ拳撃。


「リロード――――デストラクトドライブ!!!!」


 白蟻を真正面から破砕する。ぶちまける。あまりに強大な一撃に、ネガが結界ごと砕け散った。空間の破片が降り落ちる。あやかとスパートは笑って拳を合わせた。


(俺も、間違いなく強くなっている。身体は毎回リセットされているけど、戦っていけばすぐに馴染む。もう…………負けてばかりじゃいられない)

「ん⋯⋯⋯⋯んむぅ⋯⋯?」


 すると、お寝坊さんの白髪少女がようやく目覚める。


「あれ、私どうなったの⋯⋯⋯⋯?」

「悪い夢でも見てたんだよ」


 あやかは上機嫌でうそぶいた。スパートが苦笑しながら変身を解く。あやかは恭しく少女に手を伸ばした。どこか神々しさを感じたのだ。少女はゆっくり立ち上がって、快活に笑った。


「ありがとう!」


 人懐っこい笑み。心が浄化されるような、そんな無垢な笑顔だった。

 あやかとスパートはつられて微笑む。


「私――――」







「私、かなえ遥加はるか!」


 その名前の意味を、彼女たちは知らない。







「こんな、ところに、いたの⋯⋯?」

「あ! えんまちゃん!」

「ジョーカー!?」


 プリズムのように煌めく結界の残滓。それらが崩れ落ちる直前に、紫のマギアは現れた。身構えるあやかは一笑に付された。力強く、そして心底大事そうに、ジョーカーは少女を抱き締める。


「あんまり、心配させないで」

「⋯⋯うん、ごめんね」


 天真爛漫な笑みを浮かべていた純白少女の顔が曇る。あやかはその変化に気付いていた。この二人の間には、ただならない因縁がある。

 そして、あやかとジョーカーの間にも。


「ジョーカー、お前なんのつもりだ?」


 察したスパートが一歩下がる。白い少女も。


「トロイメライ。貴女はいつまでメルヒェンに踊らされているの?」

「俺はダンスが得意なんだ」


 訳の分からない返しをしてしまう。真由美の裏切り。彼女が自分の味方ではないこと。認めたくない事実を否応もなく思い知らされる。


「貴女は、ヒーローになる。『終演』を倒すのよ。頑張って」


 応援された。しかも上目遣いで。

 あやかよりも背が高いのに、器用なことをする。猫背が効いていた。見目だけは麗しいので、あやかは思わずドギマギする。


「いいや、違う。俺はお前を倒すんだ」


 だが、あやかは振り切った。わざわざ真正面から告げる。


「じゃあ、本当に闇討ちのつもりだったの⋯⋯⋯⋯?」

「⋯⋯卑怯なことして悪かったよ。やっぱり俺は真正面からお前をぶっ潰す。それが運命を打倒するってことだ」


 トロイメライにとっての運命は、ジョーカー。目を丸くしたジョーカーの頰を遥加が抓る。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯そう。好きになさい」


 妙なところでヘタれたジョーカーが立ち去る。あやかは追わなかった。心が足を止めていた。やはり真由美を見捨てることは出来ない。裏切られても、彼女を見捨てることはトラウマだ。


「いいの?」

「ん?」

「追わなくてもいいの?」

「まあ、真由美を放っておけないよ」


 スパートが妙に苦い顔をする。


「その子なら捕まったよ。あたしが口利きしてもヒロさんは変わらないだろうね」


 予想通り過ぎてあやかは笑った。まだ始末されていないだけ温情だろう。


「これ、預かってる。話が通じそうなら渡してくれって」


 渡された便箋。淡い色合いのお洒落なやつ。英雄はこの状況を予感して準備していたのだ。あやかはすぐに目を通した。記されていたのは単純な内容、場所と時刻。


「⋯⋯⋯⋯行くって伝えといて」

「はいよ! 一緒に戦えたらいいね!」


 マギア・スパート、御子子寧子はやはり良い奴だった。あやかの口角が上がる。緑のマギアが跳び発つ姿を見届けた。


(ジョーカーを倒しても『終演』や『M・M』の脅威は健在。英雄様とは仲良くしなきゃな)


 下らないことで終わってしまいたくない。そんな、下らない自己保身。

 その選択に、運命が牙を立てることを知らずに。

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