ジョーカー・アンダーグラウンド
【ジョーカー、泥面下の誘い】
ホテルで一人悶々とする日々は終わった。たっぷり二日間。文面でふんわりと出歩きを禁止されていたあやかが夜の空気を吸う。見上げると、満天の星。
「神里はいつも星空が綺麗だよなあ⋯⋯」
新興都市の神里には急造された高層ビルが乱立している。夜でも光に満ちているこの街には、しかし星の光が満ちていた。街外れにある自然公園。時刻は真夜中0時、流石に人はいない。これから開かれる交渉の席は、ヒロイックがどさくさに紛れて取り付けたものらしい。
待ち合わせ場所に指定された噴水が、星の光を乱反射する。色煌びやかなプリズムが視界を照らしていた。
「早かったわね」
「今来たとこだよ」
金髪のサイドテール。ゆったりとしたロングスカート、淡いレモン色のインナーの上にクリーム色のカーディガンを羽織っている。夜中に一人で歩くには危なげな、穏やかな印象の女性。
どこまでも自然体。彼女が百戦錬磨の英雄であることを見抜ける者は果たしてどれだけいるか。
一方。
「ひょっとして、緊張しているの?」
「……ぅ、うるせぇなっ」
身を固くしたあやかが唇を尖らせる。
「真由美は、無事なんだろうな」
「暴れるから大人しくして貰った。大人しくしている限り、このまま丁重におもてなしするわ」
「はは」
あやかから乾いた笑みが漏れた。少し前のあやかならば怒りのままに抵抗しただろう。だが、あやかは郁ヒロという人物を知っていた。こうして交渉の場についた以上、敵対しない限り、真由美の無事は保証されている。
「――――りり。来たわね」
英雄の舌が鈴を転がした。
闇夜から空間を裂き、妄執の紫が顕われる。マギア・ジョーカーの
トロイメライ。
ヒロイック。
ジョーカー。
三人が互いに睨み合う。動きを伺う。出方を見張る。最初に口を開いたのはジョーカーだった。
「私の目的は、『終演』を打倒すること。そのために貴女たちと手を組みたいの」
『終演』への対抗同盟。その提案に否定的なマギアはいないだろう。倒すべき敵は共通している。そして、共通していることがもう一つ。
「信用できないわ」
「俺も、そうだな」
「……嫌われたものね」
あやかはともかく、ヒロイックもバッサリと斬り捨てる。
「そうね……私はジョーカー、だから嫌われ者」
「そうじゃなくて」
英雄は言った。
「そんな風に見下されている相手に背中は預けられないって言っているの。同盟を結ぶのなら、それ相応の態度ってものがあるでしょう?」
ジョーカーは小首を傾げた。ヒロイックは大袈裟に肩を竦める。
礼節の問題ではない。ヒロイックは歴戦の勘からか、ジョーカーを障害として見なしている。ジョーカーに変化があって、その変化がヒロイックの態度を変えている。泥沼に陥りそうな状況にあやかが
「アンタは信用なんねえ。けど、『終演』に対抗するために戦力は必要だ。落としどころは探れないか?」
「例えば?」
「真由美の代わりにジョーカーを生け捕りにする」
「面白いこと言うわね」
ヒロイックにはウケたようだ。あやかの態度次第ではヒロイックは味方についてくれるだろう。あやかはそう読んでいた。ならば、真由美も味方に引き入れる目も濃くなる。
「私は反対」
当然ながら、ジョーカーはこう言う。
「メルヒェンを野放しにするつもりはないわ。彼女はとっても危険なの」
「は…………?」
だが、理由が明後日の方向だった。
「警告するわ。メルヒェンを捕らえているなら、そのまま殺しなさい。アレは私たち共通の敵よ」
(思い当たる節は、ある。真由美は確かに俺たちを裏切った。その理由も分からない。けど――――)
理由を探す。彼女を見捨てなくても済む理由を。
それほどまでに、心を奪われていた。その事実に気付く。いつも追い詰められているようなあの少女を、あやかは放っておくことが出来ない。
「待て。なんでそうなる」
「……ええ、そうみたいね」
英雄が肯定した。あやかは反論の口火を踏み消される。
「彼女、普通じゃないわ。それも悪い方に。でも、それは貴女も同じよ? メルヒェンとどんな因縁があるのか、まずは洗いざらい話してもらおうかしら」
何も出来ない。状況だけは間違いなく悪化しているのに、どんな手を打てば良いのか分からない。
(でも、なあなあにしていたら⋯⋯⋯⋯また、同じ結末だ)
真由美の目的を知らなければ。凶行を防ぐために手を打たなければ。でなければ、二人とも救われないのだ。大道寺真由美の結末を、あやかは知っている。
「ジョーカー。俺も納得出来ない。知っていることは全部話せ」
詰め寄る途中、ジョーカーは上を向いた。いつもの奇行、ではなかった。至極当然な、自然な反応。あやかも同じ感覚に、空を見上げる。
「雨⋯⋯⋯⋯?」
違和感の正体は、ヒロイックが口にした。満天の星が光る夜空で、雨。天気雨という現象もある。気に留める程ではない。
だが。
しかし。
予感だけが。
悲劇の予兆が。
死神の足音がひたひたと。
三人は凍りついたように夜空を見上げた。ヒロイックは鮮烈な黄を幻視した。ジョーカーは浅薄な紫を幻視した。あやかには色が映らなかった。しかし、この矢印は、呪詛刻印は。
「マーカー、メーカー⋯⋯?」
その脅威は三人とも理解している。膨れ上がる呪詛の気配に、一斉に振り向いた。呪詛刻印に蝕まれたマギアたちの姿が。
ジョーカーの前に、緑。
ヒロイックの前に、赤。
トロイメライの前に、橙。
三人とも口を開こうとして、色鮮やかな呪詛に潜り込まれる。逃げろ、か。助けて、か。そのどちらも届くことはなかった。
「どうして」
あやかはぽつりと呟いた。ネガが一斉に
分からない。方法ではなく、動機が。
「フェアヴァイレドッホ」
魔法の言葉は、呪詛の発語に。
「
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