デッドロック・エンカウント
【デッドロック、遭遇】
「悪いわね、警告を無視しちゃって」
「べっつにー………………」
拗ねたように一間がそっぽを向いた。
一間の警告。その意図があやかに通じなかったのも道理である。あれはヒロイックに向けたメッセージだった。得体の知れないマギアに肩入れするな、と。
「僕も、まさかこんなことになっているとは思わなかったよ」
神里の現状。かつて根城にしていた地域が、文字通りの魔窟と化している。その事実に何も思わないわけではない。
「でも、来てくれて助かったわ」
「……僕は弱っちいから、皆の足を引っ張るだけさ」
「いてくれるだけで嬉しいの」
顔をしかめた一間が目を逸らす。真っ正面から口説かれて、頬がほんのり赤い。これで無自覚なのは、よく知っていたが。
「…………で。トロイメライ、奴のことはどう思う?」
「うーん、まだまだ読めないわね。直感を信じるなら、悪い子じゃないと思うわよ?」
「あんたの楽観はだいたい当てにならないじゃん…………」
可憐に小首を傾げたヒロイックは微笑みを崩さない。
「あの子の話、支離滅裂よ。本当に繰り返しの魔法を発現しているのなら、単に過去に戻るだけの現象には結びつかないはずだもの。でも、私には嘘も悪意も感じなかった。あの子も、なにか重大な見落としがあるのかもしれないわ」
「僕たちには確かめようもないってか……楽観出来る要素が一つも無い気がするけど」
「うふふ」
グッとサムズアップするヒロイック。
「そんなイレギュラーに、大事で大事なお弟子ちゃんを預けて大丈夫なのかい? 言っとくけど、あいつ相当強いよ」
神里市の見回り。ヒロイックの一声で二人ずつ二チームに分けられた。情報収集と交流のため、だと。
「そこは無警戒じゃないわ」
ヒロイックが小指を立てた。一瞬だけ光った黄色い糸。魔法の糸、まるで糸電話のようだった。
「おお恐い恐い」
一間は肩を竦めて苦笑した。
♪
自然崩壊していくネガの結界。ネガは健在、単に逃げおおせただけだ。スパートは取り零した剣に手を伸ばす。握力が尽きた。自分の力で握れすらしない。
「リロード!」
まだ小さなネガはとっくに姿を消していた。追えないもどかしさに歯を食い縛る。隣町の、縄張り違いのマギアが身体を張っている姿が目に焼き付いた。
「クラッシュ!」
放たれた大技が大槍にいなされる。鮮烈の赤。どっちつかずのデッドロック。そう名乗ったマギアが嘲笑を浮かべる。
「へー、中々やるじゃんか!」
トロイメライvsデッドロック。
スパートの目には、互角にぶつかり合っているように見えた。だが、感覚が告げる。高梁のマギアが追い詰められている。
「⋯⋯⋯⋯やっぱ、強いなデッドロック!」
「どこがやっぱなんだよ!」
デッドロックの猛攻に、トロイメライが追い込まれる。しかし、その表情はどこか満ち満ちていた。それでも、戦況は傾いたまま。スパートには、自分を庇って全力で攻められないことが分かっていた。
(あたしのせいで、あたしが足を引っ張っている⋯⋯⋯⋯)
これでは、正義を完遂出来ない。
ネガを私欲のために見逃すなんて、正義に反するに決まっている。だが、その暴虐に自分は屈してしまったのだ。動かない身体が、自分の肉体のくせに憎らしい。
(ダメだ⋯⋯やっぱり、ヒロさんじゃないと⋯⋯⋯⋯)
左手の小指を軽く引っ張る。黄色の糸が浮かんだ。
本来であれば、ネガと遭遇した時点でこうする手筈だった。抗ったのは、スパート自身の意地だ。正義のマギアであること。正義を実行すること。それは、彼女の
「リロー「甘めーよ」
あやかにしてみれば、ほんの一瞬の隙だっただろう。だが、戦い慣れていた彼女には分かっていた。ほんの少しが致命的になり得る。どこか満足気に、あやかは槍先を受け入れた。
(ヒロさんは――――強いんだ。絶対に正しくて、だから負けないんだ)
スパートが手を伸ばす。緑光があやかを包んだ。刺さった穂先を腹筋で捻じ切って、追撃がないことに驚愕する。
あの、デッドロックが退いだ。
「おい、どーしたよ?」
あやかが、デッドロックの舌足らずを真似て挑発する。
「あんた、けっこー強いな。どうだい? あたしと組まないか?」
必死に表情を殺して、しかしその心臓は歓喜に震えた。デッドロックに見初められた事実が、心を焦がす。
表に出すな。
表に出すな。
スパートに疑心を抱かせるのは危険だ。あやかは、精一杯の敵意を表情に乗せた。デッドロックが浴びせられた敵意に唾を吐く。
「くっくっく、英雄様の奴隷だな。そんなに正義の幻影に縋りたいか?」
「幻影、なんかじゃ⋯⋯ない⋯⋯⋯⋯ッ!」
反応したのは、あやかではなかった。散々ぶちのめされたはずの緑の少女が立ち上がる。
「お前、みたいな⋯⋯悪が⋯⋯⋯⋯ッ!!」
息絶え絶えなスパートを見て、デッドロックは口笛を吹いた。
「数日やそこらじゃ、マギアでも立ち上げれないよーな傷だ。一体どんな絡繰りがあるってーんだい?」
大槍を構えるデッドロックは余裕そうだ。何度立ち上がろうと、何度だって叩き潰す。慢心なく実力差を理解している。やることは変わらない。だが、赤のマギアは遠くを見据えていた。
「大人しく寝てな」
その言葉を聞いたスパートが膝をつく。分かってしまった。いつだってあの英雄は駆け付けてくれる。目前に立はだかる鮮烈の黄に、苛烈なる赤は獰猛に笑った。
「よー」
「ごきげんよう」
互いに、性格が知れる会釈。
「敵、でいいのよね?」
「あたしは敵味方に拘らない」
そう言いつつ、敵意はビンビンだ。張り詰める緊張の糸に、スパートだけではなくトロイメライも動きを封じられた。数分に渡る拮抗状態。より利口な選択をしたのは赤いマギアだった。
「ここまで囲われちゃあ、あたしも形無しだ。ここは退かせてもらうよ」
「そう。夜は冷えるから、ちゃんと暖かくしなさい」
「へーいへい」
揺らぐ蜃気楼のようにデッドロックの姿が掻き消える。あやかと寧子が脚部に力を込める。だが、夕陽を反射して煌めくシャボン玉が二人の道を塞いでいた。
「へい、ルーキーズ! 化け物同士の戦争に首を突っ込むんじゃない!」
横ピースののっぽ少女が不敵に笑う。
ヒロイック、デッドロック、そしてデザイア。立ち位置の異なる歴戦のマギアたちを見て、あやかはそこに因縁の渦を感じた。決して新参者が踏み込んではいけない、そんな深淵の闇を見た。
(けど――――俺はそこに踏み込まなきゃいけねえんだろうな……)
心臓が震える。血液が湧きたつ。獰猛に剥いた牙が、感情の矛先が、英雄に向けられる。パン、と乾いた音が響いた。
「今日はもう、帰りましょうか」
手を叩いたのはヒロイック。朗らかな笑みを浮かべて、あやかの目を見据えていた。大きな感情を向けてしまったことは感じ取られている。それでも、神里の英雄は微塵も揺るがない。
(俺も、いつか、アンタらと同じステージに立ってやる――)
夕陽を背に微笑む英雄は、とても神々しくて――――なにより、不気味だった。
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