デザイア・ネゴシエイト

【デザイア、交渉】



 翌日。夕暮れの公園、懐かしい光景だった。

 あやかは、自分の勝利条件を整理した。『終演』を倒すこと以上に、まず『終演』まで生き残らなければならない。神里は、魔窟だ。戦力としては頼りなくとも、やはり、立ち回りに長ける味方が欲しい。

 西日を眼光で弾き、あやかは目を細めた。橙の少女が鉄棒の上で器用に寝そべっている。


「よう」

「⋯⋯なんだい、君は?」


 少女が鉄棒の上で逆立ちをした。その長身と相まって、異様な威圧感をかもす。


「威嚇すんなよ、味方だって。俺もマギアだよ。お前もそうなんだろ?」


 橙のマギアは、鉄棒から飛び降りた。そして、くるりと回って右手のピースサインを横に倒す。


「デザイア! やあやあ、僕こそが高梁の元締め! マギア・デザイアその人さ!」


 指と指の間から、視線が覗く。まるで値踏みするような、そんな無遠慮な視線。それすら、懐かしく、そして愛おしくすら思う。


「おっぱいばっか見ないでくれる?」

「見てねーよ。自惚れんな」


 凹凸に乏しい一間が素に戻った。けらけら笑うあやかに、視線を逸らして頬を染める。


「なんの! 用だ! よそもんが!」

「マギア・トロイメライ。めっふぃから聞いてない?」

「あれ? 君そんななりで新人なの?」


 あやかが腕を組んで戯けてみせる。


「見えるのか、俺の歴戦オーラが」

「ふざけた新人なのはよく分かったよ」


 げんなりと一間が肩を落とした。


(掴みは⋯⋯こんなもんか)


 高梁のマギア、デザイアとメルヒェンを味方につける。神里で、デッドロックと対等に渡り合うためには、それぐらいは必要だろう。


「で、新人君ちゃんが僕に用なの?」

「同盟を組みたい」

「いいよ」


 あんまりにも気が抜けた返事に、あやかが拍子抜けた。


「え、いいの!?」

「君、強いでしょ? 味方にしておきたいし」


 大きく背後に跳んだ一間が、鉄棒に腰掛けた。あの、値踏みするような目。試されている。直感がそう告げている。


「じゃ、俺たち仲間だな。よろしく!」


 あやかが右手を伸ばす。一間は鉄砲のジェスチャーで返した。当て布だらけの長ズボンに包まれた細長い足を、プラプラと揺らす。


「ネガは可能な限り協力して倒す。一緒にネガ退治頑張ろうね!」

「ああ! で、神里にヤバいネガが出るから⋯⋯一緒に倒しにいこ?」


 一間の顔が、分かりやすく強張った。やはり、神里には関わりたくないらしい。


「なんだって神里に?」

「神里に、『終演』が来る。俺はそれを打倒したい」

「とんだ事情通だね。僕はそんな危険な橋を渡るつもりないよ」

「高梁だって、無関係じゃねえんだぞ!」


 あやかは声を荒ら立てた。


「『終演』が神里で暴れたら、高梁だって無事じゃ済まない。大勢死ぬ。町もぶっ壊れる。そうなったらお前だって困るだろ!」

「だったら僕、高梁から出ていくよ。難民顔で、どこかで恵んでもらうさ」


 事もなさげに言い切る一間。あやかは、口をつぐむ。

 実は、一間の答えは予想の範囲内だった。というか、記憶の中でも、彼女は同じことをのたまい、実際に逃走している。分かっていれば準備が出来る。あやかは、諦めたように、溜息を吐くように、ぽつりと溢す。



「じゃあ――――デッドロックにつくしかないな」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯なんだって?」



 一間が鉄棒から飛び降りた。聞き流せない単語が耳に入った。流浪のデッドロック。その言葉は、マギア・デザイアにとってのっぴきならない一大事だった。


「マギア・デッドロック、さっき会ったよ」

「は? あいつ、今高梁に来てるの?」


 しれっと嘘を吐く。あやかは静かに頷いた。


「いきなり襲われて酷い目に遭った。なんとか対抗したかったけど、一人じゃ厳しいしな⋯⋯⋯⋯」


 なら、同盟下に下ってしまおうと。そんな雰囲気を匂わせながら、あやかは一間に背を向けた。


「――――分かった。デッドロックに対抗する戦力として、君を重用しよう。あいつに高梁を荒らされちゃ敵わない。だが、二つ条件がある」


 条件。無表情に見下してくる一間に、あやかは身を固くした。


「神里に行く前に、準備期間が欲しい。それと――――神里に着いたら真っ先に、神里の英雄様、マギア・ヒロイックに取り入ること」


 一つ目は、まだ分かる。なにしろ、突然の話だ。あやかも早めに話をつけただけで、童話の女王をなんとかするために、神里入りまで少し時間が欲しかったところだ。

 だが、二つ目。英雄ヒロイックは、デザイアが話題に出すことを避けていた相手だ。それを進んで接触したい、何より条件として挙げるのは、大きな違和感がある。


「飲んだ⋯⋯⋯⋯けど、理由を聞いてもいい?」

「いいよ。一つ目は、まあいいでしょ。僕にも君にも色々ある」


 日が沈む。星が、光を主張し始める。黄昏の刻限、デザイアがその光に晒される。


「二つ目。ヒロイックは、デッドロックを確実に抑え得る実力者だ。彼女がいる限り、デッドロックの勝手は許されないだろう。神里で活動する以上、ヒロイックの庇護下にあるという前提は⋯⋯絶対だ」

「庇護下に、入れてもらえるのか?」


 神里は、マギア・ヒロイックの縄張りらしい。デッドロックが排斥されるのは当然であるが、あやかたちも他所者であることに違いはない。そう考えていると、一間が苦虫を噛み潰したような顔で呻く。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯それは保障する。まあ⋯⋯僕は、顔が広いからね」


 意味深な言葉ではあったが、深くは突っ込んでもはぐらかされそうだった。そんな空気が漂っている。


「ん、まあ、じゃあよろしく⋯⋯」

「うん。準備が出来たら、適当に君を見つけて声を掛けるよ」


 この周回の大事な一歩は、そんな、どこか気不味い同盟成立となった。







 帰り道。

 すっかり陽は落ちてしまったが、星が煌びやかに道を照らしてくれていた。満天の星。夜の道をあやかは歩く。そして、家に辿り着く直前の角。


「⋯⋯真由美?」


 水色の少女が待ち構えていた。マギア・メルヒェン、大道寺真由美。良家のお嬢様でもあり、こんな時間に一人で出歩くような少女ではないはずだ。ひょっとして、この近くにネガでも出たのだろうか。


「どったの?」

「ちょっと」


 ひらひらと右手を振る。そんな姿も可憐だな、と。ぼうっと惚けていたあやかに。


「デザイアとの話は聞かせてもらったわ。『終演』のこと、どこから聞いたの?」


 氷のように冷ややかな、そんな視線。星光がその姿を照らす。その凍えるような美しさに、あやかは思わず息を飲んだ。

 殺意。

 そんな、凝縮された敵意を、一身に受ける。

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