トロイメライ・レヴィールド・ファクト

【トロイメライ、明かされる事実】



 空き地に椅子が二つ。

 これは、あやかとめっふぃとの会話だった。他には何も無い。


『さて。さっきから念話で僕を呼び出して、どういうつもりだい?』

「⋯⋯本当に来るなんてな。お前に聞きたいことがある」


 口を封じられて喋れないウサギ。大事なことほど口を閉ざしがちのウサギは、首を上下にガクガク揺らした。肯定のジェスチャーのようだ。


「ネガって一体なんなんだ?」

『人の情念が生んだ、呪詛の具現だ』


 即答。めっふぃは端的に答えをまとめた。


「俺たちマギアが、ネガと戦う理由はなんだ?」

『理由もなにも、君たち自身が生んだ災厄じゃないか。自分たちで始末をつけるべきなのは、当然のことだろう?』


 予想外の答えが返ってきた。人の情念が生んだ。確かにそう言っていたが、現実感が湧かない。理解が追いつかない。言葉が空気のように軽い。


『人は人を害するよね。怒り、妬み、嫉み。そうした負の感情が凝り固まったものが、害意を有して具現化する。人は、思い通りに物事が進まないと、何故か同族を憎悪する。虚々実々、理不尽だ』


 首をガクガク震わせながら、めっふぃは続ける。


『生き残るためでも、進化を促進するためでもない。ただただ他者を憎み、悪意を抱く。僕はそんな奴らが生み出した怪物を倒すため、君たちの尻拭いをさせられているだけだ』

「⋯⋯⋯⋯何が言いたい」

『君たち人類の問題――――故に、魂を賭して戦うのは道理じゃないか』


 ネガ。人の呪詛。それが世界を覆い、めっふぃはその解決のために奔走しているとでも言うのだろうか。

 だが、それでも。


「人の⋯⋯俺たちの情念が生んだって、どういうことだ。そんな、想っただけで、怪物が生まれるなんて――――」

『まだ、実感は湧かないかな。トロイメライはマギアになったばかりだからね』


 あやかの呼吸が止まる。


『条理を超える、魔法の力が君たちにある』

(マギアの魔法――――待て、ってまさか!?)

『そんな魔法の力を持つ人間から、ネガと戦うための戦士を選定する。そうして選ばれたのが、君たちマギアだ。突出した魔法の才能が第二次性徴期の少女たちに多く見られるのは、さながらってことなのだろうね』


 マギア。そして、人が持つ魔法の力。


『これでも僕は驚いているよ。全ての個体が、生存本能や欲求を塗り潰すレベルの感情・自我を有し、なおかつ共存して文明を築いている。これは感嘆すべき事象だ。

 でも、だからといって、無制限の勝手が許されるわけじゃない。その感情、自我が持つ魔法呪詛の力を制御すること――――これは、知的生命体としての義務だ』


 人が持つ、魔法呪詛の力。口を封じられるウサギは、想いを吐露することすら許されない。だが、なんとなく、あやかには、めっふぃが怒っているように見えた。

 理由なく、他者を害そうとする理不尽。人間の愚かさは、他のどんな地球生命体もが持ち合わせない、まさに宿業だった。


「魔法の具現⋯⋯天使や悪魔みたいな、そんなファンタジーなものか」

『概ねその通りだ。ネガも、君の言うところのファンタジーなものなのだろう? 自業自得の呪いだね』


 最後の言葉が、一番グサリと刺さった。めっふぃの言葉通りならば、人が襲われるのも、マギアの使命も、ただの因果応報だ。そこに、理は尽きていた。

 むしろ理が通らないのは、人の営み。生存維持の範疇を超えた情念の発露。怪物も、現実も、そんな呪詛に蝕まれている。

 虚も実も、理不尽極まる。


「⋯⋯マギアの使命って、もっと崇高なものなのかと思ってた」


 ヒーロー。あやかの魂が願ったことは。


『戦いの運命に身を置く君たちは、十分立派だと思うよ。そこに意味を求めるかどうかは、君たち自身が勝手に決めるといい。自分が決めて、自分が為す。それが情念を魔法と転じさせる起源だよ』


 フォローになっていないフォローに、あやかは苦笑した。感情を言語として吐き出せないめっふぃにも、色々あるのかもしれない。そう考えると、少し親近感が湧いてきた。


「俺の、戦い⋯⋯俺が自分で定める運命、ね」


 どうやら、『終演』を打倒する理由が増えてしまったようだ。


『質問は、以上かな?』

「――――いや、こっちが本題だ」


 ネガの真実。それは、あやかに一つの答えを示してみせた。それでも、めっふぃから直接確認せざるを得ない。


「マギアは、ネガを生むのか?」

『もちろん。想いや呪詛を具現化するのが、魔法の力だ。なら、魔法の力を手にするマギアがネガに変幻しやすいことは、至極当然の帰結だよね。

 君たちが発現した情念の力は、魂を賭した願いに指向性を与えられる。その指向性に沿っている限りはマギアとしての存在が定着するけど、そこから外れた場合はその限りではないよ。これは初めに伝えていたと思うけど』


 その魂を濁らせるというのならば、君自身がネガに飲み込まれてしまう。

 確かに、めっふぃはそう伝えていた。伝わるか、と心中で毒づくあやか。これで、スパートやデッドロックがネガを生んだことには説明がついた。彼女たちは、魂を賭けた願いにそむいたのだ。


「じゃあ。俺たちが戦うネガってのは、みんなマギアの成れの果てなのか」

『そんなことはないよ。大体、それじゃあ数の釣り合いが合わない。それに、マギアを増やしている僕がただの間抜けみたいじゃないか』


 暗に『お前は間抜けだ』と言われ、あやかがしょんぼりする。


『マギアが生んだネガは、多くは強大なものに成長する。他にも、魔力が色濃い人間の呪詛がネガを生んだり、色んな人の負の感情が凝り固まってネガが生まれたりもする。こちらの方が数は上だね』


 ネガを生みうる素質。それが魔力の強さということか。


「俺たちマギアの願いが固有魔法フェルラーゲンに反映されるっていうのは、想いの強さが魔法として具現化しているってことか」

『その通りだ。マギアの契約というのは、魂が発する願いの煌めきを魔法として具現するものだ。契約が完成するのかどうかは、君たちが願い魔法を実現出来るかどうかに尽きる』


 想いを魔法と具現する。あやかの願いは未だに途上だ。他のマギアたちだって、きっとそうだ。この願いを実現するための魔法であり、その果てに魔法が完成する。

 約束の賭け。

 あやかは心臓に手を置いた。


「めっふぃ。お前は、どうしてマギアの契約に付き合ってくれるんだ?」


 ネガは、人間の問題だ。めっふぃが何者にしろ、手を貸してくれるのには理由があるはず。


『⋯⋯古い契約のためだ。僕は契約には逆らえないからね』


 初めて、めっふぃが言い淀んだ気がする。契約。その言葉はめっふぃにとって重大な意味があるらしい。


「お前には、お前の戦いがあるんだな」

『もちろん君もね、トロイメライ。君には倒すべき敵がいる。果たすべき使命がある』

「分かってる。『終演』は、俺が倒す」

『君は、何故それを――――?』


 説明しようとしたあやかは、少し悩んで口を閉じた。めっふぃは多くを語らないが、それでも知らないことがある。それが少し微笑ましかったのだ。

 あやかは口の前で人差し指を立て、悪戯っぽく口元を歪めた。


「俺は神里に行くよ。『終演』をこの手で倒して――――俺がヒーローになる」


 決意を宣言する。その言葉が、魂の煌めきが曇らない限りは、あやががネガに堕ちることはないだろう。


『古くから』


 だから、めっふぃは一つだけアドバイスを残した。


『英雄には艱難辛苦の試練が課されてきた。君が真にそれらを克服したのならば、その願いは確かに叶うだろう』


 すぅ、とウサギの姿が空中に溶ける。認識を逸らされた。まだ目の前にめっふぃがいるのか、それとも既にどこかに行ってしまったのか判断がつかない。

 太陽は既に降り始めていた。思っていた以上に時間が経っていたらしい。あやかは、何も見えない椅子の上に向かって言った。


「めっふぃ。お前の正体とか、どこから来たのとか、とにかくそういうことも⋯⋯その内聞かせてくれよ」


 ネガのインパクトで薄れているが、二足歩行のウサギも十分ファンタジーな存在だった。人の魔法の産物なのか、それともそういう生物なのか、答えは返ってこない。

 あやかは椅子から立ち上がった。もうしばらくで夕暮れだ。行くべき場所があった。

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