スパート・スパート・アンドモア

【スパート、直情直進その先へ】



 白銀のホワイト・アッシュ。

 そう称するには、このネガはあまりにも禍々しく、白々しい。突出し、邪魔なものを紙切れのように引き裂いていく。縦横無尽のやりたい放題。尖り続ける白体が暴れ回る。


「リロード!」


 捉えた。杭のような先端に、あやかの拳が合わさる。


「インパクト!」


 ネガの全身がぶるりと震えた。たったそれだけで衝撃が流されていく。ほとんどノーダメージ。鋭い刺突に、無数の細かい泡が摩擦係数を削る。右肩を貫かれるだけで済んだあやかが地面に転がる。


「出るわ。スパート、援護! デザイアは下がって!」


 後方で戦況をコントロールしていたヒロイックが前に出る。至る所から自然発生してはネガに貫かれる使い魔ども。雑魚専を称するデザイアには慣れた役だった。


「ヒロさん――あたしもッ!!」

「下がって! トロイメライを頼むわ」


 あやかとツートップを組んでいたスパートが唇を噛み締める。ネガの攻撃をいなし続けるヒロイックは、しかし防戦一方だ。痛みに歯を食い縛るあやかがリペアの魔法を発動させる。自然治癒が強引に傷口を塞ぎ、その痛々しい光景に緑光が被さる。

 追い詰められている。

 マギアが四人もいて、このザマだ。


(あたしの――――――――せいだ)


 未熟な自分が足を引っ張った。だから周りがフォローに回り、総崩れになる。


(あたしなんて見捨てちゃえば、きっとこんなネガなんて怖くない)


 闇が、胸を塞ぐ。

 英雄は、言うまでもなく最強だ。隣町のマギアだって立ち回りは洗練されている。自分と同じはずの新人だって、あのネガ相手にここまで戦えていた。


「あたしの、せ「違えーよ⋯⋯」


 その頰に、拳が添えられる。あやかは前を見ていた。だから、拳を熱に鼓動を伝える。


「悪い、俺がしくじった。アイツをぶっ倒すにはお前の力が必要だ」

「なんで⋯⋯あんたが謝るの。あたしが弱いから、ここまでボロボロになっちゃったんじゃん。弱いあたしに⋯⋯なにができるの」

「弱かったら、戦わないか? それがお前の正義か?」


 あやかは、一度だってスパートを見なかった。彼女は知っている。無力を嘆き、理想を仰ぎ、それでも泥臭くしがみつく緑の魂。その、煌めきを。


「だって」


 言葉の続きは、出ない。

 顔を上げた先、目が合った。英雄ヒロイックがこちらを見ていた。冷え切ったシステマティックな視線。ぞくりと背筋が凍った。だが、その意味はなんとなく分かった。


「ヒロさんが、こっちを見た」

「やっぱり気付いているな、アレ」

「ぶぅぅうわああああああああ――――!!!!」


 デザイアが咆哮とともに大量のシャボンを吐き出した。虹光に視界が歪み、無差別攻撃がネガと使い魔の動きを制限する。思わず目を押さえた新人二人。その一秒前後。目前にヒロイックの背中があった。



 唐突な宣言に、現実を疑った。それでも、確かに英雄は宣言したのだった。


「寧子⋯⋯あのネガは、斬らなきゃ倒せない」

「あ――――っ」


 理解した。この四人で斬撃を繰り出せるのは、自分しかいない。


「立って。貴女の力が必要よ」

「強いから戦うんじゃない。戦うべきだから、立ち上がるんだ」

「――――うん」


 スパートが前に出る。後ろを固める二人は傷だらけだった。

 剣。マギア・スパートが握る、直情一直線の具現。


「いくよ――――!」


 虹のシャボンが弾けた。視界が一気に開ける。ネガが、自分の使い魔を串刺しにしている奇々怪々。真っ直ぐに突進してくる緑光に、ネガの刺突が伸びた。


「だぁあああ!!!!」


 身を捻るように軸を逸らす。すれ違いざまの一閃。ネガの触手が千切れ飛んだ。


「やった」「油断しない!」


 ふんわりとリボンに巻き取られる身体。投げ出された五体を空中で制御する。半秒前まで自分がいた空間を、刺突が殺到していた。


「ヒロさん!?」

「立て直して!」


 ジャラリ。

 鎖の音が不穏に響く。ぐにゃりとくねりながら尖るネガの攻撃を、鎖の乱舞でヒロイックが捌く。保たない。そうヒロイックが判断した直後には、灰色のマギアが目の前に立ち塞がっていた。


「リロードインパクト!!」


 喰らいつく。攻撃手段が打撃しかないあやかには、下手をすればあの童話の女王以上の相性の悪さだった。だが、それで引き下がるわけにはいかない。負けるわけにはいかない。もう、繰り返すわけにはいかない。

 それに。


(今は――一人じゃねえよ)

「足! 合わせろ!」


 土壇場で声を張り上げたのは橙のマギア。飛び上がった少女が棍棒の芯をスパートの足に向ける。


「跳べえ!!」「跳ばせえ!!」


 魔法の棍棒を振り抜く。急加速したスパートが正義の剣を振るった。ザザン、と雷のような重低音。ネガの一部が派手に両断された。攻撃が勢いを失い、あやかとヒロイックが危機を逃れる。


(まだぁ――――!)


 二のてつを踏むわけにはいかない。無理筋を通したばかりのスパートが、無理矢理体勢をネガに向ける。見開かれる、その目。

 刺突が、五。

 その全てがスパートの肉体を射程圏内に捉えていた。

 その数秒はスローモーションに流れていく。いつまでも上がらない両手がもどかしい。目の前に立つ英雄が、大事な師匠が、困ったような表情を浮かべている。痛みも、衝撃も、いつまで経っても訪れない。

 当たり前だ。


「ヒロおお――――!!!!」


 最初に叫んだのは、意外にもデザイアだった。弟子を庇うように立つ金髪の師匠。必殺の刺突は、その全てが英雄の肉体に抑え込まれる。

 次に吠えたのはあやかだ。反復魔法で増強した殴打を叩き込むが、効果が無い。最後に、スパートが喉の奥を引き攣らせた。


(ヒロさん、が⋯⋯⋯⋯)

「りりり。捕まえた」


 そして、始まりを英雄が零した。彼女に止まるつもりは、一切無い。


「ごめんね。無茶言っちゃったかな」


 貫いた刺突は微動だにしない。ヒロイックがリボンで自分の肉体に縫いつけていた。追撃が来る。が、ヒロイックが蹴り上げた鎖が攻撃を逸らした。

 デザイアの泡が視界を遮る。あやかの突進がネガ自体を押し退ける。細い刺突をリペアの魔法で受け切る。その分だけネガの攻撃が大人しくなる。


「大丈夫。私たちはチームよ。足りなければ補え合える。みんなで生き残る。そのためなら、私は喜んでこの身を差し出すわ」


 だから、と。


「行って――――決めてきなさい」


 踏み込むスパート。英雄の背を越えて、前に。緑光一閃、剣筋が煌めいた。ネガを真っ二つに両断したスパートが荒い息とともに膝をつく。結界が崩れ始めていた。つまり、ネガを倒したのだ。

 スパートが振り返ると仲間がいた。

 不貞腐れたようにそっぽを向くデザイア。寝っ転がりながらサムズアップするトロイメライ。そして、包帯のようにリボンを自身に雁字搦めにするヒロイック。鮮やかな黄色も相まって、自分にラッピングしているようだった。にっこり微笑んだ彼女が、そのまま仰向けに倒れる。


「ひ、ヒロさんっ!?」


 慌てたスパートがよろめきながら駆け寄った。受け身も取らずに地に激突する直前、細かい泡がその身を支えた。頰を膨らませるデザイア。


「こらこら、狼狽うろたえないの」

「狼狽ますって!? ああ、どうしよう! あたしのせいで、こんな⋯⋯!」

「おいおいマジでやべえんじゃねえか!?」


 同じく満身創痍のあやかも慌てる。むしろ冷静なのは穴だらけのヒロイックだ。


「狼狽ない。寧子ちゃんはやり遂げたんだから。貴女にしか出来ないこと、あるでしょう?」

「あたしに、しか⋯⋯ああそうだった!!」


 スパートはがしっと両手を組んだ。まるで祈るような仕草。癒しの光がヒロイックを包む。あやかはその光景をじっと見つめていた。スパートがむせ返り、光が途絶える。


「⋯⋯無茶はしないで。私、体力には自信あるの。だから大丈夫よ」

「ううん、無茶させて――――あたしにしか出来ないことだから」


 言われて、ヒロイックは驚いたように目を見開いた。やがてその顔が柔らかに溶けていく。


「⋯⋯⋯⋯うん、お願い」


 マギア・スパート。

 その魔法の性質は――――『治癒』。

 誰かのためになりたい。他人の役に立つ自分でありたい。そんな利他的な願いの具現。思えば、あやかもあの光に一度救われているのだ。そう考えると胸が熱くなった。







 そこから離れて。

 魔力飴ヴィレを拾い上げるデザイアも、同じくその光景を見ていた。このヴィレの獲得権は彼女のものだった。ヒロイックとの話はついている。

 感情を感じさせない瞳が、静かに揺らいでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る