トロイメライ・オリジン
【 】
黒い波紋が広がる。放たれた銃弾は一刀両断、返し刀で首を凪ぎにいく。ジョーカーは引金を引いたばかりの小銃を盾のように突き出す。
――――ガキン
小銃が斬撃を阻む。真由美の刀が真ん中からへし折れた。空間断裂。ジョーカーの魔法だ。下がる真由美に、ジョーカーは壊れた小銃を投げつける。視界が塞がれる数秒。
動きだす歯車。駆動音を耳にした真由美は足下を蹴った。波立つ黒い海に潜り込む。
(やっぱり、そうなのね)
スコープを覗き込む余裕は無かった。だが、全方位から襲う銃撃音で理解する。『時空』の魔法、時間停止だ。
「あら、お上手」
怪しく笑いながら、ガトリング砲のように銃弾をばらまくジョーカー。マギアの身体能力であれば、片手で軽々と小銃を振り回すのことなど造作もない。二丁小銃と魔法の併用による銃弾の嵐が吹き荒れる。
真由美は息も絶え絶えに逃げ続ける。だが、目の前に出現した銃弾が容赦なく眉間に刺さる。
「空間転移――――!?」
さらに散弾が降り注ぐ。無数の銃弾に肉体がバラバラに潰れた。しかし、それはデコイ。蜃気楼のように空気に溶ける。ジョーカーが下を見ると、右足に水色の鎖が巻き付いていた。
「時間停止は封じた。繋がっていれば空間跳躍も上手くいかないんじゃない?」
銃口をリボンに向け、しかし、着弾点を透過させた鎖が銃弾を素通りさせる。水色の銃弾が小銃を弾き、両手の武器が黒い海に溶け落ちた。余計なアクションを取ったジョーカーは隙だらけ。今度こそと真由美は刀を振り抜く。
「あぐっ」
顔面に衝撃。不意の一撃に真由美は再び距離を取らされる。見間違いでなければ、拳による攻撃だった。
(なん、なの――――?)
新たに小銃を両手に。ジョーカーが歪に嗤った。
(拘束して止めを!)
銃弾を腕に受け、それでもジョーカーの拘束に成功する。動きを封じてしまえばこちらのものだ。今度は近づかない。真由美は水色の砲門を向ける。
「……最後に、教えてちょうだい」
縛られた少女は藻掻くように声を出した。辛うじて動く手首を回しながら、鎖を引っ張る。だが、びくともしない。
「暁えんまが戦う理由は、結局何だったの? 記憶の中のアリスはどうして女神になったの?」
真由美は眉をひそめた。もぞもぞと抵抗する少女を、牽制の投げナイフで黙らせる。静かに動かなくなる化け物に向けて、真由美がぽつりと呟いた。
「それが分からないのなら――――――貴女は本当の意味で、女神アリスの、敵よ」
表情を消し、何かを想う真由美。えんまが知る由もない。真由美も知る由もない。存在を上の領域に昇華させた女神は、何を感じて戦っていたのか。
天井には決して至らない。黒い泥沼で見苦しく戦う。
「――――
びくり、と真由美の肩が跳ねた。明らかな怯えが浮かんでいた。終わりのあやか、その額に砲弾を放つ。
「はる、か……はるか、はるか――――はるかはるかはるかはるかはるかはるかぁ!!」
拘束は弾け飛んでいた。あれは対象に衝撃を何度も蓄積させる、クラッシュの魔法。拳に触れてさえいれば効果は絶大。しかし、あれは暁えんまの魔法ではなかったはず。トロイメライの『反復』の魔法だ。
(まさか、こんな⋯⋯⋯⋯こと、が?)
終わりのあやか。十二月三十一日あやか。砲弾を真正面から握り潰し、歪に笑うこの化け物は。
「間違えた」
「終わりのあやか、ではないの⋯⋯?」
「私は――暁えんま。格好良い名前でしょう?」
振り下ろされた凶拳。身を捩って回避。「リロード」が、衝撃波が小さな身体を吹き飛ばす。
「ダメ……ッ」
黒い海が。
呪いが。「リロード」執念が。「リロード」執着が。「リロード」孤独が。「リロード」絶望が。「リロード」凝り固まる我執の徒が。「リロード」降ってくる。「リロード」目の前、『暁えんま』。
感覚が静止する。
(時間停止――――……)
撃鉄が落ちる。
水色の少女が赤く染まり、黒い海に落ちた。
「――――フェアヴァイレドッホ」
「⋯⋯素敵なスコープね」
黒い海から水色のマネキンが浮き上がった。対するジョーカーは、概念的なナニカを投げ放った。
「でも、形だけ見えていても真実には至らない。本物は遥か遠く、だから、お前は取るに足らない小物だわ」
ギラついた視線で童話の女王を見下す。黒のヴェールが溶け落ちる。マギア・ジョーカーが獲得した色彩――――色は、紫。
「いつまでも燻ってはいられない」
巨大なマネキンの色彩が剥がれ落ちる。ジョーカーはソレを捨て、『反復』の魔法を放棄した。彼女には歪みきった『時空』の魔法がある。それこそが彼女を彼女たらしめていた奇跡だった。
世界の法則を超越する――――故に、魔法。
「欲が湧いた」
戦うべき理由、そんなことを誰かに聞かれたか。今ならはっきりと断言出来る。他ならぬ自分の欲のため。執念深い獣のような眼光が、根暗な少女に宿った。
メルヒェンの夢想が崩壊する。ジョーカーはマギア・アリスの顔を思い浮かべていた。メルヒェンは女神のアリスしか知らない。そこに堪らない優越感を抱く。
「トロイメライ。今度こそ、二人で『終演』を乗り越えましょう」
黒い波がジョーカーを押し上げる。
「私は、ジョーカー。切り札で、嫌われ者。この役目も、この上なく果たしてやる。けれど⋯⋯⋯⋯そこで終わるなんて思わないことね」
♪
――――世界が、揺れる。
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