アリス・エンドフェイズ
【アリス、世界の終わりに】
最初は本当にただの偶然だった。
だからこそ、きっと、これは運命と呼ぶべきものなのだろう。
高月あやかは優秀なマギアだ。歴史上で見渡しても、彼女に匹敵する力の持ち主は片手で収まる。
誰よりも強く、誰よりも輝いて、誰よりも人を惹きつけた。歴史に転機をもたらした偉人、そんな彼らに匹敵する因果を秘めていた。人の身に抱ける情念の限界値。そんなものが測定出来るのだとすれば、この少女を以って成すしか考えられないほどに。
囁きの悪魔は、女神となったアリスに滅ぼされた。
それは同時に、マギアの終焉を意味している。
人は生来魔法を有していたが、それを具象化出来るかは話が別だ。メフィストフェレスに導かれてマギアとなった者は、その多くが魔法の力を失った。
例外はいた。自らの情念で魔法を具現出来る者たち。
高月あやかもその内の一人だ。
そして、彼女は例外中のさらに例外だった。
高月あやかの隣にはメフィストフェレスの姿が在った。アリスが滅ぼしたのは囁きの悪魔そのもの。本質を同じくするが、その存在は異にしている。そんな白ウサギは未だ現実に残り続けていた。
高月あやかは、メフィストフェレスを具象化させた。
まるで――――始まりのマルガレーテのようだった。
メフィストフェレスは群体だ。高月あやかが知る白ウサギもそうだったし、隣に座る白ウサギもそうだった。だが、悪魔を繋げるネットワークに反応は無かった。
群体ではなく個体として具現したのか。
はたまた、自分以外のメフィストフェレスは全滅したのか。
自と他の区別。ウサギに自我が芽生えた瞬間だった。堪らない孤独感が魂を満たす。だが、少女はいつもウサギを可愛がってくれた。それが悪魔の孤独を癒していたのだ。
だから納得がいかない。たかが交通事故如きで少女の心臓が破られるとは。
それは人類全体の惨事だ。途方もない損失だ。事故ごときで失っていい命ではない。幕を引くのであれば、もっと劇的な展開が必要なはずだ。ひび割れた魂の煌めきが色褪せていく。そんな光景を、ウサギは必死で拒んだ。
誰よりも近くに。誰よりも寄り添って。
そして、耳打ちした。唆した。ネガと化せば命は繋げる。少女は快く受け入れた。
「君は素晴らしいよ、あやか」
得体の知れない化け物になってまで生き残った。その生命力、魂の禍々しいまでの極彩。呪いに飲まれてなお人格を保ち続ける強靭な自我。
囁きの魔力を獲得したウサギは自覚した。自らの内に眠るもやもやとした『何か』を。この溢れんばかりの情念を。
「君のネガの精神汚染、メフィストフェレスにも作用するのか」
知的生命体である以上、決して逃れられない
女神アリスという法則がある以上、自分が即座に消滅することは自明だった。
「これが――――情念。人が有する特異な力か」
名も無きウサギは、漆黒の巨人を見上げた。
「輪廻のネガ。強すぎる自我が
「ああ――――これが俺様だぜ」
精神を犯す漆黒の汚泥。それを全身に浴びながら、少女は強靭な自我を示してみせた。圧倒的な自己顕示。その凄まじい圧力に、ウサギの精神はすっかり飲み込まれてしまった。
「正気、を問うのは愚問か。けどね、もうすぐ君の存在は終わる」
「あん? なんでだ?」
「ネガの存在はこの世界に許可されていない。女神の法則が君を滅しにくるさ」
純白の光が降り注ぐ。感覚的に全てを理解した少女は獰猛に笑った。
女神との感情戦争。少女は奇跡的に生還した。救いを拒み、世界を隔絶する結界に逃げ隠れたのだ。期待とは少し違う展開にがっかりしながらも、彼女が成した偉業を正しく理解する。
彼女の情念は世界の法則に抗った。そんな神話の如き光景を目撃したのだ。
「よぉ、ここにいるのは俺様とお前だけか」
「そうみたいだね。これからどうするんだい?」
『あやか』は掲げる。戦利品とでも言いたげに。奪い取ってきた女神の存在の一部を。これを使って力を蓄え、また女神に挑む。
わくわくした。
どきどきした。
至上の宝石がここにはある。共謀することに何の躊躇いもない。
「お前の名前は『
名前をもらった。
存在を認めてもらった。
それがどうにもむず痒い。
「あやか、僕は君の挑戦を見届けさせてもらうよ。その先に、古い契約の答えがあるかもしれないからね」
αは静かに寄り添った。圧倒的なカリスマ。それに惹き寄せられるように。漆黒の世界を拓いていく。たとえ、その結末がどうなろうとも。
きっと――――その先に、情念の行き着く果てがある。
「僕は――――見届けたいんだ」
♪
『無駄だと分かっているくせに。気持ちは分からなくもないけれどね』
遥かな高みから見下ろすα。あやかもえんまも、着実に『終演』に攻撃を通しているが、どれも決定打にはならない。このまま消耗する一方で、やがて力尽きるだろう。
「アリス、君もそろそろ行くかい?」
従えるのは純白の少女。
彼女は静かに頷いた。
「うん、私も行くよ。ちゃんと物語を完結させる」
『そうか。思うが儘にやってみるがいい。僕は君の意志を尊重するよ』
感情の奔流が、決意の意志が、マギアとしての魔力に連なるのならば。その意志を妨げるわけにはいくまい。叶遥加、純白の少女が光を纏う。
「ありがとう――――α」
「頼むよ」
♪
『終演』と未だ湧き続ける極彩色の少女たち。
その攻撃は激しさを増すばかりで、二人だけでは圧倒的に手数が足りない。このまま防戦に傾くのはマズい。そう理解していても突破口が見つからなかった。
哄笑を上げる極彩色ども。立ちふさがる運命の砂時計。ボロボロの身体を引きずって二人が走る。防御を捨てた特攻に賭ける。
と、同時に。
「貫け――――ッ!!」
後ろから純白の矢が極彩色どもを殲滅していく。
「私が援護する。だから、行って!!」
「おうよッ!!」
討ち漏らしを、えんまの弾丸が穿つ。新しく湧いてきても怒涛の攻撃がそれらを潰していく。飛来する鉄骨の群れ。
「遥加!」
「えんまちゃん!」
一呼吸の合図で思惑が通った。
『時空』の魔法が質量を一点に凝縮させ、純白の大弓が放つ輝きが打ち破る。続く大火球も、白と黒の合わせ技が打ち破った。
あやかは一々それを見ない。リロードロード。リロード。リロード。組み合わせ、練り上げ、力を高めていく。あやかが重心を遥か下に落とした。クラウチングスタートの構え。
「音速、弾丸――――」
道。まさにそう表現するに相応しい。踏破し、撃破する。先に進むための、大きな一歩を踏み出すためのもの。あやかは踏み出す。絶望を打ち砕く。
「マ ッ ハ キ ャ ノ ン ―――― ッ ッ ! ! ! !」
一撃必殺。まさにそう表現するに相応しい一撃。
インパクトの余波で世界が揺らぎ、残った極彩色の少女どもも消し飛んだ。暴風を呼ぶ雲が払われ、ひび割れた星空が天に浮かぶ。
「やったね、あやかちゃん!」
ガッツポーズをとるアリス。半壊し、あちこちにヒビが入った『終演』が大地に沈んだ。ヒビ割れた砂時計を、あやかは倒れたまま複雑な表情で見ていた。『終演』はもう浮き上がらない。しかし、これで終わりではないことは、この場の誰もが理解していた。
「遥加、じゃない⋯⋯」
「よく分かったね。私は
言うや否や、あちらこちらからアリスが姿を現した。皆、攻撃態勢だ。
「ごめんね。私たちは、やっぱりαを見捨てられない」
アリスたちの奥で、αを抱いた純白少女が微笑んだ。
リペアで再生したあやかがようやく立ち上がる。理解する。これは最終決戦への号砲だった。αとアリス、戦う気なのだ。
「私はこの物語に幕を下ろしたい。貴女たちは自分の結末を掴みたい。譲れるはず、ないよね」
「⋯⋯俺はお前に用はないんだけどな」
「本当に?」
純白の少女が可憐に首を傾げた。その双眸に
「遥加⋯⋯⋯⋯」
「えんまちゃんは、私と戦いたくない?」
「戦うわ。貴女が⋯⋯望むのなら」
えんまは愛しい少女に銃口を向ける。二人の間の因縁を、あやかは表層しか知らない。それでも迸る火花は感じ取れる。
(まるで、俺と真由美みたいだな)
互いに大きな想いを向けている。故の敵対。因縁であり、宿命。その間に立ち入る覚悟は、しかし今のあやかにはあった。
「めっふぃ――αに通じているなら、真由美がどうなったのかも知っているよな。俺、あの子にゾッコンだからさ。良いように扱って貰うぜ」
「あやかちゃんも大概捻くれてるよね」
笑顔で吐かれた毒に心が焼ける。痛烈な皮肉だった。それでも、大人しく怯んでやるわけにはいかない。
「なあ、俺もお前に挑戦してもいいだよな?」
「挑戦するって選んだのは、あやかちゃんだよ」
アリスは目配せを投げて、意味ありげな含み笑いを浮かべた。あやかは無言のままえんまに視線を投げた。
「貴女、どんどん図太くなっていくわね」
「これが俺なんだから仕方がねえよ」
アリスが小さく笑った。
こんなものは、ただの寸劇に過ぎないのだろう。大局は変わらない。きっとどちらが勝っても輪廻のネガは止まらないはずだ。しかし、止まるわけにはいかない。ここで突き進む姿に、あの水色の少女は憧れてくれたのだから。
「えんまちゃん、あやかちゃん」
純白の光が煌めく。救済の大弓が
「勝負だよ……っ!」
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