トロイメライ・ラストコール

【トロイメライ、最終決戦】



『始まりの門』

少女の想いと悪魔の投資。

自称マルガレーテの死体から最初のネガは生じた。

何百年もの時を彷徨い、悪魔と少女はついに再会する。

長い長い物語の門出を二人でお祝いしたものだ。


『終わりの砂時計』

悪魔が夢見た情念の行き着く果て。

悪魔が描いた終わりは本当に存在したのか、女神すら知りえない。

どこで生まれ、どこから至り、どこへ沈んでいくのか。

終わりなんて、本当はないのかもしれない。






 運命の至る空。最果ての時。

 そして最果ての始まりへ。

 荒れ狂う空模様から、ひび割れた星空が見え隠れする。全てを薙ぎ払う暴風圏が少しずつ近付いてきた。その真っ正面に、二人の少女が立つ。


「よお、覚悟はいいかい?」

「とっくに決まっているわ」


 あやかはえんまに拳を向ける。小首を傾げる少女に、あやかは苦笑を浮かべた。


「こういうときはな、拳を合わせるんだよ」


 よく分からないまま拳をぶつける。何の意味もない行為。しかし、そんな姿がどこまでも人間味に溢れていて。

 えんまの口元が少し綻ぶ。


「貴女は紛れもなく『本物』よ。私が保証する」


 今度はあやかが面食らった。


「でも忘れないで、十二月三十一日ひづめあやか。それはスタートラインに過ぎないわ」


 どのような道を歩み、どう在りたいか。

 人は惑い、迷い、歩いていく。それこそが迷いの六道。人としてのカルマ。簡単には見通せない真実。


「立ち止まって、打ちのめされて、それでも踏みとどまった。お前にとってもここがスタートラインだ」


 これまでずっとマイナスの道を歩んできた。

 だから、ここから、きっと。

 あやかは、えんまは、一歩踏み出す。


「「さぁ来い――――運命を乗り越える」」


 入場のファンファーレ。色取り取りの灯火に、極彩色の地面。世界が侵蝕される違和感。脳内を揺さぶる悲鳴。二人と『終演』との間に始まりの門が聳え立つ。


「「こいつ、あの時の!?」」


 奇しくも言葉が被る。どちらの記憶にも残っている最初のネガ。どうしてここに、という疑問が奇声に掻き消される。


「PGYUUUUUUUOOOOOOOOOOO[[:[:――――!!!!」


 極彩色の凱旋門が爆走する。

 二人が咄嗟に左右に分かれた。


「始まりの門――ッ!?」


 アリスの言葉を想起する。。固定化された空間の壁に凱旋門が動きを封じられた。えんまの目配せを受け、あやかが拳を握り締める。


「リロードリロード――インパクトッ!!」


 爆発的拳撃。阻む空間ごと極彩色を破壊する。トロイメライもジョーカーも、最初の頃から比類なき成長を重ねていた。始まりなどもはや敵ではない。

 だが、始まりはどこまでも纏わりついてくる。全てのものに始まりはあり、決して消えずに残り続けるのだ。


「キャハ」「キャハハハ!」「ハハハハハ!」「キャハハ!」「ハハ」「ハハハハハ!」「キャハハハハハハハ!!」


 飛び散った極彩色の破片が人型を彩った。それが、幾つも。まるで『M・M』の呪詛人形のようだった。動き始める『終演』に呼応するように、極彩色の少女たちが殺到する。


「走って――ッ!!」


 えんまが叫んだ。両手に小銃を握り、発砲。狙いも、反動でブレる体幹も、お構いなし。空間を跳躍して極彩色の少女たちを撃ち抜く。


「リロードロード!!」


 『時空』の固有魔法フェルラーゲン。味方に立ってくれるのならば、頼りになることこの上ない。

 道は出来た。灰色の道で急加速、一息で重力崩壊圏まで突入したあやかは拳を握る。


「イ、ン、パ、ク、ト――――キャノンッ!!」


 砲弾の如き一撃。崩壊した力場を伝って、終わりの砂時計に届く。派手にぶっ飛ばされた『終演』だが、威力は半減以下に殺されている。何事も無かったかのように再浮遊し始めた。


「いいぜぇ――ッ」

「囲まれるわ! すぐ、離脱を!」


 えんまが声を張り上げた。あやかはすぐに下がる。殺到する極彩色の殺意。数が多い上に、一体一体がそれなりに強い。追う極彩少女らを銃弾が次々と撃墜していく。


「……あんまり、突っ走るとやられる、かも」

「助かった。今ので決まるほどヤワじゃねえか」


 高層ビル群を巻き込んで上がった土煙の中。

 運命の砂時計がその存在を誇示する。


「今度は二人で」


 あやかは頷く。機動力に任せて先行しようにも、極彩色の少女どもの数が多すぎて追撃される。多数相手を苦手にしているあやかには相性が悪い。


「そうだ! アリスはどうしてる!?」


 蹴りかかる少女の足を掴んでぶん回す。遠方から飛んでくるビームがたまたまその少女に当たって蒸発した。始まりの門の破片、極彩色の少女。彼女らはなんでもありだった。


「近い。けど、気配が多くて、どれが本命か分から「来るぞ!」


 暴風に攫われ、根元から引き抜かれたビルが飛来する。囲う極彩少女を銃弾が襲い、あやかは周囲を気にせず拳を握る。


「クラッシュキャノン!!」


 粉微塵に砕け散るビル。後ろからえんまが追い抜き、銃口を前に。


「捉えた」


 真っ正面、『終演』。

 無限に湧いてくる門の破片に囲われ、巨大な火球を携える。


「行け、えんまッ!」


 両手の小銃を極彩色どもに投げつける。空間歪曲、拡散。暴発した銃弾と銃の破片が炸裂する。えんまは両手を前に。『終演』の居る空間そのものを握り潰すため。

 『終演』が巨大火球を吐き出した。圧倒的な質量。えんまの狙いが必然的に相殺に移る。


「リロード! リロード! リロード! 突っ込めええ!!」


 しかし。

 遮るようにあやかが前へ。


ディスティニーデストラクトドライブ――――ッッ!!!!」


 増幅された破壊魔法。巨大火球に真っ正面から衝突する。

 衝撃がうねり、莫大な熱量が心身を溶かす。あやかは力の限り吠え猛った。それでも勢いの落ちない大技を、その身を以て引き受ける。熱量が削れて小さくなった火球を両腕で抱き抱え、ロードで軌道を変えながら諸共大地に落下する。


「歪めぇぇぇええ――――!!!!」


 えんまが両手を握り締める。運命の砂時計が有する圧倒的な存在。ソレを空間諸共潰し壊す。大岩を素手で握り潰すような無謀さ。だが、魂の煌めきを賭ければ或いは。


(見極める)


 あちこちから湧いた極彩色の少女らが寄ってくる。時間は与えられない。タイミングを逃せば嬲り殺しにされる。『終演』を囲う彼女らが一斉にこちらに向かって飛翔し始める。


「――――今!」


 同時、えんまが両手をバッと開いた。一点に凝縮させた空間が、歪んで、弾け跳ぶ。まるでゴムの反動のような衝撃波。この揺らぎの波動こそが空間歪曲の真骨頂。

 見えない衝撃波が、極彩色の少女らを片っ端から薙ぎ払った。放った張本人すら容赦無く撃墜される。それでも、歪みの芯中に在った『終演』こそ無事ではいられないはずだ。







「⋯⋯⋯⋯よぉ、無事か?」

「⋯⋯⋯⋯ええ、なんとか」


 お互いボロボロになりながら、拳を合わせる。支えながら立ち上がる少女二人は運命の最果てを見上げた。

 すぐ近くに叩きつけられたのは何かの因果か。どちらも決して少なくないダメージを負っている。爆炎と土埃に覆われて何も見えない。だが、それも僅かな時間で晴れた。


「こいつ⋯⋯不死身、かよ?」


 見上げる光景。極彩色の少女どもが哄笑を上げる。

 『終演』は――――健在だった。

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