Kampf auf Leben und Tod――――Märchen

【死闘――――メルヒェン】



 昔、絵本を読んだ。お姫様と、姫を守る勇者の物語。おとぎ話で、ただの空想。

 けど、あんな風に誰かが守ってくれるのならば。自分に夢中になってくれるのならば。そんなお姫様に憧れた。


 同時に。

 あんな勇者ヒーローになれたらな、とも想った。きっと、誰に対しても自分を誇れるようになるだろう。


 遠くて届かない、夢物語メルヒェン・サーガ







 真夜中のグラウンド。満天の星の下、先に地を蹴ったのはあやかだった。


「どうして俺を狙う!?」


 身体をバネのようにしならせてあやかは跳ぶ。だが、下から生えてくる水色の槍があやかを串刺しにする。


「ぐっ――――リペアッ!!」


 痛覚が火を噴いた。飲み込む危険信号。肉体修復、そして異物排除。たっぷり一秒。驚いた表情の真由美は、慌てて距離を取る。


「ロード!」


 無限の距離も一歩で踏破する。だが、真由美が持つソレは。♪や☆、そんなファンシーな記号が散りばめられたフィールドスコープを覗き込む。


「解析、創成」


 バチン、と灰色の道が弾ける。重力に引きづられてあやかが転がり落ちた。


「複製」


 あやかを貫いた槍が、五本。


「掃射」


 あやかは腕を振るった。弾けたのは二本。躱せたのも二本。右肩に槍が突き刺さる。


「「ロード!」」


 バチン。加速しようとしたあやかが転がり、再び槍の雨が襲う。


(コイツ――――ッ!!)


 幾ら食らおうが、心臓が無事ならば問題ない。再生を続けながらあやかは走る。


「そういえば、お前の魔法の性質を聞いて無かったな」


 足元が爆発する。左足が焼かれてバランスを崩すが、一歩進めれば十分だ。その間に復元は終わっている。


――――私の魔法は、何でも出来るのだから

(そういえば…………そんなこと言ってたっけ)


 真由美の周りに白い球体が大量に浮かぶ。それらが組み合わさって大量の刀剣が。


「掃射」

「リロードショット!!」


 打ち落としきれない。全身を貫かれたあやかはついに倒れる。真由美はスコープごしにその光景を見ていた。


(真由美の魔法は――――)


 リロードリペア。

 超回復が増幅される。肉体からバリバリバリバリと異様な音が響く。しかし、あやかは立ち上がった。その足に迷いはなく、闘志は決して絶えない。


「真由美の魔法は――――想像を、創造する力」


 マギア・メルヒェン。

 その魔法の性質は――――『創造』。


「潰えなさい」


 視て、解析して、創りだす魔法。創造される刀剣を躱し、下から襲う槍を踏み砕く。真由美はその間も距離を取り続ける。近付けなければ、あやかの攻撃は脅威ではない。

 あやかのやるべきことは変わらない。ただただ、前へ。





 まるで、太陽のような。そんな人だと思った。

 人を惹きつける不思議な魅力があった。勉強が出来て、運動が出来て、なんでも出来て、それに収まらない不思議な魅力があった。いつも人の中心にいる貴女は、私にとって眩しすぎて、近寄りがたい。

 貴女は私にないものを全て持っていた。


――――もし、そんな貴女の隣に並び立てるとしたら





「なんで――――なんで止まらないの……私の、魔法が…………劣っているとでも言いたいのッ!!?」


 乱狂する叫び。少女の激昂は止まることを知らない。

 背後からの刺突があやかを貫く。最早、槍としての形態も持たないただのトゲだった。不意をつかれたあやかは膝をつく。


「偽物が!  この怪物め!!」


 顔を歪める真由美。常軌を逸する『創造』の魔法。白い球体は万能の素材だ。他者の魔法すら模倣する。複製の手順はリロード魔法。ロードの魔法も逆向きのベクトルをぶつけることで相殺していたのだ。


「何でも出来る万能の魔法」


 身を固めてあやかは前に出る。跳び道具を、ジャブで叩き落としながら前に進む。真由美もバックステップを取り続けるが、あやかの方が速い。


「けど、全能じゃないんだろ」


 真由美は何故ロードで逃げない。リペアの回復能力があって何故距離を取る。本当に何もかも思い通りになるのなら、そもそも戦いにすらならない。


「うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい――――ッ!!!! 何が言いたいの? 自慢したいの? 自分は凄くて私は出来損ないだからッ!?」


 魔法は万能だが、魔力が足りていない。スコープで解析しても理解が追い付かなければ組成出来ない。足りていないのは、ただの才能。


「何もかも出来て、それで見下して楽しいの? 周りに認められて沢山手に入れて、まだ何が欲しいって言うのよ!!」


 感情の奔流が納まらない。全身を震わしながら真由美は絶叫する。痛みを噛み締め、あやかは前へ進む。

 どうにもならない感情の濁流。あやかも同じものを抱いた。この身が引き裂かれそうになる真なる苦しみを。


「私には何もない。何もないのよッ!!

 だから、早くこのままくたばって――――ッ!!!!」


 白い球体が数珠つなぎになる。真由美がそれを掴むと、魔法は応えた。空気を切り裂き、蛇のようにうねる水色の鞭があやかを襲う。


「どうにもならないことも、なんとかしてやる。俺はヒーローになるんだ。真由美を助けたいんだ」


 叩きつけられる鞭を跳んで避ける。だが、失敗だった。地を叩く前に鞭が方向を変え、あやかに食らい付く。


「アンタになにが分かるのよッ!!」

「全然分かんねぇよ!! だから戦ってんだ!!」


 伝えた衝撃を『反復』させるクラッシュの魔法。鞭が爆散する。だが、真由美の手には新たな鞭。しかも、彼女はフィールドスコープを覗いていた。


「なにも出来ない! させてなんかやらない! ここで私に潰されるのよ!」


 蛇毒の鞭が迫る。躱しきれない。左腕で、頭部を守る。


「弾けろ!!」


 クラッシュの魔法は、対象の内部に衝撃を伝えて内側から砕くものだ。真由美はクラッシュ魔法を解析済み。防御した腕が文字通り弾け飛んだ。


「がっ――――ぁぁああああ!!!!」


 自分の腕が砕け散っていくのを見て、思わず意識が飛びかける。だが、あやかは踏み止まった。


「どうして……立っていられるの――――?」


 信じられない、と真由美は震える。魔法で修復出来るとか、そういったレベルの話ではない。自分の腕が目の前で砕けるのを見て、無事な人間などいるものかと。

 そして、あやかは真由美の様子を見て確信する。彼女はあやかが今まで何度も悲劇を繰り返してきたことを知らない。こんな光景よりも悲惨なことが沢山あった。勝利もあった。けれど、それ以上の挫折もあったのだ。

 何でも知っているわけではない。

 何でも出来るわけではない。

 藻掻き、苦しみながら前に進む。真由美もあやかも変わらない。


「見くびんじゃねぇ……ッ!」


 リペアの魔法で増進する細胞分裂。砕けた左腕が再生する。その上をいつもの魔法装束が覆う。


「行くぞ……ッ」


 あやかが走る。真由美はバックステップを取りながら鞭を振るう。縦横無尽に暴れ回る破壊の鞭。囲まれたら終わりだ。


「俺は、まだ終わらない」


 行使したのは、徹底した蛮勇。水色の鞭に真っ正面から拳を叩きこむ。互いのクラッシュ魔法が激突するが、前に進んだ分だけあやかが押し切る。


「追い付いたぞ」


 鞭の再生成は間に合わない。道を阻む刺茨があやかの進んだ後を追う。間に合わない。止められない。


「どうして、ここまで――――……」


 拳が炸裂する。思いっきり振り抜いた魔法抜きの生身の拳。腰を入れた、砲弾のような一撃は目の前の真由美の顔面を打ち抜いた。

 真由美が吹き飛んでいく。華奢な身体で踏張りも効かないだろう。きりきり舞いに飛んだ身体が地面に叩きつけられた。


「もう、諦めたくない。手離したくないんだ。だから――――ちゃんと分かり合いたい」


 この程度で真由美が倒れるとは思っていない。あやかは拳を構え、周囲を警戒する。


「がああぁぁぁぁ!!!!」


 地面から這い出た大量のトゲがあやかを襲う。それをあやかは迎撃する。あのまま進んでいたら危なかった。だが、凌いだ。


「いい加減、逃げるな」

「うるさいッ!!!!」


 冷静な真由美ならこんな挑発には乗らなかっただろう。しかし、彼女の理性は既にトンでいた。後ろではなく前へ。そして、あやかの構えはカウンター。


「ぐっ」


 しかし、今度は不意を付かれた。カウンターを潜り抜けた小さな拳があやかの鳩尾にめり込む。


「偉そうにッ!!」


 踏み込もうとした足を踏み付けられる。バランスを崩したあやかの鳩尾にもう一発。そして、身体を折ったあやかの顔面に肘。


(あれ、コイツ――――?)


 倒れるわけにはいかない。踏張り、身体を戻す勢いでボディを狙う。髪の毛一本分。あやかのストレートの下を小柄な身体が通る。慌てて腹部を守るあやかの首が捕まる。真由美は足を掛け、そのままぶん投げた。


(嘘だろ!?)


 受け身が取れない。脳天から叩き落とされたあやかを真由美が踏み付ける。起き上がり損ねたあやか。心臓に伸びる刃を白羽取りでへし折る。


「いつまでもッ!」


 馬乗り状態の真由美を蹴り飛ばす。息を荒くしながらあやかは起き上がった。近接格闘戦でここまで食らい付かれるとは思わなかった。


(けど、何度もは通じねぇ!!)


 あやかは追い討ちをかける。転がった真由美が立ち上がるのに合わせて、顎にジャブを二発。脳を揺らした真由美がよろけ、そのこめかみにハイキック。


「ぇ」


 まただ。酔拳のような身軽さで身体をキックの下に潜り込ませた真由美。あやかの軸足を膝裏からへし折る。


(なんでッ!?)


 後ろに倒れ、転がるように距離を取るあやかの腹に真由美が飛び乗る。身体をくの字に折りながらも、何とか振り払う。


「っ、そぉぉ!?」


 ジャブは小刻みに弾かれ、ストレートは絶妙の位置で躱される。不意を狙った足技も尽くが封殺される。

 鳩尾に再度叩き込まれて今度こそあやかは膝を折った。真由美の短剣が心臓を狙う。防いだのは間一髪。そして、地面にキスしそうな程の低姿勢から放たれるのは強烈なタックル。体格で劣る真由美にはひとたまりも無かった。

 形勢逆転。

 馬乗りになったあやかが真由美の動きを封じる。


「……私はね、沢山見てきたの」


 呪いを募らせ、真由美の顔がぐにゃりと歪んだ。広がる力場にあやかが弾かれる。呪詛の具現。あやかは水色のマネキンを幻視した。


(真由美の想いは、呪いは、そこまで――――)


 近づいてくる真由美の姿が、恐ろしい。

 自分一人に当てられる呪詛が、ここまで恐ろしい。


(あれだけの魔法……真由美の魔力はもう残っていないはず。だったら、足りない力をどこから補う?)


 絶望への答えは見えている。情念の怪物が人の形を保っている内に決着をつけなければ。

 あやかは向かってくる真由美にストレートを放った。右、撫でるように弾かれる。左、首を振って避けられる。右、と見せ掛けてもう一度左。掻い潜られて強烈なボディブロー。


「私にはね、分かるの。ずっと見てたから」


 マグレではない。あやかの攻撃が全て読まれている。

 思い返す。通学路であやかは真由美に散々ぼこぼこにされてきた。出来るか出来ないかと言われれば、出来ないはずはなかったのだ。


「そんなに、俺のことを……?」

「アンタじゃない!!!!」


 即答。さっきまで逃げていたのが嘘のように真由美は前に出る。


「『偽物』が偉そうに……っ――――ぶっ殺す!!!!」


 言っていることが支離滅裂だ。何も届かない。大道寺真由美の闇は果てしなく深かった。


「違う」


 それでもあやかは退けなかった。希望があったからでも、勇気に溢れていたからでもない。これは、欲だ。決して手離したりしないという、強欲だ。


「お前は俺を見ていた。だから俺の拳が見える。蹴りも見える。何もかもが分かる」


 あやかには何もなかった。両親を事故で亡くし、姉と共に親戚の間でたらい回しにされる内に、色々なものを削ぎ落としていった。喪失からの回帰。他者との繋がりに、貪欲なのだ。


「ずっと求めてきたから。一緒だから、分かるんだ」


 ヒーローに憧れた。皆に求められて、輝き続ける存在に。周りに求められるために。それが全ての原動力であり、結果としてあやかはここに立っている。

 ヒーローになりたいという夢は、下らない自己欺瞞に過ぎない。それを指摘されるのが痛くて、あやかは真由美を殴ったのだ。手にした力でねじ伏せて黙らせるため。ねじ伏せて、打ち倒して、そうやって自分のところに置いておくために。

 自分の方が上だと示すために。


「そうか」


 真由美の拳を、あやかががっしりと掴んだ。あやかは、ようやく自分の醜さを自覚した。ようやく、自分と向き合えた。

 きっと睨む真由美に、あやかはにっかりと笑いかける。崇高であろうとして、立派であろうとして。結局は醜悪なエゴでしかないと気付いてしまう。全ての苦しみは縁故に。だから迷い続けて抜け出せない。自分があるから苦しみ続ける。


「なんでも、持ってたでしょ」

「なんにも、無かったんだよ」


 必要以上に立派になろうと。そんな大道寺真由美の姿を、今まであやかは見て見ぬふりをしてきた。 純情可憐なお姫様だけを求めていた。

 今度こそ、本当の真由美と向かい合う。


「アンタは所詮ただの『偽物』よ。私が見ていたのはもっと別のもの」


 片手を掴まれながらも、真由美の攻撃は止まらなかった。だが、あやかはそれを防ぎきる。そして掴んだ真由美の手を捻り、投げ飛ばした。

 偽物。

 あやかのかざす正義が。もしくは生き様そのものか。真由美があやかを憎悪する理由は、なにか他にもあるのかもしれない。


「関係ない――――俺は、『本物』になる」

「っ――」


 何かを言おうとした真由美がよろめいた。星空が揺らぐ。あのクレヨンで描いたような稚拙な空が見え隠れしていた。そこまで認識して、あやかは自分が横たわっているのに気が付いた。力が抜けていく。意識が明滅する。

 どうやら、お互いに限界らしい。

 あやかは魔力飴ヴィレの感触を意識する。真由美は足りない魔力を自らの呪詛から補っていた。ならば強引にでも魔力を回復させてしまえばネガ化は回避できるはずだ。


「だから…………一緒に帰ろう」


 ロードの魔法を補助に、あやかは辛うじて立ち上がる。あやかの魔力も既にほとんど残っていなかった。けれど、この魔力飴ヴィレは自分ではなく、親友のために。


「でき、る」


 そんなあやかの耳に、不吉な言葉が入り込んだ。


「なんでも、出来る」


 開く魔本。巨大な水色のマネキンが、マリオネットのように真由美を浮き上がらせる。虚ろな両目からは涙が溢れていた。真由美は泣いていたのだ。


「私……で、も…………る」


 無数の素材が真由美の周囲に展開する。どれも何かを形作ろうとするが、不定期に振動するだけで何も成さない。無数の可能性だけが浮遊し、開化出来ない。


「真由美!」


 あやかは名前を呼んだ。あと数歩。それで全てに決着が。一歩踏み出そうとして、その眼前に地獄が芽吹いた。



「私は――――なんでも、出来る」



 直後、可能性が暴走する。

 真由美の身体が膨大な力の圧で浮かび上がる。付き従うのは無数の白球。開花しなかった無数の可能性。呪詛に雁字搦めに縛られた少女が、泣きながら叫びを上げる。


「いいよ――――真由美の全てをぶつけてきて」


 足が震える。挫けてしまいそうになる。アレは、もう殆どネガだ。本当にもう一刻の猶予もない。互いにギリギリの状態。この激突が、最後だ。

 童話の女王が言う。


「自分に絶望しろ私に絶望しろ世界に絶望しろ未来に絶望しろ全てに絶望しろ」


 呪いの言葉を呟く真由美の目は虚ろだ。だが、その意志だけははっきりしている。黒く染まっていく涙。溢れんばかりの、悲鳴。


「絶望して正体を現わせ――――この怪物め」


 呪いの言葉。それは真由美が殆どネガになりかけている証。世界に裏切られ、誰かを嫉み恨んだ末路。しかし、それは止めなければならない。受け止めて、打ち克たなければならない。それが、あやかの戦いだった。同情でも贖罪でもない。他でもない自分自身の戦いだった。


「真由美」


 あやかは少女の名を呼んだ。真由美はあやかの名前を呼ばない。ただの一度も。完膚なきまま、その存在を否定するかのように。


「あああぁぁぁぁぁ阿阿阿あ亜亜亜アアアアァァァ――――――!!!!」


 無数の素材が一括りに。真由美の頭上に白い暴力の固まりが凝縮する。悪意の塊。呪いの顕現。彼女はソレをただ単に投げ付けた。

 あやかは前のめりになる。自ら向かう余力はない。向こうが突っ込んでくるなら恩の字。拳を堅く固く硬く握り、あやかは吠えた。



「貫け――――


 インパクト・マキシマムッッ!!!!!!!!」



 破壊と絶望が拮抗する。最大極限の一撃をぶつける。

 何者にもなれなかった可能性の亡者を掻き分けて、あやかはさらに手を伸ばした。この奥に、守りたかった少女がいる。水色のマネキンに絡め取られた姫の姿を。

 手を伸ばす。どうしても届かなかった、その先に。触れる。


――――世界が、ホワイトアウトした。

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