メルヒェン・マギア

【メルヒェン、魔法】



「――――――待って!!」


 その時、二人の間に純白の少女が割り込んだ。この間助けた少女だった。あやかは拳に急ブレーキを掛ける。一方、異様な反応を見せるのは真由美だ。


「どう、して」


 これまでの不敵な笑みはどこに消えた。目を皿のように見開き、言葉をなくして震えている。ここまで動揺する彼女の姿を、あやかは初めて見た。


「どうして⋯⋯⋯⋯ここにいるの、ですか」

?)


 まるで、目上の方を敬うような。そんな言葉遣いだった。だが、あやかは気付かない。ことに欠片の違和感すら抱けない彼女には、そこに少女がいることに対して疑問を持てない。


「二人とも、仲間なんでしょ? こんなことしちゃダメだよ!」


 紛れもない正論だった。少なくともついさっきまでは。

 しかし、神里に巣食う『M・M』の正体はこうして暴かれた。あやかはマギアとして、これを打ち倒さなければならない。


(流石に、状況からヒロイックも気付く。ジョーカーは⋯⋯もしかして知っていたのか? どちらにしろ、真由美は追い詰められている。焦って状況を悪化させる必要はない)


 背後で、結界の魔力が摩耗していくのを感じる。ネガはもう倒された頃か。あとは結界が崩壊するのを待つだけだ。


「私、は⋯⋯⋯⋯ッ!」


 悲痛な叫び。並べ立てた建前ではなく、本心から足を縫い止められた。今にも泣き出しそうな真由美に、純白少女は微笑みを浮かべる。


「ごめんね。強く言い過ぎちゃったかな。でも、仲良くしないとダメだよ?」


 そう言って、真由美の頭を撫でる。口をパクパクさせる真由美が、手を伸ばそうとして。



「離れて」



 時間が跳んだ。ジョーカーの魔法だとすぐに気付いた。

 白の少女は黒の少女に抱き寄せられていた。真由美の手が、所在なさげに空を切る。ジョーカーは見せつけるように、あやかの隣に並ぶ。


「⋯⋯ジョーカー」

「メルヒェン、お前は彼女に相応しくない」

「待てよ。話を勝手に進めんな!」


 蚊帳の外に置いて行かれそうになったあやかが声を荒らげた。ジョーカーとメルヒェンの因縁、この少女はそこに関係があるのか。


「トロイメライ、貴女もいい加減分かったでしょう? メルヒェンは、倒すべき、敵よ」


 真由美が水色の日本刀を握る。『創造』の魔法で生み出されたものだ。


「⋯⋯取り戻すものが、一つ増えたわね」


 意味深なことを呟く真由美。同時、白の少女があやかに飛びついた。耳元で囁く言葉。その小柄な体躯をジョーカーが掠め取る。消えた。

 時間停止。少女も一緒に連れ去ったのだろう。守りながら勝てるとまでは思っていなかったみたいだ。真由美が舌打ちを鳴らす。無言で横をすり抜けられそうになって、あやかがその腕を掴んだ。


「待てよ」

「なに?」

「言うこと、なんかあるんじゃないのか?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 この期に及んで、沈黙。

 気付けば、あやかは真由美の身体を地面に組み敷いていた。体格差に、腕力差。あっさりと動きを封じられる真由美の表情は冷めたままだ。彼女の魔法なら、指先一つ動かすだけであやかを串刺しに出来るだろう。だが、あやかは怯まない。


「てめえ! 自分がどれだけのことをやったのか分かってんのかッ!!? どれだけ滅茶苦茶にしてッ! どれだけ傷つけてッ! どこまで踏みにじれば気が済むんだッ!!」


 勢い余って首を締める。そのまま首根っこをへし折る勢いだった。デザイア、スパート、デッドロック。呪いに翻弄された彼女たちの死に顔が浮かんでは消える。だが、真由美が浮かべるのは、侮蔑の表情だった。


「所詮は『偽物』よ。なにをはばかるというの?」

「また、それか――――ッ」


 拳を振り上げる。その澄ました顔面を破壊するつもりの暴力。守りたかった少女を自らの手で粉砕する。そんな狂気の衝動。

 空中で止まったのは、あの純白少女の言葉が耳に残っていたからか。


――――あの子を助けてあげて


 言葉がリフレインする。力が抜けたあやかが、真由美に吹き飛ばされる。急ぎジョーカーを追った真由美を、あやかは止められなかった。思い出す、あの少女を。彼女はどこか特別だった。

 少女の名は、かなえ遥加はるか

 最後に現れたキーキャラクター。

 あやかの心臓が締め付けられる。真由美のことは、きっと大切だ。こんな状況でも、彼女のことを想うと力が湧いてくる。なぜ、どうして。大道寺真由美は、これ以上ないほどに怨敵なのに。


「行かなきゃ」


 倒すにしろ、助けるにしろ。その場にいなければ何も出来ない。揺れる心を引き摺りながら。その隣を鮮烈な黄が並ぶ。火傷跡をリボンで覆い隠した惨状。彼女が相対したのはデッドロックのネガだ。間違いなく三人の中で最も苛烈な死闘となったことだろう。


「⋯⋯状況は察するわ。一緒に戦わせてもらっても?」


 あやかは力強く頷いた。英雄ヒロイックが味方ならば、心強い。ここが神里である限り、彼女も無関係ではない。あやかだって。運命の至る道はこの先に続いている。

 しかし、『MマギアMメルヒェン』が追手に対して無策であるはずがない。再び広がる異界。雨は未だ降り続けていた。






 白銀の『ホワイト・アッシュ』――その性質は、傑出。






 黒く淀んだ海岸線。あやかとヒロイックは、浮かぶ球体に視線を上げた。巨大で、禍々しい白。球体のネガを、白蛇のような矢印が覆い尽くす。

 呪装強化。それだけではなかった。


(あのネガは、確か⋯⋯⋯⋯打撃が効かない)


 ヒロイックが倒せない、そしてあやかの攻撃が効かないネガ。真由美への道は、この先だった。


「――――――どうすんだ」

「倒すしかないでしょ。私と貴女の、即席コンビで」

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