トロイメライ・シュレヒト・ヴァールハイト

【トロイメライ、悪意ある真実】



 童心の『グルメル・ゲルム』――その性質は、逸楽。







 針金のように細く、顔のパーツがどれも妙に細長く引き延ばされた奇形。その両目から落ちる雫が道化ピエロを連想させた。


「krkiKKKIIRRRRIIIIIKKIIIRIIRIRIIIII――――!!!!」


 金切り声。怪物が振り回す棍棒は、三メートルは達しそうなネガの全長に及ぶ。振り下ろされた一撃を、あやかの拳が跳ね上げた。


「一間、これはお前が望んだ破滅なのか……?」


 そうとは思えない。破滅するために生き残る術を磨いた先輩マギアは、今こうして変わり果てた姿になっている。振り下ろす大質量。その反動でネガの細腕がひしゃげる。あやかは迎撃を躊躇った。


「がっ――――ぐ」


 脳天から全身に衝撃が駆け抜けた。崩れ落ちたあやかが黒い血を吐く。その威力を安定させるための肉体を、このネガは持たない。


「リロード、リペア!」


 潰れた臓器、砕けた骨、裂けた肌が再生する。大振りの棍棒の一撃をアッパーカットで弾くと、自重でネガの右腕が千切れ飛んだ。


「どんな冗談だよ…………」


 悪辣。

 まさに二階堂一間のネガといったところか。

 二人の間に一間の死体が投げ込まれる。あやかは周囲を見渡した。目鼻を稚拙なボタンで彩った少女型の使い魔どもが囲う。まるで古めかしい決闘のようだったが、とんだ茶番だ。


「iKKKIIRRRRIIIIII」

「……………………」


 ネガの右腕に一間の死体が埋め込まれる。無くした腕の代わりだろう。継ぎ目を橙の矢印が補強した。そして、一間の死体が蝋人形のようにぎこちなく動き、巨大棍棒を抱き掴む。


「来い」


 あやかは手先を小さく曲げ伸ばしする。挑発のポーズだ。


「俺はもう――――躊躇わない」


 振り下ろされる一撃。あやかは渾身の拳を打ち込んだ。互いに弾かれる。呪装強化を纏い、五分と五分。あやかが吠えた。

 ネガが棍棒を振るう。

 あやかが拳を放つ。

 呪装が崩壊するネガを補強する。


(俺がお前を)


 ネガが棍棒を振るう。

 あやかが拳を放つ。

 呪装が崩壊するネガを補強する。

 

(破滅させてやる)


 ネガが棍棒を振るう。

 あやかが拳を放つ。

 呪装が崩壊するネガを補強する。


(もう、こんな)


 ネガが棍棒を振るう。

 あやかが拳を放つ。

 呪装が崩壊するネガを補強する。


「好き勝手は」


 ネガが棍棒を振るう。

 あやかが拳を放つ。

 呪装が崩壊するネガを補強する。


「させねえ――――ッッ!!!!」


 肉体が砕けても、『M・M』の呪縛は決して離さない。だが、人としての生身の肉体はその限りでは無かった。一間の肉体が朽ち果て、穴だらけの棍棒が地に落ちる。

 『M・M』の呪詛が出鱈目に散った。膨張する矢印群があやかに殺到する。だが、何度も経験すれば、いい加減慣れる。あやかはリロード魔法を積み重ねる。


「インパクトキャノンッ!!」


 放つ一撃が、圧倒的な破壊力が悉くを殲滅した。呪詛に触れぬよう、拳圧だけでねじ伏せたのだ。突き抜けた衝撃が結界そのものを穿ち壊す。異界の破片が降り落ち、満天の星が姿を現わした。

 あやかは星空を見上げた。その両目から涙が零れる。







 確信を抱いた。状況が物語っていた。


「もう、好き勝手はさせねえって言ったろ」


 ジョーカーとヒロイックは未だに姿が見えない。だが、あの二人ならばネガを撃破するのも時間の問題だろう。

 雨粒と涙が混ざり合う。噴水の上で呪詛刻印を振り乱す『M・M』。両手にマーカーを握った少女が、敢然とあやかを見下す。


「どうしてだ」


 きっと、どこかで、薄々気付いていた。

 彼女の魔法を知ったとき。土壇場で裏切られたとき。捕まったはずの彼女が無事で、見張っていたはずのマギアたちがこんな惨状に至った。その事実が、どうしようもなく真実を物語る。

 出来るか出来ないかでいったら――――出来ないはずが無い。

 だって、彼女の魔法は。

 あやかは思い出す。守りたかった、物憂げな少女の横顔。見捨ててしまったことへのトラウマ。裏切られた絶望。それでも手放せなかった葛藤。一方で、その呪詛が引き起こした悲劇の数々を思い出す。



「デッドロックの未練を踏みにじって楽しかったか?」


 思い出す。


「スパートの純真を踏みにじって楽しかったか?」


 悲劇の数々を。


「デザイアの夢を嘲笑って楽しかったか?」


 心臓を引き裂きたい衝動。


「ヒロイックの覚悟を裏切って楽しかったか?」


 辛い想いをたくさんした。


「答えろよ。どうして、こんな…………ッ!」


 その全ての元凶に殺意を向ける。



「どうしてだよ――――真由美ぃッ!!??」



 大道寺真由美。

 『MマギアMメルヒェン』。

 その固有魔法フェルラーゲンは『創造』。全能ではなくとも、万能の魔法。


「ふぅん……生きていたんだ」

「残り二人も、多分勝ち残るよ」


 真由美はうっすらと口角を上げた。寒々しい、末恐ろしい、侮蔑の表情だった。あやかは、頭の血管がぶち切れる音を聞いた。


「どうして、ね。私の固有魔法フェルラーゲンは『創造』よ。の構造を読み解いているからこそ、そこに付け入る隙が見いだせる」


 真由美は魔法のフィールドスコープを得意げに揺らした。アレは、メルヒェンがマギアとして持つ固有武器。


「そうじゃない。こんなことをした、動機はなんだよ……」

「はあ?」


 見下した、馬鹿にしたような表情。


「……いや、もういい。お前は、俺の、敵だ」


 殺意と殺意がぶつかり合う。あやかは勢い良く大地を蹴った。

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