ヒロイック・シュレヒト・エンデ
【ヒロイック、悪意ある結末】
幽鬼の『フェードアウト・フーチャー』――その性質は、憤怒。
♪
疑いようもなかった。目の前で変貌したかつての相棒。独りの記憶しかなったヒロが見つけた、最初の光。特別な相手だった。彼女が具現化させた呪詛の形。噴出する憤怒の熱量が魂を焦がす。
「みぃな⋯⋯」
赤い矢印が縦横無尽に駆け巡る。喪失でポッカリと空いた虚に、憤怒のマグマが流れ込む。怒りに魂が震える。一方、反比例するように表情は冷めていく。否、醒めていく。
ネガの結界では、魂の彩が際立つ。感情が色めきたつ。
その揺れ幅は、敵意へと終極される。即ち、英雄ヒロイックのベストコンディション。鎖とリボンの洪水が熱量を押し退ける。
「貴女とは、結局解り合えなかったわね」
そんなことはない、と今でも信じている。お互いに掲げた信念と、交わる信頼があったからこそ、道は違えたのだ。なあなあの関係で済ませなかった。そんな本気の相手だからこそ。
結界を満たす熱気が形を作る。顔のない赤い少女。英雄が愛した少女が象られる。ヒロイックは人差し指を曲げて挑発した。
「りりり――――とことん付き合ってあげる」
熱に溶け出した鎖を鞭のように振るう。炎の槍が焼き尽くすが、リボンに包まれたヒロイックが熱気を防ぐ。
あまりの熱量で視界が歪む。見たくない幻覚が浮かんでは消えていく。それでも、目は決して瞑らない。見て、聞いて、嗅いで、味わって、感じる。五感が貪欲に苦痛をも飲み込んだ。
「まやかしも、偽りも」
膨張する矢印の群れ。膨れ上がる熱量。肺を焼く憤怒を、それでも英雄は受け止める。
「貴女の感じたもの。それは『本物』よ」
ヒロイックが咳き込む。
「だから、ね。みぃな――――」
四月一日みぃな。
マギア・デッドロック。赤く燃える正義の燃え滓。
唇が触れそうなくらい、近く。彼女の顔が目の前にあった。どうして手離してしまったのか。固く、硬く、頑なに、縛り付けておくべきだったのに。後悔が押し寄せる。
腕を少し伸ばせば、抱き締められる。今度こそ離さない。熱病に侵されたように呻く。甘く、熱い。英雄は静かに微笑んだ。
「私、どんなに辛くても向き合っていける。死ぬまで英雄で在り続けるわ」
渾身の蹴り上げが、虚像を真っ二つに引き裂いた。燃え盛るリボンが散り散りの熱気を包み込む。
「だから安心して。私は英雄のまま――――死んでみせる」
呪装強化。膨大な熱量に満ちた結界で、英雄の鎖が守ったもの。包んだ憤怒をそこに叩きつける。
四月一日みぃなの死体が容赦なく焼き焦げた。衝撃に四肢は千切れ、爆発する。熱気に骨まで溶け落ちる。散った狐火を誘導する深紅の矢印に向け、英雄はとびっきりの殺意を浴びせた。
「
集合離散を繰り返すネガを押し潰す。分銅、重みが異界に降り注いだ。万や億では下らない。魔力の続く限り、想いを振り落とす。一つ一つは取るに足らない質量でも、総量で『M・M』の呪詛とネガの熱量を上回る。
『やらせねーさ』
幻聴が聞こえた。
炎上する。燃え盛る炎が、たった一つの少女に収束する。あれほどの熱気が嘘のように引いていく。全てを集めた後、極寒の戦場で二人は向き合った。
『ヒロ。あんたはここで、死んで、楽になれ』
「みぃな、まだ決着はつけていなかったっけ」
二人して、決着を、決別から逃げていたから。未練があった。けれど、本気で殺し合えば二度と折り合えることが出来ない予感があって。
大槍を構えた
「さようなら」
英雄の大蹴りが槍の突進を打ち砕いた。真正面から、今度は逃げずに。怪物に近寄るのが恐ろしくて、でも遠くから攻撃する手段も乏しくて、そんな逃げ腰から極めた蹴り技。それでも、積み上げていった本物の力だ。
熱病も極寒も溶けていく。ネガが打ち倒され、結界が崩壊し始めたのだ。ヒロイックは唇を噛み締めた。
(まだ⋯⋯倒れるわけにはいかない。いくらマギアがネガを生みやすいと言っても、ネガ堕ちはそうそう起こることじゃない。裏でとんでもない悪意が渦巻いているはず)
英雄として、求められる偶像として、打ち倒さなければならない。そのために残った全ての力を使い果たそうとも。
肺だけではない。内臓の多くがネガの炎に焦された。再起は難しい。それどころか、このまま戦い続けたら肉体の無事も怪しい。感覚が既に壊れている。痛みすら焼け落ちた。
怒り。憤怒の熱が移ったか。それもいい。身も心も焼け落ち、残るのは信念だけ。
「全部、終わらせる」
決意を口に。自分の運命が袋小路に至ったことを、いっそ嬉しく思う。だから、最期まで貫かなければ。
「決着を――――――⋯⋯⋯⋯」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます