トロイメライ・エンド
【トロイメライ、終わりへ】
「姉ちゃん……ッ!?」
一も二もなく、あやかは結界に飛び込んだ。たった一人の家族。そして、消えた親友の姿が思い浮かんだ。
「フェアヴァイレドッホ――――トロイメライ!!」
灰色の魂が脈動する。異界に降り立つあやかの顔は、気迫に満ちていた。
遠い、遠い、どこまでも果てしない星空。だが、それは偽りの風景。まるでクレヨンで描いたような、そんな稚拙な星空がひたすら続いていた。
(そういえば、真由美は星を見るのが好きだったっけ――――)
本人に聞いても、つんと否定されるだけだが。それでも、満更でもない笑みを浮かべていたのが印象に残っている。そんないじらしい様子を思い出す。
そうだ。あの精一杯強がってばかりの少女のためなら、あやかは死地に飛び込める。心を奮い立たせる。
「真由美、本当にどこいっちまったんだ……」
嫌な胸騒ぎがする。だが、あやかはデザイアのように、真由美が死んだとは思っていない。強がって、そして強かな少女。彼女があっさり負けるわけがなかった。
「だから、ネガをぶっ倒してお前を見つけ出すよ」
まるで、姫を救い出す勇者様だ。そんな風に感じた。
結界の奥深く。殺気にも似たなにかが放たれている。あやかは受け取った。殺意を。そして、受けて立つと睨みを利かす。ネガの姿は遠すぎて視認できない。だが、殺気とは別に、異質な感覚があった。
これが、ネガを感知するということか。
「いくぜ。真由美も姉ちゃんも、絶対に俺が助け出す」
敵は目の前に。ネガの使い魔たちがぞろぞろと湧いてくる。
あやかを取り囲む、ぺらぺらに薄い使い魔たち。その形は、騎士や魔法使いをモチーフにしていて、まるで絵本に描かれるような童話の世界だった。突き出される紙の剣を、あやかの拳がねじ伏せる。一体一体は大した力はないが、とにかく数が多い。
「どけよ雑魚どもがッ!!」
勇んで前へと。
あやかが見据えるのは、最奥でその気配を放つネガ本体。ネガを倒せば使い魔たちも消滅する。実践が経験となり、力として確かに実っている。あやかは、その足を力強く踏み込んだ。
ずるり、と。
バランスを崩したあやかが結界の地面に転がった。理解が追いつかない。右足の踏ん張りが全く効かなかった。当たり前だ。右の、
心臓が脈打つたび、血が使い魔を染めた。
あやかは叫んだ。
「デザイア! デザイアぁ!! どこだッ!! 真由美! はやくッたすけッ!! おいめっふぃいるんだろ!! 返事しやがれ!! 誰か――――助けて!!!!」
返事は、ない。
肉が失われ、骨が砕かれる。
――――少しでも未知があれば、大人しく引き返さないと
――――良い奴も悪い奴も、死ぬときは死ぬんだ
言葉が、リフレインする。
泣き声が聞こえた。それが、自分のものだと理解するのに時間がかかった。そして、赤ん坊の頃の自分だと察するまでもう少し。冷たい視線を思い出す。厄介者のように、親戚の家を転々としていた姉妹の姿。欲しいもの。たくさんあった。認められたいと伸ばすその手はどこまでも漆黒で。そして、光を見た。姉は強く、その手で光を勝ち取った。たった二人きりの家族。ボクシング少年と公園で殴り合った。殴ったその手を一緒に繋いだ。笑顔があった。明るい世界があった。あの、水色の少女の背中が見えた。
だから。
世界一幸せなんだって。
(これ――――走馬灯か……?)
あやかは、足掻いた。思い浮かぶ光景のどこかに、この絶望を打破する希望があると信じて。めっふぃと、そして、デザイアの姿が思い浮かんだ。しかし、彼女らはここには来ない。ヒーローのようには、やってこない。
(都合よく、いかないもんだな……)
身体が、冷たくなっていくのを感じた。
――――人生ってそういうもんだろ
――――君の今までは、そうじゃなかったのかい?
デザイアの声が聞こえた気がした。いかにも言いそうな幻聴に、あやかは僅かに口角を上げた。
心臓が噛み千切られる。
(それでも――――もし、『次』があれば…………奇跡が起きて、もう一回やり直せるのなら……………………きっと)
そして。
マギア・トロイメライ、
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