ヒロイック・パーティ
【ヒロイック、仲間たち】
「洗濯物畳んでおきました」
「食器洗っといたぜ!」
「あ、私やったのに⋯⋯ありがとうね」
ヒロのはにかみ笑いに、居候二人は胸がむず痒くなる。デザイアから突き放されてから、どこか元気がない。上の空なことも増えてきた。力無くも嬉しそうな顔を垣間見せるその仕草は、心の琴線に触れるようなものだった。
「お風呂、今日は私が掃除します」
「あ、だからいいって「お茶入れますよ! やり方教えて!」
「⋯⋯⋯⋯ごめん。ありがとう」
ヒロが真由美の頭を撫でる。伏し目がちに俯く少女の耳が赤い。あやかはムッとしながら二人の間に割り込んだ。
「今度はうまくやってやる! お湯の準備はしといた!」
「ほらほら、焦らないの」
姉と二人で暮らしているあやかには、一通り料理スキルが備わっていた。だが、あんまり女子女子していない姉妹だったためか、お茶やお菓子の作法とはまるで無縁だったのだ。ヒロの提案もあってか、今は美味しいお茶の淹れ方を勉強している。
(おいしいお茶を淹れて真由美をメロメロにしてやる⋯⋯!)
動機は不純だった。
「真由美ちゃん、愛らしいわね」
「盗らないでよぅ⋯⋯」
「盗らない盗らない」
ヒロが苦笑する。
「あの子が、貴女が戦う理由なのかしら?」
「うん⋯⋯いや、どうなんだろ」
カップにお湯を注いで戻す。紅茶が冷めないようにカップを温めたのだ。
「俺はさ、ヒーローになりたいんだ」
ヒロの手が止まった。
「⋯⋯なりたくて、なるものじゃないわよ」
「これは俺がマギアになった時の願いなんだ」
「そう⋯⋯なのね。マギアの契約を成立させたと言うのなら、ソレは本物の願い――魂の煌めきよ」
そうなのか、とあやかは言った。
「そう。魂を賭けるに足る願いじゃないと、マギアの契約は成立しない。貴女が『終演』を打倒しようとする理由もよく分かったわ」
『終演』に挑む理由。
あやかは、今までその理由について本気で向き合ったことはなかった。当たり前のことだった。ヒーローになるために巨悪を倒す。そんな象徴的な意味を見出していたから。果たして、本当に、そうなのか。
「俺は⋯⋯⋯⋯本当に『終演』に立ち向かわないと、いけないのかな」
心が溢れた。何度も絶望を繰り返し、マギアの戦いは誰からも称賛されない。そんな戦いに臨む意味が、果たしてどれだけあるのか。卑屈な想いが身を縛る。
「私がやる。無理をする必要はないわ。生き残るための選択も、立派な戦いよ」
力強く、英雄は断言した。思わず縋ってしまうような、そんな圧倒的な光。それでもあやかはかぶりを振るう。
「戦いたい。だから、一緒に⋯⋯戦わせてほしい」
英雄。その栄光と責務を背負った先達。彼女は表情を消した。
「例えば。
真由美ちゃんの命と『終演』を倒すこと。天秤にかけたとしたら、貴女はどちらを選ぶの。大事な人の命を捨てて、大義を貫ける? 彼女を助けるために『終演』を諦められる? 多くの人が死んでも?」
自分の夢のために、親友を見殺しに出来るか。
あやかは、唇を噛み締めた。あやかは一度真由美を見殺しにしている。多分、自分はやるのだろう。そんな予感があった。
無言で、頷く。
「それが出来るのなら、私はきっと託してもいい。英雄で亡くなった私は、首を吊るかもしれない。そんな生き方をしてきた。
それでも、この苦難から解放されるなら――――私は構わない」
英雄でなくなることは破滅なのだ、と。
神里の英雄はそう言っているのだ。辛い、逃げ出したい。そんな心の声が聞こえた気がした。郁ヒロが弱い人間ではないことは実感している。過酷苛烈極まる道。あやかの歩んだ地獄など、そのほんの一端にしか過ぎないのだ。
「後悔に足を止めてはダメよ。貴女の生きる原動力、その執念だけが唯一の本物だから」
腹の奥深くに、ズドンと響いた。
デッドロックにも、似たような言葉を言われた気がする。後に、あやかはその言葉の至る意味を思い知ることになる。
♪
忙しなく手伝いをしてくれる二人を見て、ヒロは一番弟子の困ったちゃんを思い出していた。
「僕は⋯⋯⋯⋯マギア・デザイア」
まだ、隣に赤い輝きがあった頃。助けた少女に、相棒との出会いを重ねていた。千切れた腕と千切れた足。救えなかった被害者のものだろうか。
「僕に生き方を教えて下さい」
地獄の果てに縋ってきた少女を、ヒロイックは見捨てられなかった。少女のあまりにも細過ぎる体躯を、しっかりと抱き締める。温もりを伝える。自分には与えられなかったものを、今の自分は与えることが出来る。
そんな自分になれた理由。後ろの相棒にウインクを投げるが、目を逸らされてしまった。
「一間ちゃん、お家は高梁にあるんだ」
家から通い、いつの間にか一緒に暮らしていた。ヒロイックとデッドロックとデザイア。そんな三人の同居生活。デッドロックが離れても、二階堂一間という少女はべったりと寄り添ってくれた。
――――ねえ、一間ちゃんはどうしたい?
――――僕は貴女と一緒にいるよ。
三人で住んでいた家が他所のマギアに爆撃されたり、その頃から急激に数を増やし始めたネガに対処したり。家に帰った彼女は、引越し先のタワーマンションに通うようになってた。そんな彼女に、生き方と戦い方を叩き込んだ。
予感があった。
だから、それまでに彼女が一人でも生きていけるように。
溜め込んだ
(私は⋯⋯味を占めてしまったのかも)
学校帰りに、元気に飛び込んでくる緑の少女。一番弟子が姿を消してから、追い詰められたマギアを助けることが、目的の一つになっていた。
そうして出会った、二番目の弟子。
「ヒロさん、今日はどこにパトロールに行くの?」
「寧子ちゃんの勘頼みで。呪いを嗅ぎ分ける力は、鍛えておいて損はないわ」
そして、高梁から来たという二人のマギア。デザイアが縄張りにしている高梁から。どこか運命を感じた。
「俺は準備万端だぜ!」
「真由美ちゃんはすぐ出られそう?」
「ええ、大丈夫です」
遅れて洗面所から出てきた水色の少女。長く、優雅に髪が揺れる。まるで絵本のお姫様のような少女。その双眸に揺るぎない決意を秘めていることを、ヒロは感じ取っていた。
「じゃあ、すぐにでも行きましょうか。この四人なら、どんなネガでも大丈夫よ」
同時に、それがどこまでも危ういものであることも。
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