デッドロック・アブシード

【デッドロック、決別】



「ふふ、スパイ映画さながらの偵察だったわね」

(お前、見つからないと思ったらこんなことしてたのか⋯⋯⋯⋯)


 四人のマギアに囲まれ、しかも身動きを封じられている。顔面冷や汗だらけのデザイアは日本人らしい愛想笑いを浮かべた。


「⋯⋯だから嫌だったんだ。ヒロイックの偵察なんて破滅的なフレーズ他に無いよ」

「あら心外ね。仲良くしましょう? デッドロックは元気かしら?」

「おいおいバレバレじゃねえか⋯⋯」

「カマ掛けてみたんだけど、やっぱりそうなのね」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯もうやだかえりたい」


 とは言っても、ヒロイック一人で十分すぎるくらいだった。後ろ三人が気まずそうに所在なさげにしている。


「ヒロさん目が怖い⋯⋯」

「二人の間に何があったんだ」

「敵に回さなくて正解だったわね」


 黄色いリボンがさらに両手両足を拘束する。


「貴女たちの目的と戦力、話してもらうわ」

「デッドロックと、もう一人ジョーカーって奴がいる。そいつが盟主だ。デッドロックについてはよく知ってるだろ。ジョーカーの魔法は僕も知らない。同盟の主目的は⋯⋯信じて欲しいんだけど、来たる『終演』の打破。デッドロックはおこぼれで神里を頂く算段だよ。許せないね!

 ちなみに僕は、魔力飴ヴィレを優先的に配分してもらう契約で雑用をしている」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯貴女、実は私が送った二重スパイだったの? 相変わらず過ぎて安心するわ」


 尋問に屈するどころか、全力で擦り寄ってきた。長身で上目遣いとか、器用な真似をする。


「⋯⋯僕だって、本当ならヒロさんに付きたかったさ」


 努めて抑揚を抑えた声。あやかはこの二人の間にどんな過去があったのか知らない。師弟関係らしいが、単なるそれに留まらないものを感じる。


「どういうこと?」

「黙っていなくなったことは謝る。でも⋯⋯⋯⋯英雄である師匠の足手纏いになりたくなかったんだ。僕は、弱いから」


 痛烈な言葉に、スパートが顔を曇らせた。彼女も英雄の弟子として同じ立場だった。正しさを求めるが故に、自らの力不足が恨めしい。


「そんなことない。貴女は今も、私の大事な大事な仲間よ」

「本当に⋯⋯? こんな僕でも一緒に戦ってくれるの?」


 ヒロイックの拘束が緩む。因縁が氷解していく。優しい抱擁が、弱さ故に逃げ出した少女を包む。英雄と呼ばれた女の、あれほど優しい笑顔があっただろうか。


(俺だって、真由美と分かり合えた。アンタほどの人なら、出来ねえことじゃねえさ)

(うん⋯⋯そうだね。あたしも泣き言喚いてらんないよ。もっともっと強くなるんだ)


 あやかと寧子が互いに見合わせた。爽やかな笑みが浮かぶ。

 戻した視線。一間を抱き締めていたヒロイックが、その当人に突き飛ばされていた。


「――――危ない、です」


 水色の盾が大槍を防ぐ。槍の色は、赤。


「チッ、しくじりやがって! よけーなこと喋ってんじゃねーよな!?」

「もちろんさ! 僕の口の堅さは折り紙つきだからね!」

((あの空気から裏切りやがったあのクズッッ!!?))


 戦慄するあやかと寧子。デッドロックの槍捌きを防ぐ真由美が苦悶の声を上げる。


「どう、いうこと⋯⋯⋯⋯?」


 ヒロイックの鎖が踊る。デザイアとデッドロックの二人は素直に下がった。


「へー、けっこーな戦力揃えてんじゃねーか!」


 退き際に赤のマギアは言った。明らかな挑発だった。追撃を図る真由美と寧子、守りを固めようとするあやか。それら全ての行動をヒロイックは制した。


「お生憎様。この子たちが私の仲間よ。勝てる算段があるのなら、やってみるといいわ」

「⋯⋯言うじゃねーか」


 吐き捨てるように去っていく赤と橙。ヒロイックはそれを黙って見逃した。


「⋯⋯追わないんですか。チャンスです」

「真由美ちゃん。このままぶつかったら確かに私たちが有利ね。けど、は覚悟しなくちゃいけない。向こうの反応から、やっぱり『終演』は近いうちに現れるみたいだから。その時に戦えるマギアがいなくなったら本末転倒もいいとこよ」


 どこか言い訳じみた長台詞に、真由美は大人しく引き下がった。ヒロイックの意見には、あやかも賛成だった。英雄の実力は確かに凄まじいが、デッドロックがそれに劣るとまでは思えない。それに、逃げに徹するデザイアこそ侮れない。


「⋯⋯⋯⋯あたし、あんまり役に立てなかったね」


 ぽつりと零した寧子の一言をあやかが拾う。

 ヒロも真由美もどこか心なしだ。


「お前がトドメ刺したんだ。自信持てよ」

「⋯⋯みんなのお膳立てあってこそじゃん。いっつもヒロさんの足ばっか引っ張っちゃってるもん」

「うまくいかないのは誰も彼もだ」


 無表情で夕焼けを見上げる英雄が、完全に放心していた。逆に真由美の方が怖気づいてオロオロしだす始末だ。



「――――俺だって⋯⋯⋯⋯一人じゃ、全然うまくいかなかったよ」



 それでも進めたのは、思い出があったから。記憶の中に、譲れない宝石がたくさんあった。自分のために戦う理由。世界一幸せだって信じていたあの記憶があるから。


 真由美のために戦いたいと思った。

 一間と仲良くなりたいと思った。

 デッドロックに並び立ちたいと思った。

 寧子に寄り添いたいと思った。

 英雄ヒロイックに追いつきたいと思った。


 記憶の中の、想いの全てがあやかをギリギリで踏ん張らせてくれた。あやかは寧子の背中を押す。

 あやかは知らない。ヒロには、そんな奮い立つような記憶がないことを。それでも、重い宿業を背負っているのは感じ取れた。独りでは、たとえ英雄であっても、きっと重すぎるものを。


「寧子だって、誰かの理由になってるさ。ほら、師匠を支えてやれよ」

「――うん、ありがと」


 肌寒い風が吹く。星が光り始める頃、英雄は弟子に連れられて歩き始めた。あやかは姫の手を恭しく掴もうとして、ツレなく逃げられた。







 

 マギア・ヒロイックは大きな傷を負った。その事実が相棒デッドロックを苛む。彼女を庇って受けた傷だ。マギアであっても、致命傷足りうるほどの。


「カレーにする? ハヤシライスにする? それとも、ビー・フ・シ・チュー?」

「いやふざけんなお前寝とけよもーッ!!」


 包帯塗れの頭から片目が覗く。松葉杖をつきながら器用に人参の皮を剥いている。


「○○○ちゃん、お料理出来ないじゃない」

「出来らあ!?」

「貴女のそれは料理とは呼ばない」


 包丁片手にバッサリと切って落とす。赤の少女は、絶対安静の少女を台所から引き摺り下ろそうと組み付く。


「やだやだ、甘えん坊さん」

「ちげーよ!! ちっくしょーびくともしねー! なんつー体幹してやがる⋯⋯」

「んもぅ⋯⋯段々言葉遣いが荒くなってるわね。女の子でしょ?」


 鼻歌混じりにステップを踏むヒロ。松葉杖が床に当たって軽い音が響く。


「⋯⋯なー。マジであたしがやるから、休んでてくれよ」

「ううん、いいの。おいしく作るから、一緒に食べましょ?」


 包帯の下で満面の笑み。見なくても分かる。それぐらい深い付き合いになっていた。だからこそ。

 よろけた黄の少女を、赤の少女が支える。申し訳なさそうに、すぐに体勢を戻される。


「悪い――――あたしが、足引っ張った⋯⋯」


 言葉が空気に溶ける。しばらく無言だった。ぎこちなく料理する少女を、もう一人の少女がアシストする。


「⋯⋯⋯⋯私を、置いていなくならないでね。もうボロボロなの」


 カレールーを投入した頃、英雄少女が言った。


「あんたは、強い。すぐに復帰出来るさ」


 それに。

 言葉が飲み込まれた。

 ソレを言うのが恐ろしかったし、ソレを聞くのも恐ろしかった。マギア・ヒロイックとマギア・デッドロック。神里の英雄コンビが解消されたのは、ヒロイックの傷が癒えてすぐだった。



(分からない)


 新しい弟子に手を引かれながら、ヒロイックは上の空だった。デッドロックは初めての相棒で、デザイアは初めての弟子だった。今はもういない。この手から離れていったもの。

 この手の温もりも、いつ離れていくのか、分からない。


「ヒロさん? 大丈夫です?」

「うん。ちょっと疲れちゃったみたい⋯⋯」


(あの日、どうして貴女は私から離れていったのか。

 その理由が――――――今になっても分からない)

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