ヒロイック・チーム

【ヒロイック、連携】



「一緒に戦いましょう」


 数日の様子見を挟んで、ヒロイックはそう宣言した。朝鮭定食を突く二人の居候がはっと顔を見上げた。テーブル中央の上皿天秤が小さく揺れる。


「いや、居つき良すぎでしょこの子たち⋯⋯」


 登校前の寧子が呆れたように呟く。高梁組は英雄のお持て成し術にすっかり骨抜きにされていた。


「ヒロさん、こいつら今日もぐーたらなんでしょ?」

「失礼ね。パトロールよ」「特訓だ」

「⋯⋯あたしも学校サボって見張っていてもいい?」

「ダメ。学生の本分は勉強よ」


 くすくす笑うヒロ。


「賑やかで楽しいわ。二人ともよく動いてくれているし、実力もチームを組む上で問題なしよ」


 ゲンナリとあやかが苦笑した。彼女は得意の近接スパーリングでヒロの足技に翻弄され続けていた。


「伝説のネガである『終演』。それに危険極まる『M・M』。戦力は多いに越したことはないわね。なんだか⋯⋯物知りちゃんみたいだし」


 真由美は小さく頰を膨らませながら目を逸らした。あやかは自分の知っている情報をヒロと共有していた。


「ループ、ね⋯⋯⋯⋯いくら魔法とはいえ、途方もないよ」


 寧子が神妙に腕を組んだ。あやかの魔法と起きた異常。真由美の反応は相変わらず鈍かったが、ヒロと寧子は存外あっさりと受け入れていた。ループ現象という前提がなければ、あやかの有する情報量に説明がつかない。


「だからこそ、私やデッドロックたちのことを知っていた。本来なら、貴女が知り得る手段は無いはずよ。彼女たちのこともなんとかしないと、ね」


 煤けた赤、どっちつかずのデッドロック。

 ヒロの目下最大の悩みは、彼女とその同盟相手についてだった。目的も定かではない彼女らは、ただヒロイック一派に好意的ではないだろう。どんな妨害を受けるのかを考えると、あまり迂闊な行動は取れない。

 そして、その裏に立つ不吉な少女。


「――――マギア・ジョーカー」


 真由美が呟いた。得体の知れないイレギュラー。デッドロックは、自分に利がなければ動かない。そんな彼女を動かすナニカを、ジョーカーは握っているのだ。


「一度だけ、一緒に戦ったことがある。アイツが敵に回るなら、俺は恐ろしいよ」


 素直な感想を、あやかは零した。デッドロックに、ジョーカー。どちらも一筋縄にはいかない。


「真正面から倒しにいっちゃ、ダメなんですか?」

「寧子ちゃん、まだ敵と決まったわけじゃないでしょう?」

「話し合いとか出来そうっすか?」

「受けてくれたら⋯⋯⋯⋯私も嬉しい、のだけどね」


 歯切れの悪いヒロに、あやかは追及を避けた。デッドロックとの間に何か確執があるのは感じている。失敗した過去の周回を思い出す。もうやり直せないヒロを気の毒に感じた。

 淀んだ空気を、ヒロが両手を叩いて吹き散らす。


「ほら、寧子ちゃん! そろそろ急がないと遅刻しちゃうわ」

「うっわ!? もうこんな時間っ!」


 慌てて飛び出す寧子と、見送る三人。恨めしそうに睨んでくる寧子に、あやかは涼しげな笑顔を返した。


「郁さんは、その、学校には行かれないのですか?」

「ん? 私は学生じゃないわよ?」


 真由美の艶やかな長髪を、ヒロの手が弄り回す。上気した頰を隠すように伏し目がちになった真由美に、あやかが唇を尖らせる。姉妹のようにも見えるこの二人は、危ういほど仲が良かった。雰囲気をぶち壊すように、あやかは大声を上げた。


「へえ、社会人だったんすね!」

「働いてもないわよ?」

「へ、そなの?」

「英雄だもの。マギアの活動に専念しているわ」


 どこかおかしなことを言っている気がするが、こうも自信満々に言い切られてしまうと突っ込む気も起こらない。親の遺産を堅実に使っている彼女は、もうしばらく収入が無くても生活に支障がない。

 そして。

 マギアにが保証されていないことを、誰よりも弁えていた。







 放課後、夕暮時。

 地平に拓く景色に、触手に塗れた子犬が跳ね回る。上空に浮かぶネガに刺殺されながらも、健気に結界の侵入者に立ち向かう。


「なんか、いつも思うけど可哀想だな⋯⋯」

「というか、あたしらいらなくない⋯⋯?」


 連携訓練も兼ねた四人のマギアの実戦。ヒロイックの鎖が使い魔の動きを止め、メルヒェンの指が動くごとに水色の針が刺殺する。留まるも刺殺、進むも刺殺。ロクでもない戦場に放り込まれた使い魔どもである。


「確かに、打撃の効果は薄そうね」


 絡み合った鎖がハンマーのようにネガを叩く。ネガの体表が震えた。衝撃が伝播・拡散し、その芯にまで至らない。反撃の刺突を四肢に巻いた鎖でいなす。


「私がネガの注意を引きつけるわ。有効打を持つスパートとメルヒェンの連携でネガの撃破。トロイメライは遊撃に回って使い魔を減らして」


 打ち合わせ通りの指示。真っ先に飛び出したのはあやかだった。タッチの差で横に並ぶのは英雄の黄。


「速いのね」

「追いつかれちまったか」


 前方に展開されるリボンの壁。魔力を張り巡らせた、ネガへの撹乱の壁。障子のように易々と貫いていく攻撃も、マギアたちとはあらぬ方向に伸びていた。

 浮遊感にあやかは身を固めた。ヒロイックのリボンに投げ上げられたが、手際が鮮やかで、持ち上げられたタイミングが分からなかった。


「蹴って」


 空中に鎮座する水色の台座。メルヒェンの『創造』の魔法だ。あやかは目視で使い魔が多い場所に狙いを定める。蹴って、跳び込む。


「リロード、キャノン!!」


 大暴れするあやかに、魔法のリボンで撹乱するヒロイック。スパートはぽかんと口を開けて見上げていた。


「ボサッとしないで。私たちも行くわよ」

「あ⋯⋯うん!」


 スパートが直進に走り、メルヒェンがその後ろを追う。正義のグラディウスソードと、流麗の日本刀。緑と水色の太刀筋が閃光のように行進する。

 斬。

 ネガが問答無用に三等分される。だが、まだだ。断面からも刺突の棘を伸ばすネガ。スパートがメルヒェンの盾になり、その眼前に水色の大壁が聳り立つ。



「――――インパクト」

「――――英雄鉄槌リヒトゲヴィヒト


 三つに分裂しかけるネガの左右。打撃組の二人が挟み込んだ。


「「ハンマーッッ!!」」



 ネガが一つに潰れる。だが、振動する体表は衝撃を逃す。落下しながら、二人は大盾に視線を送った。

 攻撃を防ぎ切った大盾が水に溶けた。メルヒェンは魔法のフィールドスコープを覗き込んでいる。スパートはクラウチングスタートの構え。


「目標、中心核。狙いは任せて――ロード」

「⋯⋯へへ、あたしもトドメくらい役に立たないと」


 射出。スパートの直進突きがネガの心臓を穿っていた。

 ゴムのような白球が崩れ落ちる。結界と使い魔どもを巻き込んで。文句のない完全勝利だった。



「――――うん。良い連携だったわ」


 ふわりと降り立つヒロイックが微笑んだ。あやかとスパートが手を叩く。人通りない町外れの公園。周囲も木に囲まれていて外から見つかりにくい。


「これなら見せても恥ずかしくないかな。私も誇らしい」

「⋯⋯誰に見せるんですか?」


 訝しげな真由美。あやかと寧子には小粋な冗談にしか聞こえなかったが、ヒロが大きく右腕を振って空気を変える。


「そこの間者スパイちゃん」


 小さな物音。黄色いリボンが伸びる。あやかは拳に力が入った。


(デッドロックか――――!)


 一本の木に巻きつくリボン。ヒロの魔法が拘束に成功したらしい。


「一体いつから? 私は何も気付きませんでした」

。来るならそろそろだと思っていたから。最初の一回で掛かってくれて良かった」


 同じことを何度もやるつもりだったのか、ヒロがぺろりと舌を出した。


「ヒロさんマジっすか⋯⋯」


 若干引いている寧子が捕まった人物に近付く。あやかがその腕を掴んで止めた。


「大丈夫よ。ここで逃げようとしたのなら、多分デッドロックではないわ」


 樹木ごと縛り付けられている少女は、デッドロックより遥に背が高い少女。針金のように細い、その少女は。


(一間、か⋯⋯⋯⋯?)

「あら。貴女がそっちに付くなんてね」


 マギア・デザイア、二階堂一間。

 泣きそうな顔でガタガタ震えている橙の少女が身動きを封じられていた。その目は、泣きも笑いもしていなかった。

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