トロイメライ・アポカリプス
【トロイメライ、終焉世界】
空が赤い。夕陽がどんと曇った終末の
あれから二週間。あやかはネガを狩りながら一人で寝泊りしていた。その間、誰一人出会うことは無かった。真由美とジョーカーの行方は知れず。だが、時間の問題でしかないことは確信していた。
真っ赤に染まる神里の街並み。
瓦礫が塔のように積み上がる、そんな荒野が広がっていた。
あやかはその内の一つに立っていた。さっきまでの土砂降りが地面を水浸しにしている。一面広がる水溜りの数々が終末の臙脂色を乱反射する。
あやかは右を見る。憮然と立つジョーカー。左を見る。ぐちゃぐちゃに混ざった感情の渦を浮かべる真由美。そして真正面。どこか特別なあの純白少女。
時間の問題、この対面は必然だった。
『終演』――――――――――前夜。
♪
「⋯⋯今までどこに隠れてたんだよ、お前ら」
不機嫌そうにあやかが呟いた。探し回った日々は完全な徒労。あやかは不貞腐れたように頰を膨らませる。
「ごめんなさい。とにかく邪魔されて、貴女に接触出来なかったのよ」
悪びれもせず、ジョーカーは薄っぺらい言葉を吐いた。意味ありげに真由美へと視線を向ける。あやかも真由美に視線を向けた。
「『M・M』はヒロイックが撃破した。あの自律人形、もう出せないんだろ?」
「⋯⋯⋯⋯」
真由美の表情が歪む。カマを掛けてみただけだが、相変わらず分かり易い。理屈は分からないが、『M・M』の脅威は砕けたようだ。
「あら。中々やるわね、トロイメライ」
ジョーカーが妖艶に微笑む。
「⋯⋯で、ジョーカーを倒すって話はどうなったのよ」
真由美があやかに言った。ジョーカーはキョトンと小首を傾げる。
「え、本当に本気なの?」
「⋯⋯言うんじゃねえよ」
あやかの舌打ち。この調子では、ジョーカーを倒すために真由美の力は借りられないだろう。何より、最早信用が出来ない。
「それより真由美、お前の申し開きをまだ聞いてねえぞ。あれだけ派手にやらかしておきながら、よくもまあ平気な顔でいられるもんだなあ!!」
「言ったでしょ。私には私の目的がある。そのための手段は選ばない」
「お前――――ッ!」
全身に力が入る。しかし、視界の端に映ったジョーカーの揶揄うような笑みが冷静にさせた。ここで真由美と潰し合っては、ジョーカーの思う壺だ。
「あ、あの⋯⋯ちょっと待ってくれない?」
待ったを掛けたのは、純白少女。名前は遥加といったか。
「えんまちゃんから聞いたよ。明日、『終演』っていう巨大なネガが来るんでしょ? みんなそれを倒したいはずなのに、どうしていがみ合ってるの!?」
場違いにも程がある、とあやかは感じた。
だが。
「そうね。流石は遥加、とっても聡明よ」
「⋯⋯まぁ、そうよね」
(なんか二人とも、この子に甘くない?)
曲がりなりにもこの場に現れているのだから、何かを握ってはいるはずなのだ。しかし、あやかにはそれが分からない。暗躍する二人の少女の影が明るみになった今、この白の少女こそが一番の謎だった。
「けれど、貴女はそれで良いのですか?」
真由美が、言った。
「⋯⋯え? うん、もちろん! なんで?」
「なんでって⋯⋯⋯⋯」
はっと、何かに気づいたようだ。真由美はジョーカーを睨みつける。気にしてもしょうがないと、あやかが口を開いた。
「お互い、無駄な探り合いはやめようぜ! 『終演』に対抗するために同盟を組もう。『終演』を倒したら、その後のことは勝手にやればいい」
あやかは遥加を見つめる。
「アンタもそれでいいな? 二人のじゃじゃ馬姫どもの手綱をちゃんと握っててくれよ」
「うん、ありがとう! でも、その言い方はちょっと⋯⋯」
困ったように苦笑する少女。左右二人も同意する。真由美はあやかを一瞥すると姿を消した。
「トロイメライ」
それを見越して、ジョーカーが声を掛ける。
「運命の最果てに、ようやく一緒に来られた。今度こそ貴女はヒーローになるのよ」
「ああ、そうだな」
あやかは雑に返した。どんな形であれ、今回で全てを終わらせるつもりだった。世界を繰り返しているジョーカーを倒すのも、その一手段に過ぎない。『終演』を無事に越せるのなら、それに越したことはないのだ。
けれど、あやかの中で一つの疑問が生まれていた。『終演』を倒して、それで本当に終わりなのかと。
「ジョーカー、お前は戦う理由を見つけたのか?」
「⋯⋯? ええ、もちろん」
熱っぽい視線を白の少女に向ける。姿を消す直前、ジョーカーは言葉を紡ぐ。
「『終演』は貴女が倒さなければ意味がない。その時を、楽しみにしているわ」
あやかと遥加。残った二人の少女が向き合った。
「どうする気なの?」
「考えたけど、俺はやっぱりジョーカーを倒すよ。どんな形にしろ、ちゃんと決着をつける」
「やっぱり⋯⋯そんな気はしたの」
困ったように笑う遥加。彼女はその選択を否定しなかった。どこまでの不思議な少女だ。彼女が現れたことには、なにか特別な意味があるのかも知れない。
「なあ、アンタはジョーカーを⋯⋯暁えんまを大事だと想っているか?」
「うん、大事だよ」
淀みない答え。
「アイツの本性は」
「えんまちゃんのことはよく知っている。だから、私はあの子の傍に居てあげたいの」
「傍に居て、何か出来るのか? マギアでもないのに?」
「確かに、今の私に出来ることなんて大したことないのかも知れない。でもね、そこに居てあげないと何も出来ないままだよ」
「俺と同じようなこと、考えるんだよ」
「うん、それはそうだよ。だって」
言いかけて、少女は口の前でバッテンを作った。なにか言えない事情があるらしい。その仕草に、なんとなくめっふぃのことを連想する。あの白ウサギは、今の状況をどう思うのか。
「ごめんね。私が全部説明してあげられたらいいんだけど」
「みーんな物知りなんだな。なんだか俺だけ仲間外れにされちゃってるみたいだ」
「それでも、きっと貴女は進んでいけるよ。その魂は、神さまに届くほどの強さだから」
「神さま?」
突拍子のない単語が出てきた。思い出す。めっふぃは最初、『終演』を破壊神と称していた。それに何か関係があるのかも知れない。気まずそうに口の前でバッテンを作る少女。その様子が可笑しくて、あやかは小さく笑った。
「貴女が本当の強さを発揮出来ないのは、自分の道を見つけられていないから。貴女が抱いた夢を思い出して。そうしたら、貴女はきっと『本物』になれる」
ヒーローになりたい。
しかしそれは、ヒロイックのような英雄とは違う。
「真由美ちゃんのこと、お願いね。あの子を助けてあげられるのは、あやかちゃんしかいないんだから」
困ったように笑って、少女は姿を消した。臙脂色が墜落し、満天の星が姿を現す。あやかは夜空を見上げた。ほんの小さな違和感。それが綻びになって、徐々にその正体が
(星が、減っている⋯⋯⋯⋯?)
輝きが墜ちていく。それがとてもとても大きな象徴になっていそうで、あやかは身震いをした。偽りの世界が崩壊し始めている。これは選別だ。終わりの果てに残るのは、きっと『本物』のみ。予感があった。
終わりが、近付いていた。
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