デザイア・コンタクト

【デザイア、出逢い】



 水平線に半分落ちかけている夕陽に照らされて。

 あやかはブランコと鉄棒くらいしか遊具のない、寂れた公園に到着した。ここが集合場所らしい。あやかが昔よく遊んでいた公園だった。


『ああ、もう着いているみたいだね』


 西陽が眩しく、あやかは咄嗟に手で遮った。だから前が見えなくて、しかし、不自然に伸びる細長い影が視界に入る。あやかは、目を細めて視線を上げた。

 鉄棒に、橙の少女が、逆さにぶら下がっていた。


「デザイア!」


 少女は、右手で作ったピースのポーズを横に倒し、その間から右目を覗かせる。

 間違いない。彼女がマギア・デザイアだ。他でもなく、自分でそう言ったのだから。







 並ぶと、思っていた以上に身長差があった。それでいて、身体は針金のように細い。まるで、針葉樹のような少女だった。当て布だらけで裾が足りない、橙のズボン。くすんだオレンジ色のパーカーを羽織ってキラッと笑う。

 その笑みはあやかから見てもチャーミングだったが、その目はあんまり笑っていない。


「やあやあ後輩君! 僕はマギア・デザイア、君の先輩だよ!」

「マギア・トロイメライ、十二月三十一日ひづめあやか! マギアなり立ての新人です!」

「うん。僕らって実は同い年だから、タメ口でいいよ」

「へ、そなの?」


 あやかの情報は、めっふぃから聞いていたのかもしれない。同い年らしい先輩だが、名前すら明かさないのが少し気になった。しかし、もしかしたらマギアにとってはそれが当たり前なのかもしれない。

 今朝の真由美とのやり取りが脳裏にちらつく。

 あやかは、マギアについて知らないことが多過ぎる。


「さて。じゃあ同い年で先輩である僕から、レクチャーだ。君はまだ知らないことばかりだろう?」

『トロイメライ。これでもデザイアはそれなりにマギア歴が長い。彼女から色々教わるといいよ』


 あやかは力強く頷いた。あやかの現状を踏まえて、めっふぃが手を回してくれたのだろう。この機会を逃すのは失策だ。


「トロイメライちゃん。時に、君は既にネガを倒していると聞くけど本当?」


 芝居掛かった風に、デザイアは両腕を広げた。


「ああ。俺一人の力じゃなかったけどな」

「それはすごいことだ。マギアが初戦で命を落とすことはよくあるからね。君は最初の難関を既に乗り越えている!」


 デザイアは、くるりと一回転して天を仰いだ。

 そのまま天を見上げて十秒。


「⋯⋯そろそろ普通に喋ってもいい?」

「あ、どうぞ」


 デザイアはこほんと咳払いをする。


「マギアが戦うべきネガという怪物。それが呪いの具現化だということは聞いているね?」


あやかは頷いた。


「ネガを倒す理由は、じゃあ大丈夫か。僕からは、ネガとの戦い方を教えよう」

「おう!」


 これが、あやかが一番聞きたかったこと。興奮気味に身を乗り出す後輩を、デザイアは片手で押し戻す。


「君はワンちゃんか。待て待て、待てだ!」


 あやかはくぅんと大人しくなる。デザイアが満足そうに頷いた。


「ネガは、核となる呪いの性質によってその姿と力を変える。それに、強く成長したネガは、これまたヘンテコな手下を引き連れているんだ。僕らはこれを、使い魔と呼んでいる」


 最初に戦ったネガには、手下はいなかった。かなり苦戦を強いられた気がしたが、あれでもまだ弱い方だったのか。


「僕はネガを見つけたら、まずその性質と力量を見極める。倒せそうならばその場で戦い、無理そうなら一度撤退する。マギアの力があれば、ネガの結界からも抜けられるからね」

「勝てそうになければ、逃げるのか?」

「僕は、ね」


 どこかモヤモヤする。芳しくない表情のあやかを見て、デザイアは足元のめっふぃに視線を移す。


「トロイメライはこの性格だから、こんな僕を指南役に指名した。そうだろ、めっふぃ?」

『そうだよ。トロイメライには才能がある。間違いなく、強い。だからこそ迂闊な行動でリタイアされたくなかったんだ。正反対の性格の君なら、トロイメライの足りない部分を補えると思ってね』

「だと思ったよ。トロイメライ、このウサちゃんはこういう奴なんだ。強かで、不快だよ」


 それに、と。


「もちろん、ネガを見つけたら何が何でもぶち殺すっていう奴もいる。復讐か、使命か、その理由も様々だ。もっとも、こういうタイプは早死にしやすい。当たり前だけどね」


 ニヒルな笑みを浮かべるデザイア。一度、実戦を経験しているあやかだからこそ、戦いの危険性は実感していた。

 だが、ネガを見逃すというのは、それだけ犠牲者も増えるということだ。あやかには、それが看過出来ない。


「俺は、それでも――――」

「落ち着け、トロイメライ。もちろん、片っ端からネガを殲滅して犠牲者をほぼほぼ無くしている英雄みたいな奴もいる。お隣、神里市の英雄様もそうだ。要するに、実力次第なんだ」

「俺の、実力⋯⋯?」

「そう。誰だって、僕だって⋯⋯⋯⋯⋯⋯正義にはなりたいさ。それでも、理想を通せるのは、きちんと実力を身につけた奴だけだ。才能がある奴もいる。努力で実現した奴もいる。とにかく、はっきりとした結果を掴まないと」


 日常でも、そうだろう?

 妙に含みを持たせた余韻だった。あやかは、グッと拳を握る。夕陽が、沈む。光が闇に堕ちていく。日没だった。あやかは拳を前に突き出す。


「俺は、勇者ヒーローになりたい。この力で、人を、世界を救いたいんだ」

「それが、君の全てを投資した『夢』という奴か。全力を尽くし、殉じるといい。賭けに――――勝てるといいね」

「うん!」


 にっかりと笑うあやかの笑みが眩しかったのか。デザイアは顔を背けた。どうせなら、と。あやかは一つ質問してみる。


「神里市を守ってるマギアってどんな奴なの?」


 デザイアが振り返った。夕闇の陰に紛れ、その表情は読めない。


「この町でやっていく君には、一生縁のない相手だ。そして、縁が出来ないに越したことがない相手だ。だから、気にしない方がいいよ」







 夜の路地裏。あやかは、デザイアと一緒にパトロールをしていた。マギアの魔力が共振することである程度ネガの居場所が把握できるらしいが、正確な位置は足で探すしかないのだとか。


「ネガは人の呪いの具現。こうした暗がりみたいな、なんとなく嫌な場所に湧くことが多い。自殺の名所とか、まさにそうだね!」

「なんでちょっと嬉しそうなんだよ⋯⋯」


 こんな時間に女子中学生二人が出歩いているのは、あまり褒められたものではない。しかし、これも正義のため。なにより、非日常の冒険に、あやかは少しドキドキしていた。


「そういや、めっふぃ。ずっと気になっていたんだけど、お前、普通に俺の頭にしがみついてて大丈夫か? この時間は結構人通りあるだろ」

「あれ、知らなかった?」


 振り向いて言ったのはデザイア。そして、頭の中に声が響く。


『僕はこの世界の物理法則とうまく噛み合わないみたいでね。じゃないと、声も姿も認識されないみたいなんだ』

「き、聞いてねえ⋯⋯」


 結構な大事である。昨日から姿を見せていなかったのは、この特性があったからなのかもしれなかった。


「こいつ、嘘はつかないけど大事なこと全然喋んないんだよ。そんな淫獣より僕を頼れ」


 無い胸を張るデザイア。


「淫獣⋯⋯?」

「だって、そいつの能力があれば風呂も着替えも覗き放題じゃん」

『僕はそんなことしないよ。そもそも異種族に欲情なんて、生命体としてどうかしている』


 えぇぇ、とドン引くあやか。そんな馬鹿話をしているうちに、デザイアがハンドサインを出した。ネガを感知した合図だ。


「ここ、か⋯⋯?」

「この感覚、君も早く身につけるべきだよ。身の安全に直結する」


 デザイアの足が跳ね上がった。廃ビルに面した、ゴミの回収箱。その

蓋がマギアの脚力で跳ね開けられた。

 つぅん、と鼻につく刺激臭。今は使われていないだろうが、その中身を見てあやかがギョッとした。


「結界の入り口は、ネガの性質を見分ける判断材料になる」


 黒と灰と白のモザイク。非現実的な平面が不自然に滞空していた。


「どんなネガなんだ?」

「見て、実感した方が早い」

『デザイア。感知能力があまり高くない君が、ここまであっさり見つけ出したんだ。一度戦って、マーキングでもしていたんじゃないのかい?』


 デザイアは、不機嫌そうにめっふぃを睨む。


「うん、いや⋯⋯そうなんだけどさ。初めての後輩の前くらい、カッコつけさせろよ⋯⋯⋯⋯」

「え、てことは強いのか?」

「見たところ、僕と五分。事故りそうな予感がしたから退いただけさ」


 マギア・デザイアと互角のネガ。それは、つまり。


「つまり――――――君と一緒であれば、間違いなく勝てる相手だ」

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