スパート・エンカウント
【スパート、遭遇】
「⋯⋯でもさ、こんな時間から堂々と侵入してバレない?」
境大橋を歩いて進む少女二人。
「むしろ堂々としてなきゃダメさ。英雄様にコソ泥気質を探られちゃ、すぐさまお縄だよ」
二階堂一間。
彼女は神里の英雄と顔見知りらしい。先立って神里に潜っている可能性があるデッドロックに対抗するには、神里の実力者を味方につけるしかない。言葉では確かにその通りなのだが、未だ英雄ヒロイックと対面していないあやかには、いまいち実感が伴わなかった。
(デッドロックの時とは打つ手が逆だな……)
英雄から隠れるのか、それとも取り入るのか。どちらにせよ、敵に回さないという最終地点は一致している。
「トロイメライ、君もヒロイックに挨拶するまではネガと戦わないようにね。被害者ぶって、流れで共闘するくらいが理想だよ」
「滅茶苦茶言ってない?」
一間がぺろりと舌を出した。満面の笑みだが、相変わらず目は笑っていない。
「さて――――とうとう魔窟に踏み入るぜ」
一間の、いっそ大袈裟に取れる言葉を、あやかは笑えなかった。ヒロイックと関わりがなかった前回でさえ、混沌としていたのだ。ここからどう転ぶのか、皆目見当もつかない。
だが。あやかは目を瞑る。瞼の裏に浮かぶ光景。水色の夢想が崩れ落ちる光景。もう、終わりにしなければならない。
「そういやさ」
「なんだい?」
「こんなの持ってきたんだけど、いる?」
あやかはポケットから取り出した板チョコを一間に差し出した。長身の少女が顔を引き攣らせた。
「これでデッドロックを懐柔できないだろうか」
「……悪質な冗談だ」
神里の地に踏み入り、一間は迷いのない足取りで進む。目的地は決まっているかのようだった。多少土地勘があるくらいのあやかには、どこに向かっているのか分からなかったが。
「というか。デッドロックの好物を知っているようだし、君は本格的に何者なんだい?」
「本格的な事情通だぜ。正義の味方ってそういうもんだろ?」
「わーかーるー! 妙に分かったような口聞くよねー」
分かられてしまった。
「俺の正体とか目的とか、どこから話したものか」
「別に知りたくないよ。その口ぶりじゃ、どうせロクでもないものでしょ」
あれ、とあやかの頭に疑問符が浮かぶ。反応が今までと違う。
「それなりの死闘を潜ってきている目だ。君みたいな相手には……深入りなんてせずに、甘い汁を吸うにとどめるべきさ」
赤裸々にゲスなことを吐く一間は、あやかのよく知る少女だった。あわよくば破滅したいという欲望が見え隠れする。あやかは心の奥底で笑った。
(認められたってことかな)
デザイアは力は弱いが、それなりのベテランであることには変わりない。生き残ってきたことには理由がある。あやかの今の実力が、彼女の審美眼に適ったのだ。
「ねえねえ、一間って呼んでいい?」
「なーんで僕の名前を知っているのかなー?」
「俺はあやかって言うんだ!」
「聞けよ………」
あやかが板チョコを真っ二つに割る。その片方を、開きかけた一間の口に突っ込んだ。
「………んぐんぐ、久しぶりに固形物を口にしたよ。甘いの苦手なんだけど」
「そう? 二人で食べたらおいしいよ」
「言葉も甘ったるい⋯⋯」
あやかは残った片割れを口に放った。よく銘柄を見ずに買ってきてしまったが、ビターチョコだった。苦い。
「一間、味覚は大丈夫?」
「すっかり麻痺してるから、大丈夫」
大丈夫ではないやつだ。
「で、どこに向かってるの?」
「英雄様のお家さ。さぞかしビックリなさるだろうよ」
「なんで知ってんの?」
一間が不敵に笑った。目は笑っていない。
しばらくそんな雑談をしながら歩いていた。すると、道の反対側に見覚えのある顔が見える。
(あ、寧子だ………)
マギア・スパート。
頑なで、一直線な少女。彼女はヒロイックの弟子であったはずだ。あやかは一間の袖を引っ張る。
「一間、あの子マギアだよ」
「………へえ」
さりげなく、一間が顔を背ける。気持ち足早になった一間を、あやかが止める。
「ヒロイックの弟子だ」
「弟子ぃい!?」
素っ頓狂な声を上げた一間に、寧子もこちらに気付いた。慌てて口を塞ぐ一間を尻目に、あやかは寧子に近付いた。
「よ! 俺はマギア・トロイメライ。こっちはマギア・デザイア。どっちも高梁のマギアだぜ」
馴れ馴れしく近付いてくるあやかを、当然ながら寧子は不審がる。
「あーもうーなにしてんだ脳足りん! 君、ウチの新人が失礼した。道に迷って右往左往って感じなんだよね!」
しれっと言い捨てる一間に、あやかは苦笑しか湧かなかった。流石は被害者ぶりの名人だ。
「え、高梁のマギアでしょ? どうして神里に?」
尤もな疑問に、一間は即答する。
「友人の家に遊びに来たってとこさ。縄張りを荒らす意図はないよ」
一間が申し訳なさそうな笑みを浮かべる。目が笑っていない。演技だ。敏い寧子には逆効果だったようで、彼女の警戒が強まっていくのが見て取れる。相変わらず、分かりやすい少女だ。
「ヒロイック――――
だが次に放った一間の言葉は、決定的なものだった。寧子が息を飲み、あやかが耳を疑った。はったり、ではない。寧子はヒロイックと親しくしている。だから、その名前が本物だということを知っている。
「ほんとに、ヒロさんの⋯⋯⋯⋯?」
「あ、知ってた? 英雄ヒロイックといえば超有名人だもんね」
(え、なんで知ってんの?)
という言葉は、すんでのところで飲み込んだ。
一間が目だけで合図する。黙っていろ、と。
「ヒロさんと友達なの?」
「んーまあ。昔、組んでいた時期もあるからね。本人に取り次いでもらえたらすぐに分かるけど」
白々しい。だが、デザイアの本性を知らない寧子は真に受けたらしい。ポケットからスマートフォンを取り出す。
「⋯⋯あんたが本当にヒロさんの知り合いなのか、あたしには分からない。だから、電話だけなら繋いであげるよ」
「え、いいの!?」
一間が嬉しそうに跳ねた。目は笑っていない。演技であるのはあやかも見抜いたが、その意図までは読めない。寧子の態度も、彼女の底知れなさから来るものだろう。
(流石にバレるぞ⋯⋯!)
「マギア・デザイア。二階堂一間が会いに来たって伝えれば通じると思う」
(どこまで強気なんだ!?)
一間の言葉を一ミリも信じていないあやかが頭を抱える。二人から見えないように番号をプッシュする寧子。声を潜めて少し話した寧子が、申し訳なさそうにスマートフォンを差し出した。
「⋯⋯あ、代わってって。なんか、疑ってごめんね」
「いいっていいって!」
一間が朗らかに受け取る。
「ああー⋯⋯久しぶり、僕だよ。あ、うん。元気だから、大丈夫だから、少し落ち着いてって! ちょっと、直接話したいんだけど――――ああ、いいから! もてなしとかいいから! マギア関係の事情で打ち合わせたいことがある。あのデッドロックも一枚噛んでいるってさ。ああもう、落ち着けってえ!」
「⋯⋯ええー、どうなってんのさ」
「⋯⋯あんなにテンション高いヒロさん初めてだゾ」
盛り上がっている通話を他所に、あやかと寧子が顔を合わせる。出会いが変わっても、気は合うようだった。二人でぶつぶつ言い合う声は、電話に必死な一間には届いていないらしい。
「ん。じゃあ今からお邪魔するよ――――――師匠」
まさかの言葉に、新人二人が間抜け顔を突き合わせた。
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