デッドロック・ダイアログ

【デッドロック、問答】



 本物の正義。

 デッドロックはそんな英雄を知っていた。


(あたしが、まやかしなんかじゃない本物を知ったのは――魔法なんかじゃなくて、この目で見たからだ)


 あの鮮烈な黄は、煤けた赤を塗り潰す。本物は、周りを喰らって圧し潰す。スパートの指摘は図星であり、どっちつかずの正義は、あの英雄から逃げたのだった。本物を、選択できなかった。

 自分の全てが誤りだった。

 だから、バランスを取るためになけなしの正義を掲げるのだ。

 せめて、どっちつかずで止まることこそが少女の意地なのだ。







 とあるホテルの一室。ベッドに横たわる二人の少女。重苦しい沈黙を破ったのはデッドロックだった。


「お前、どーすんだ?」


 あっけらかんと。そんな飄々とした先輩に、あやかから苦笑が漏れる。


「どうもこうも、『終演』を倒すよ。今までと変わらない」

「変わらない、ねー⋯⋯」


 引っ掛かる言葉尻に、あやかは身体を起こす。


「スパートを説得出来なかったのは残念だけど、『終演』とは一緒に戦ってくれるって。俺はそれで満足だ」

「⋯⋯そいつぁどーかな。スパートが一人で『終演』まで生き残れるとは思えねーよ」

「一人じゃないだろ。英雄ヒロイックは無茶苦茶強いって聞くぜ」


 妙な沈黙が降りる。デッドロックが奇妙なほどにゆっくりと身体を起こした。それから少し考えて、口を開く。


「あんたも、あたしも、生き残れるとは限らない。案外、『終演』までに全滅してたりかもな」

「縁起でもないことを⋯⋯⋯⋯」

「一つ、白黒つけておくか」


 デッドロックの視線が、あやかの心臓を抉る。


「お前のグル、高梁のマギアは今どーしてる?」

「ぇ」

「デザイアじゃない。神里の情報をそいつに流していることは掴んでいる。そいつは、いつ、神里に来るんだ?」


 あやかは答えられない。連絡手段は失って、確認しようもない。


「なんで」

「あたしの固有魔法フェルラーゲンは、読心。最初からおみとーしだっての」


 何食わぬ顔でデッドロックは言った。その魔法の脅威にあやかは凍りつく。直接戦闘力のない魔法でも、マギア間の抗争でこれほど有用な魔法はないだろう。


「どーよーしたな。高梁のマギアを呼んでどーいう魂胆だ?」

「⋯⋯一緒に『終演』と戦うためだ。最初に言ったろ? 『終演』と戦うための戦力を探してるって」

「ふーん」


 デッドロックが身体を戻す。無駄に柔らかいスプリングに、デッドロックの身体が沈み込む。


「分かった。同盟は継続だ。情報を共有していこーじゃないか」


 それに、と。


「内通していたのはあたしも同じだ。実は『終演』の情報もそいつから流された」

「はあっ!?」

「お互いさまー」


 雑に手をひらひらさせるデッドロック。


(してやられた感が半端じゃない!?)


 むすぅと頰を膨らませるあやか。もやもやしたものを胸に抱えて、ベッドに沈み込む。そして、寝返りを打つようにデッドロックに抱きついた。


「俺は、ヒーローを諦めないよ。正義のために戦い続けたアンタを、否定したりはしない」

「いずれ折れるぞ。あんたもあたしと同じだ」

「――――それでも戦う。どんなに辛くても、俺が夢見た道だ」


 流浪の戦士デッドロック。彼女は、抱きつかれたまま器用に振り返った。あやかとデッドロックが向き合う。


「デッドロックが好きだ。折れても戦うその姿に⋯⋯憧れる」

「危険だよ。危うい綱渡りだ。やめておけ。けど、その目は、踏み外しても進むんだろーな」


 デッドロックはあやかを突き飛ばす。


「進むなら勝手に進め。英雄の道は外れた先⋯⋯外道の道だ」

「⋯⋯俺は、その先にアンタがいると信じているよ」


 だから、とあやかは手を伸ばす。


「その時は――――きちんとアンタの名前を教えてくれ」


 返事は、返ってこなかった。







 赤のマギアが過去を明かした夜。

 一つの終わりがあった。


(ここ、ね⋯⋯⋯⋯)


 小柄な、水色の髪の少女。いざという時のナイフを袖に忍ばせて、足音を殺して、扉の前に立つ。タワーマンションの一室。内通者であるトロイメライから、拠点を構えている場所だと聞いている。

 行動を共にしているらしいデッドロックは、今は外出中らしい。しかし、チャランポランなあの顔を思い出すと、警戒するに越したことはない。


(変なヘマしてなきゃいいけど⋯⋯)


 最悪なのが、トロイメライがいなくてデッドロックと鉢合わせる場面だ。それなりの交渉材料は揃えてきたが、せめて先手だけは握っておきたい。ドアノブを捻ると、あっさり開いた。


「え――――――――」


 思わず声が出た。

 部屋の中、赤いシャボン玉が無数に浮かんでいた。

 一体、何の光景だっただろうか。何が起きたらこんなことになるのだろうか。魔法の気配を感じる。この部屋で、一体何が。


「フェアヴァイレドッホ――――メルヒェン」


 ナイフを仕舞い、真由美は魔法をばら撒いた。この光景に関わっているのは、マギアか、ネガか。どちらにしてもロクなものではない。


(嵌められた⋯⋯あのバカ、しくったわね)


 送信された情報自体がダミーだった。そう気付いた時には、もう遅い。寝室に、人影があった。

 橙の少女が、金髪の女の首を抱いて嗤っていた。その身に、歪な橙の矢印を走らせながら。



「――――――!!」


「ああ――――そうなったの」



 想定が、最悪に追いついた。

 耳鳴りに、真由美は膝をつく。シャボン玉が震える。無数のあぶくが寝室の侵入者目掛けて殺到した。


――――パァン


 一斉に魔法の泡が弾け飛んだ。目を見開いたのはデザイアの方だ。空中に滞留する、無数の水色のナイフが見えた。

 同時、鋭い刀身が左胸に突き刺さっていた。金髪の死体、彼女の右目を貫いて。


「破、滅、的ぃ⋯⋯っ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯不快ね」


 魔法の泡が抑えていただろう死臭に、真由美は鼻をつまむ。寝室の隅にどろりと溶けた首無し死体があった。頭部だけを、魔法で鮮度を保っていたのだろう。悪趣味極まりない。殺人者の全身に浮かぶ橙の矢印が、光を失っていく。そんな橙のマギアの死体を確認して、真由美は即座に行動に移った。

 そう、これは罠だ。長居は出来ない。

 開ける手間も惜しんで窓ガラスをぶち破る。


(状況が読めない。神里で、一体何が起きているの⋯⋯?)


 この衝撃的な光景。トロイメライやデッドロックの無事も怪しい。なにかとてつもない陰謀が渦巻いているのを感じた。

 夜の街を、跳んで、跳んで、跳んで走る。

 目前、ある気配が、魔法の匂いが、突如。


(新手ッ!? マギアかッ!!)


 真由美の判断は素早かった。警戒心は高まり、用心していた。だから対応は万全で、コンマ一秒以下で水色の矢が二十本は放たれていた。

 だが。


「――――⋯⋯な、んで?」


 視線をすぐ下に落とす。左胸、心臓。マギアの急所に突きつけられた銃口が、彼女が見た最期の景色だった。

 そして、発砲音。

 呆気ない、そんな終わりだった。

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