デッドロック・ダイアログ
【デッドロック、問答】
本物の正義。
デッドロックはそんな英雄を知っていた。
(あたしが、まやかしなんかじゃない本物を知ったのは――魔法なんかじゃなくて、この目で見たからだ)
あの鮮烈な黄は、煤けた赤を塗り潰す。本物は、周りを喰らって圧し潰す。スパートの指摘は図星であり、どっちつかずの正義は、あの英雄から逃げたのだった。本物を、選択できなかった。
自分の全てが誤りだった。
だから、バランスを取るためになけなしの正義を掲げるのだ。
せめて、どっちつかずで止まることこそが少女の意地なのだ。
♪
とあるホテルの一室。ベッドに横たわる二人の少女。重苦しい沈黙を破ったのはデッドロックだった。
「お前、どーすんだ?」
あっけらかんと。そんな飄々とした先輩に、あやかから苦笑が漏れる。
「どうもこうも、『終演』を倒すよ。今までと変わらない」
「変わらない、ねー⋯⋯」
引っ掛かる言葉尻に、あやかは身体を起こす。
「スパートを説得出来なかったのは残念だけど、『終演』とは一緒に戦ってくれるって。俺はそれで満足だ」
「⋯⋯そいつぁどーかな。スパートが一人で『終演』まで生き残れるとは思えねーよ」
「一人じゃないだろ。英雄ヒロイックは無茶苦茶強いって聞くぜ」
妙な沈黙が降りる。デッドロックが奇妙なほどにゆっくりと身体を起こした。それから少し考えて、口を開く。
「あんたも、あたしも、生き残れるとは限らない。案外、『終演』までに全滅してたりかもな」
「縁起でもないことを⋯⋯⋯⋯」
「一つ、白黒つけておくか」
デッドロックの視線が、あやかの心臓を抉る。
「お前のグル、高梁のマギアは今どーしてる?」
「ぇ」
「デザイアじゃない。神里の情報をそいつに流していることは掴んでいる。そいつは、いつ、神里に来るんだ?」
あやかは答えられない。連絡手段は失って、確認しようもない。
「なんで」
「あたしの
何食わぬ顔でデッドロックは言った。その魔法の脅威にあやかは凍りつく。直接戦闘力のない魔法でも、マギア間の抗争でこれほど有用な魔法はないだろう。
「どーよーしたな。高梁のマギアを呼んでどーいう魂胆だ?」
「⋯⋯一緒に『終演』と戦うためだ。最初に言ったろ? 『終演』と戦うための戦力を探してるって」
「ふーん」
デッドロックが身体を戻す。無駄に柔らかいスプリングに、デッドロックの身体が沈み込む。
「分かった。同盟は継続だ。そいつと連絡が取れたら情報を共有していこーじゃないか」
それに、と。
「内通していたのはあたしも同じだ。実は『終演』の情報もそいつから流された」
「はあっ!?」
「お互いさまー」
雑に手をひらひらさせるデッドロック。
(してやられた感が半端じゃない!?)
むすぅと頰を膨らませるあやか。もやもやしたものを胸に抱えて、ベッドに沈み込む。そして、寝返りを打つようにデッドロックに抱きついた。
「俺は、ヒーローを諦めないよ。正義のために戦い続けたアンタを、否定したりはしない」
「いずれ折れるぞ。あんたもあたしと同じだ」
「――――それでも戦う。どんなに辛くても、俺が夢見た道だ」
流浪の戦士デッドロック。彼女は、抱きつかれたまま器用に振り返った。あやかとデッドロックが向き合う。
「デッドロックが好きだ。折れても戦うその姿に⋯⋯憧れる」
「危険だよ。危うい綱渡りだ。やめておけ。けど、その目は、踏み外しても進むんだろーな」
デッドロックはあやかを突き飛ばす。
「進むなら勝手に進め。英雄の道は外れた先⋯⋯外道の道だ」
「⋯⋯俺は、その先にアンタがいると信じているよ」
だから、とあやかは手を伸ばす。
「その時は――――きちんとアンタの名前を教えてくれ」
返事は、返ってこなかった。
♪
赤のマギアが過去を明かした夜。
一つの終わりがあった。
(ここ、ね⋯⋯⋯⋯)
小柄な、水色の髪の少女。いざという時のナイフを袖に忍ばせて、足音を殺して、扉の前に立つ。タワーマンションの一室。内通者であるトロイメライから、拠点を構えている場所だと聞いている。
行動を共にしているらしいデッドロックは、今は外出中らしい。しかし、チャランポランなあの顔を思い出すと、警戒するに越したことはない。
(変なヘマしてなきゃいいけど⋯⋯)
最悪なのが、トロイメライがいなくてデッドロックと鉢合わせる場面だ。それなりの交渉材料は揃えてきたが、せめて先手だけは握っておきたい。ドアノブを捻ると、あっさり開いた。
「え――――――――」
思わず声が出た。
部屋の中、赤いシャボン玉が無数に浮かんでいた。
一体、何の光景だっただろうか。何が起きたらこんなことになるのだろうか。魔法の気配を感じる。この部屋で、一体何が。
「フェアヴァイレドッホ――――メルヒェン」
ナイフを仕舞い、真由美は魔法をばら撒いた。この光景に関わっているのは、マギアか、ネガか。どちらにしてもロクなものではない。
(嵌められた⋯⋯あのバカ、しくったわね)
送信された情報自体がダミーだった。そう気付いた時には、もう遅い。寝室に、人影があった。
橙の少女が、金髪の女の首を抱いて嗤っていた。その身に、歪な橙の矢印を走らせながら。
「――――――デザイア!!」
「ああ――――そうなったの」
想定が、最悪に追いついた。
耳鳴りに、真由美は膝をつく。シャボン玉が震える。無数の
――――パァン
一斉に魔法の泡が弾け飛んだ。目を見開いたのはデザイアの方だ。空中に滞留する、無数の水色のナイフが見えた。
同時、鋭い刀身が左胸に突き刺さっていた。金髪の死体、彼女の右目を貫いて。
「破、滅、的ぃ⋯⋯っ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯不快ね」
魔法の泡が抑えていただろう死臭に、真由美は鼻をつまむ。寝室の隅にどろりと溶けた首無し死体があった。頭部だけを、魔法で鮮度を保っていたのだろう。悪趣味極まりない。殺人者の全身に浮かぶ橙の矢印が、光を失っていく。そんな橙のマギアの死体を確認して、真由美は即座に行動に移った。
そう、これは罠だ。長居は出来ない。
開ける手間も惜しんで窓ガラスをぶち破る。
(状況が読めない。神里で、一体何が起きているの⋯⋯?)
この衝撃的な光景。トロイメライやデッドロックの無事も怪しい。なにかとてつもない陰謀が渦巻いているのを感じた。
夜の街を、跳んで、跳んで、跳んで走る。
目前、ある気配が、魔法の匂いが、突如。
(新手ッ!? マギアかッ!!)
真由美の判断は素早かった。警戒心は高まり、用心していた。だから対応は万全で、コンマ一秒以下で水色の矢が二十本は放たれていた。
だが。
「――――⋯⋯な、んで?」
視線をすぐ下に落とす。左胸、心臓。マギアの急所に突きつけられた銃口が、彼女が見た最期の景色だった。
そして、発砲音。
呆気ない、そんな終わりだった。
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