メルヒェン・アウフガーべ
【メルヒェン、試練を課す】
日が沈み始めた頃、神里入口。二人の少女が見つめ合う。
「どうするつもり?」
小さな口が凛と開く。真由美はあやかの真意を問い正すつもりだ。だからこうして目の前に現れた。あやかは力強く言い放つ。
「俺は運命と戦いに来た。自分の運命に決着をつけるために」
運命と戦う。
その強靭な言葉に真由美はたじろいだ。漲るのは意志の力。今まではこうやって向き合うことすら難しかった。真由美はあやかを敵視していたし、あやかも一杯一杯だったのだ。
「真由美、アリスの大弓を覚えているか? 俺とジョーカーの死闘が見えていたか?」
努めて冷静でいようとする姿がどこか滑稽だった。隠し事が苦手で、不器用な少女。前提条件が大きく覆る。あやかも真由美も、過去の世界の記憶を保持している。少なくとも、1つ前の世界を。世界観を共有できることは大きな進歩だった。
「⋯⋯⋯⋯何故、それを」
「何度も言ってんだろ。俺はこの世界を何度も繰り返している」
「それは⋯⋯」
否定の言葉が出てこない。実際に世界を渡った彼女ならば分かるのだろう。現状を否定する材料を見つけられないのだ。真由美は震える手で魔法のフィールドスコープを顔の前に持ってくる。
その様子を見て、あやかはようやく気付いた。
「そうか――――そうなのか」
「⋯⋯⋯⋯何?」
「そうだよなって。だって真由美、視えるんでしょ?」
核心であり、確信。
マギア・メルヒェンの固有武器、フィールドスコープ。覗いた対象の構造を見抜く魔法の筒。『創造』の魔法とセットで考えてしまっていたので盲点になっていた。彼女には、彼女だけには真実が視えるはずなのだ。
――――私は、なんでも、知っている
あやかは真由美に歩み寄った。固くなった彼女は身じろぎするだけだ。その双眸から怯えの色を感じ取った。俯きがちな水色の少女に、あやかは声を掛けた。
「一人で抱えんなよ⋯⋯⋯⋯俺が、力になってやる」
唇を噛み締め、少女がキッと睨み上げた。だが、あやかはもう怯まない。前に出る。
「いつもいつも、お前は問答無用に俺に襲いかかってきた。『
見てきたもの。触れてきたもの。
「理由があるんだろ? これがお前の戦いなんだろ?」
彼女がこれまで振り撒いてきた悲劇の全て。
「苦しんでる。悩んでる。藻搔いてる。一人じゃもう、どうしようもないんだろ?」
真由美がマギアとして戦う理由。今ならば納得のいく仮説が立てられる。
「アンタに、何が――「今なら分かる」
言葉が遮られた。すぐ目の前に立つあやかの視線から、真由美は逃げられなかった。
「うまくいかないんだ。何度も負けちまってんだ。それでも諦められないから、藻搔いて、悩んで、苦しんで、そうやってここまで戦ってきた! だから分かるんだよ! お前も同じだったんだろッ!?」
少女の肩が大きく跳ねる。
「真由美がうまくやれないのね⋯⋯アタシ、知ってるよ。マギアの戦いだけじゃない。色んなものがうまくいかなかったの、知ってるよ。それでも真由美は頑張ってきた。報われない。それでも真由美には立ち上がれる力があった」
だから、と。
「真由美に――――惹かれたんだと、思う⋯⋯」
その小さな肩を抱いた。震えて、頼りなく、それでも気丈に振る舞うその肩を。目の奥がつぅんと熱くなった。視界が歪む。まるで一間のシャボン玉のように。
「分からない⋯⋯」
そんなあやかを真由美は小さく突き放した。弱々しい力だったが、それでもあやかはよろめいた。
「もう、何が『本物』なのか⋯⋯私には、分からない。アンタ、一体なんなのよ⋯⋯っ」
『本物』と『偽物』。真由美が拘る至上命題。報われなさに心を蝕み、無力さに肉体を痛ぶる少女は、それでも戦い続けることをやめない。
「私は私の戦いを成す。絶対に掴み取ってやる。誰にも負けない勇者になるの」
勇者。
例えば、童話の絵本で見たような。
「だったら、俺が示してやるよ! お前の『本物』になってみせる! それは俺だけの戦いだ! 俺が掴み取る戦果だ! 俺はお前の一番になるッ!!」
啖呵を切るあやかに、真由美ももう怯まなかった。何度失敗しても、何度挫けても、それでも上を目指して這い上がる。それが大道寺真由美の生き様だったから。
負けた。失敗した。
それだけでは決して止まらない。あやかも真由美も。少女たちは全身全霊を
「へえ⋯⋯? 本物を示すって、どうする気?」
「本当の意味でジョーカーに打ち勝つ。そして、『終演』の運命を乗り越える」
「その理由があるってわけ? アンタに出来るの?」
「出来なきゃ、やらないか? そんなことはねえぜ!!」
あやかは思いっ切り右腕を突き出した。太陽に向けて。沈みかけてなお
「届く。きっと届く。手を伸ばせば届くんだ。だから伸ばし続けるんだよ!」
きっと掴める。そんな確信があるからこそ、魂は煌めく。その光こそが魔法の燃料。
言葉に光が乗った。はちきれんばかりの意志力が漲る。真由美がごくりと唾を飲んだ。
「なら――――――示してみなさい」
ぽつりと呟いたその言葉に、あやかは虚をつかれた。思わぬ言葉だった。与えられたチャンス。挑む資格があると認められたのだ。
「
あやかにはあやかの戦いがある。
真由美には真由美の戦いがある。
運命の至る先に、きっと交わる先があるだろう。それを確かなものにした。その事実で勇気が無限に湧いてくる。あやかは筆舌に尽くし難い興奮を噛み締めていた。
「ああ! 真由美に見てもらえるのが、この上なく嬉しいよ」
言われた真由美はそっぽを向いた。若干耳が赤い。そんなウブな反応にあやかはときめく。視線を逸らしたまま、少女は小さく忠告する。
「ジョーカーは神里のマギアたちを掌握しているはず。今までの経験が引き継がれているのであれば、覚悟を決めることね」
あやかは小さく頷いた。
一間が言っていたことだ。ジョーカーはどんな手段を使ったのか、神里のマギアたちを支配下に置いている。その支配が絶対的とまではいかなさそうだが、そもそも彼女たちが大人しくあやかの側についてくれるかどうかもかなり怪しいところだった。
(戦うのか。スパート、ヒロイック――――そして、デッドロックと)
心を通わせられなかったトラウマが蘇る。実力・相性ともに最も厄介なのはヒロイックだ。しかし、より強い因縁を感じるのはデッドロックの方だった。その理由を突き詰める。
根幹を見ろ。
本質を見定めろ。
その情念の機微が魔法の本質だ。
あやかは深く深く息を吐いた。ピンポン玉ほどに萎んだ肺に勢いよく空気を送り込む。脳内に酸素が供給され、思考が冴え渡る。立ち向かうべき運命に向き合うのだ。
「決めた」
「え?」
「覚悟を、だ。お前に俺の信念を魅せてやる。真由美はどうすんの?」
少女は口籠った。水色の魂は迷っている。自らの道を見定め、それでも突き進むことを躊躇っている。
「いいよ。無理に聞かない。準備が、覚悟が決まったら神里に来ればいい。俺は先に暴れてやるさ」
あやかはにっかりと笑った。
「待ってろよ、ジョーカーッ!!」
そして、神里市に足を踏み入れる。運命と因果の
「まるで、私に覚悟が足りないみたいじゃないの⋯⋯」
いじけたように唇を尖らせるいたいけな少女を、あやかはまんまと見逃してしまった。先へ先へと突き進む背中を見て、真由美は言葉を零した。
「どうして、そんなに似てしまうのだろう⋯⋯⋯⋯本当に私を魅了してしまう気なの?」
そんな言葉が出てきてしまった。少女に自覚はない。そんな感情を抱いている時点で、既に魅入られているという事実に。
その意味は――――彼女が
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