終わりのあやか編~感情戦争彩りアレ、偽物が本物になる物語~

七、「私の、全てが、ここに、ある」

トロイメライ・オリジン

【トロイメライ、無色彩起源】



 ドス黒い欲望、それは自分を最上位に置きたがること。

 誰よりも上位に在りたい。誰よりも求められたい。孤独を恐れ、恐れ故に力に溺れた。黒い腕が手招きする。灼熱の視線を注がれたい。強い想いが運命に身を投げる。

 どうしてこんな苦痛を。

 どうしてこんな困難を。

 抱える。苦しむ。どれも自分があるからだ。自我が無ければ苦しみなんてない。自分なんていなくなればいいのに。自分を認めて、求めてくれる誰かだけ居てくれれば、それでいい。


 生きることは苦しみだ。


 もう二度と繰り返したくない罰だ。


 ヒーローなんて夢物語は捨ててしまえ。



「太陽に――色なんて、無い」



 色の無い灰色の魂。

 モノクロの想い。『偽物』に自覚が芽吹く。







「戻っ、た……?」


 見知った天井。見知ったベッド。

 嫌な汗を拭いながら、過呼吸ぎみに呟く。一体何が起きたのか。思い出す。繰り返すリフレイン。地獄の光景。腐臭。悲鳴。爆発する痛み。その記憶は鮮明に残っている。


「あああぁぁあああああぁぁああぁぁああ――――!!!!」


 フラッシュバックを起こす。頭からこびりついて離れない。血の色。肉の焼ける臭い。散っていく命の声。

 あやかは嘔吐した。


「ぐ、ぅぐ――ぅぅううう……」


 吐瀉物に塗れながらあやかは床を這う。


「おい、どうした!!?」


 尋常ではない様子は階下まで伝わったのだろう。姉のあすかが扉を蹴破る勢いで転がり込んだ。


「あやか、何があったんだ……?」


 惨状を前に流石の女大将も絶句する。しかし、その判断は早い。すぐさまポケットから携帯電話を取り出し、救急車を呼ぼうとする。振り回したあやかの腕がそれを弾いた。


「イヤダ」


 子供の声がした。幼い少女の怨嗟の声。


「大丈夫。大丈夫だから――――ッ!!」


 姉は妹を強く抱き締めた。錯乱するあやかを宥める方が先だ。体温を感じ、温もりが広がっていく。呼吸が落ち着き、目の焦点が合ってくる。


「姉、ちゃん……」


 絞りだす声。あすかは安堵の表情を浮かべながらあやかの顔を覗き込む。その頭部を、黒い腕が鷲掴みする。


「欲しい」


 喉から手が出るほど。あやかの口から生えてきた黒い腕。生々しい質感の腕があすかを掴んで離さない。


「あやか、お前――――……」


 姉はさらに強く抱き締めた。突き飛ばすことなんてしない。絶対に離さない。だからこそ、欲する意味がある。


「いいよ。私も、お前と、一緒に在りたい」


 黒い腕にその身を委ねる。握り潰され、大きく空いた口の中に引き摺り込まれる。姉を丸呑みしたあやかは、色彩を失った視界に落ち着きを取り戻す。


「俺は――アタシは、なんでこんな⋯⋯⋯⋯」


 魂が闇に浸される。天秤の傾きが少しずつ増していく。表面張力を突破する一瞬の虚しさ。床から無数の黒い腕が伸びた。雁字搦めに縛られたあやかが、呼吸を求めて身を捩った。

 募らせる――――呪詛。

 即ち、




「あは、」


 ぼこり、と。黒い泡が口から漏れた。






「フェアヴァイレドッホ――――英雄願望トロイメライ

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