トロイメライ・ジョーカー

【トロイメライ、運命との対面】



 あやかが完全に向き直る前、ジョーカーの小銃は火を噴いていた。回し蹴りで弾いた銃弾が右頬をごっそり削る。バックステップが読まれて左足を撃ち抜かれた。


「トロイメライ。貴女はどうして私と敵対するの?」


 最初の一手からジョーカーの優勢。拮抗した実力は、傾いた天秤を容易には戻させない。


「リロード、リペア!」

「歪曲」


 時空が歪む。あやかは転げるように異次元の弾道から逃れた。見上げた先、ほくそ笑むジョーカーの顔。


「圧縮、隔絶」


 咄嗟に逃げなかった蛮勇が功を奏した。あやかの周囲の空間が歪な渦に捻じ切られる。そして、認識のズレたコンマ数秒。致命的だ。


「は――はは、ははは」


 左右の手に小銃を握る。しかし掴むのは銃口。力任せに振り下ろす打撃の応酬が、ガードするあやかの腕を痛ぶる。


「はは、ははは、あはははははは――――ッッ!!!!」

「調子に――乗んじゃ、ねえッ!!」


 足払い。放った本人がびっくりするくらい綺麗に決まった。横倒しに倒れるジョーカーにあやかの拳が炸裂する。


「リロードクラッシュ!!」


 小銃を盾に。砕け散る鉄片に、暴発する銃弾。それらを噛み潰すように前へ。『反復』の魔法が攻撃を持続させる。それを阻むのは『時空』の拒絶。

 あやかの拳撃は、ジョーカーの目と鼻の先で不自然に止まっていた。


「トロイメライ、貴女は自分の役目を果たすべきよ。私と一緒に『終演』を倒すの。運命に殉じなさい」

「俺の役目を、運命を、お前が決めるんじゃねえよ」


 踏み込む。力強く一歩を。それでも拳は前に進まない。


「そういえば、まだ答えを貰ってなかったな。今のアンタは未来を見据えている。きっと見つけたんだろうよ」

「⋯⋯何の話?」


 ジョーカーが息を飲んだ。いつかの『終演』前夜、あやかがえんまに問うたことだ。


「とても大事な目的、とやらは見つかったのかよ」

「⋯⋯⋯⋯貴女だって、結局は諦めちゃったじゃない」


 痛いところを突かれて、あやかは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。もう諦めない。そう宣言しておいてこのザマだった。


「⋯⋯かもな。俺は、思い返してみたら、ずっとそんな感じだった。出来ると信じて、挫けて諦めて⋯⋯でも、ちゃんと前を見て立ち上がるんだ。そう在りたい! お前はどうなんだ!?」

「そうね⋯⋯私も、そうよ。私は『幸福』を掴む。アリスと一緒にこの世界で生きていくの。そのためには、『終演』を乗り越えないといけない。貴女が必要なの」


 望む未来。その前に立ちはだかるのは運命の砂時計。

 ジョーカーの固有魔法フェルラーゲンがあやかの拳を拒絶し続ける。めっふぃの言葉を思い出す。マギア・トロイメライこそが『終演』を倒し得る、ではない。マギア・トロイメライが『終演』を打破することに意味があるのだ。


「見ていれば分かる」


 あやかはようやく拳を引っ込めた。


「俺とお前は、やっぱり違うものを見ている。お前の目的は俺じゃない。ただの手段にしか見ていない。そんな言葉じゃ、俺の意志は動かないぜ」


 ジョーカーの両手に小銃が再生成される。銃口を静かに上へ。そして、唇を小さく尖らせて言った。


「どうしても⋯⋯⋯⋯メルヒェンを助ける気?」


 核心を突かれて、あやかは躊躇った。『MマギアMメルヒェン』、彼女の所業を思えば味方しようと考えることが異常なのだ。


「そう⋯⋯したい。でもな、俺はまだ全部を知っているわけじゃない。ちゃんと知って、見極めて、本当の意味で自分の道を見つけてえんだ」

「そんな、猶予が、この世界に、あるとでも?」


 放たれる一発の銃弾。あやかは右腕を振るった。銀のグローブが摩擦で煙を上げる。その親指と示指の間には弾丸が掴み取られていた。

 世界に猶予はなく、それでもあやかはにっかりと笑った。



「俺には――――夢がある」


「そう――なら、お前はもう、私の⋯⋯敵よ」



 あやかが大きく飛び退いた。地面が大きく抉れる。コンマ数秒の遅延。時間の歪み。真横に移動していたジョーカーの気配を察知。ロード魔法で銃弾を回避する。


「私は、使この世界を、手に入れるッ!!」


 銃声が乱れく。嵐のような弾道の交差を少女の蛮勇は踏破した。だが、拒絶の壁がまたもや阻む。


「お前はもう不要だ! いらない! 廃棄処分だ!」


 ヒステリックに喚くジョーカーが銃弾をばら撒く。あやかの挙動が追い付かない。空間を削られ、時間をズラされ、世界諸共駆逐するかのように。


「ここで朽ちろ、あやかッ!!」

「俺はお前を超えるぜ、えんまッ!!」


 名前を呼んだ。

 今度はマギアとしてのではなく、人格を持った個人そのものとして。


「リロードロード、確率変動!!」


 無数の蹴りが無数の弾丸を弾く。大地を踏み締め、あやかが爆進する。えんまが消えた。背後に気配を感知する。力は下へ。舗装されたコンクリートを踏み砕き、破片を蹴り上げて凶弾を防いだ。


「歪め」

「届け」


 歪んだ空間。拒絶の壁。圧倒的なインパクトが抉じ開ける。止まる世界。無数の銃弾。前へ。拳撃を放つ。魔法が威力を引き上げる。時間の歪みを吹き飛ばす。見える宿敵。歪みの反動で世界が弾ける。


「トロイメライ」


 境大橋の支柱に頭を打ち付ける。ほんの一瞬、意識が天に墜ちた。その隙を、この執念の獣が見逃すはずがない。


「さようなら」


 心臓に放たれる凶弾。

 だが、その銃口が大きく左に逸れた。凶弾は地面にめり込み、えんまが小銃を取り零す。小銃の中央に、水色の矢が突き刺さっていた。射出された方向を、えんまが見据える。


(真由美――――ッ!!?)


 あやかの判断は早かった。立ち上がるより早く境川に転がり落ちる。えんまも完全に虚を突かれた。伸ばした手はあやかに届かない。着水の音がむなしく響いた。


「逃すかッ!?」


 えんまは下流を見た。川に落ちたくらいで死ぬような相手ではない。しかし、川から上がる時、その瞬間が大きな隙になる。見逃すわけにはいかない。大まかな位置しか掴めないメルヒェンは捨て置いて、えんまは川下に走り出した。

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