ジョーカー・エンドフェイズ

【ジョーカー、決着をつけよう】



 運命の至る空。最果ての時。

 ひび割れた星空が暴風と暗雲に陵辱される。絶望の象徴を見上げる。まさに破壊神と称するに相応しい巨大な砂時計。その周囲では重力異常が発生し、高層ビルがいくつも根こそぎ浮き上がっている。


「お前だけか?」

「さあ、どうだか」


 あやかの隣に立つジョーカー。真由美と遥加はいない。だが、どの辺りにいるのかは見当が付く。一度、『終演』と全面衝突した経験が活きている。真由美がこの戦場に来ていて、なおかつ何かを企んでいるのでならば。


「暴風圏から逃れる安全地帯⋯⋯そこに心当たりがあるんだろ?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ええ、そうね。どうしてそれを?」


 ジョーカーはあっさり白状した。遥加はそこに避難させているに違いない。真由美があの少女を害するような印象は無かったが、並々ならない因縁があることは感じ取れた。真由美がこの場面で接近するのならば彼女相手だろうと想像出来る。


「俺は何度もこの世界を繰り返している。そして、お前がこのループ現象を引き起こしていることも掴んでいる」

「⋯⋯⋯⋯どういうこと?」


 ジョーカーが首を捻る。演技か、本気か。あやかは疑心暗鬼になりながら、言葉を続ける。


「お前、『時空』の魔法で時間を巻き戻しているんだろ?」

「⋯⋯⋯⋯ああ、そういうこと」


 勝手に納得された。企みを表情に浮かべながら、悠々と告げる。


「ようやく繋がった。本当に、本当なのね」

「⋯⋯なんだよ」

「本当に記憶がのね!」

「はあ!? いやまあ、そうなんだけどさ!」


 違和感。どこか認識がズレていると感じた。だが、答え合わせをしている時間はない。二人の魔力を感じたか、大火球が迫る。空間が歪んだ。熱量が散らされ、脅威が薄れる。ジョーカーの視線があやかの拳に注がれた。


「リロード、リロード――――インパクトッ!!」


 真正面から粉砕する。その結果にジョーカーは満足そうだった。


「『終演』を倒して、こんな歪んだ世界なんてさっさと抜けちゃいましょう? それとも――私を殺して、世界を強引にシャットダウンするつもり?」

「お前を殺せばループは止まるんだな」

「⋯⋯本気にしないでよ」


 拗ねたように唇を尖らせるジョーカー。まとまっていては格好の的だ。あやかは大きく飛び退く。置いていかれたジョーカー目掛けて高層ビルが突き刺さる。だが、その落下地点は強引に逸らされる。空間歪曲。舞い上がる土埃すら嫌われ者ジョーカーを避けていく。


「ひぃどぉいぃ!」


 空間が撓み、音が歪む。ジョーカーが固有魔法フェルラーゲンを行使する。両手に握る小銃。引き金を引いたのは確かに一回ずつ。目前には、飛来する大火球。

 大量の弾丸が、全方向から破砕する。

 空間を歪め、時間を歪め、在るがままを破壊する。

 歪め、拒絶し、自分の世界を隔絶する。そんな精神性の発露が魔法として具現する。あの空間は、マギア・ジョーカーの世界。やはり彼女の魔法は圧倒的だった。


「トロイメライ! 私には『終演』を破る火力はない! 貴女が決めるのよ!」


 返事はせずにあやかは前に出る。大火球と大質量は、あやかの機動力とジョーカーのサポートで潜り抜ける。


「このまま、奴を⋯⋯ッ」

「まだ――――ここからだッ!!」


 絶対崩壊圏。万有引力の法則が崩壊する地獄、『終演』の間合い。二人のマギアは突入する。事情通のジョーカーの表情が崩れた。


(知らなかったんかいッ!?)


 あやかも無駄に動揺する。確かに、前回この間合いに辿り着いたのはあやかとヒロイックだけだった。まさかジョーカーが一度もここまで来られなかったとは思いもよらなかった。あんまり知りたくなかった、今明かされる衝撃的な事実である。


(と、いうことはだ⋯⋯⋯⋯)


 知らないこと。それはイコールで策がないことを意味する。アドリブに弱いらしいジョーカーが慌てふためく。その様子を見て、あやかは小気味良く感じていた。

 しかし、状況の危険度は高まっている。重心が意味を持たない。下ろすべき大地を見失う。滅茶苦茶に飛び回るコンクリートの塊が加速しながら襲いかかる。激突を回避するのに手一杯だった。


「ジョーカー! お前の便利魔法で足元だけでも固めろ!」

「セット!」


 あやかの上方の空間が歪む。重力崩壊を阻み、惑星地球の万有引力が復活する。大地を踏み締めるあやかが、重心を深く深く、地球の核まで落とした。


「リロードロード!」


 確率変動。複数に分岐するロード魔法を、あやかは強引に一つにまとめあげた。螺旋のように練り上げる灰色の道は、まるで滑走路、カタパルトのように。


「リロード! リロード! リロード!」


 跳び発つ。


「悪いな⋯⋯


 小さく囁き、そして。


「インパクトキャノンッ!!」


 炸裂する拳撃。喜悦に歪むジョーカーの顔を視界の端に捉えた。重力崩壊圏ごと殴り飛ばし、運命の砂時計に攻撃が届く。その表面に僅かなヒビが入った。


「決まった! やっぱり貴女の魔法は『終演』に届く! そのまま押し切っ――――?」


 分かっていた。予感があった。

 『終演』を倒して、それで終わりではない。だからあやかは選択した。ジョーカーを倒すこと。内部に衝撃を蓄積させるクラッシュ魔法は使っていない。純粋に暴力でぶん殴り、故に物理的慣性が働いた運命の砂時計は。


「トロイメライ、これはどういう⋯⋯⋯⋯?」

「お前、覚えはないか?」


 遠くに遠くにぶっ飛ばされた。殴り飛ばされた。確かな感触がある。実感がある。ダメージは入った。しかし、戦局を左右するほどではない。やはりこの戦力だけで『終演』打倒は現実的ではなかった。そう実感する。


「あの方向」

「遥加――――ッ!!?」


 青ざめるジョーカー。その反応であやかはほくそ笑む。ただの予想が確信に変わった。狙い通り、叶遥加を匿っている場所に『終演』を送り届けられた。そして、あやかの予想が正しければ。


(お前だけ逃げられるかよ、真由美。自分の行動に覚悟があんなら、ちゃんと示して見せろ)

「どこまで愚かなの、トロイメライ。正気を疑うわ」


 ジョーカーの向き合う先、あやかが道を阻む。


「このまま戦っても勝てないだろう?」


 勝てなかった。経験として知っている。記憶として残っている。


「貴女の使命は『終演』を倒すこと。ヒーローになるんじゃなかったの? どうして、こんな暴挙を⋯⋯!」

「お前に分かるか。何度も死んでいく辛さが。何度も何度も裏切られる苦しみが! 何度も何度も何度も何度も――――ッ!!」


 もう、正気ではない。壊れた双眸に狂気が宿る。瞳の奥がどす黒く濁る。あやかは執念だけで立っていた。抱いた夢に背けばネガと化すのは間違いない。だが、あやかの魂は心臓に根付いたままだった。


(ああ、最悪だ。これ以上無い悪夢だ。こんなヒーローなんて有り得ない)

「何度も何度も繰り返して、それでも私は貴女を導き続ける。全ては徹頭徹尾あの子のため。そして、私自身の幸福を掴むため」

(でも、最悪なのは――――)

「それが私の欲! 私の夢! 使ッ!!」

(お前も一緒だよ、ジョーカーッ!!)


 マギア・ジョーカー、暁えんまも同じだった。絶望の運命を何度も迎えてきた。何度も立ち向かい、目的を果たそうとする意志。執念、それだけが彼女の支え。諦めてしまえばそれだけでネガへと堕ちてしまう。

 それでもしがみついてきた。危うい執念を糧に、歪み、壊れて、紫色の狂気に至った。落ちて、壊れて、地獄のようなドン底。

 最悪と最悪が、執念に溺れる。


「戦う理由。そういえば教えてもらってなかったな」

「貴女はこの理不尽なループから抜け出すため?」


 あやかは黙った。何のために戦うのか。今の自分に正義はあるのか。既に破綻してしまった自己を、どうやって取り戻すのか。見失った夢も、それでもコイツにだけは話してやる義理なんて無い。


(そうだ……関係ない。ジョーカーを倒せば全てが終わる)


 どんなものになろうとも、そこには結末がもたらされる。終わらせるために戦う。。執念と執念が絡み合う。最低で最悪なドン底の戦い。同じ地平線に立って、互いに見据える。



「答えないのなら――――きっと、この世界はもうダメね」

 

「御託ばっか並べんなよ。お前とは一度、ちゃんと勝負ケリをつけたかったんだ」



 思い返す。

 手を取り合えると思っていた。同志となれるはずだった。二人で拳をぶつけ合い、共に『終演』に挑む世界は、確かにあったはずなのだ。だが、それも全てここまで。執念の獣に堕ちた少女たちが、互いの喉笛信念を喰い破ろうと。

 あやかは拳を構えた。

 えんまは小銃を握る。

 最悪のドン底のさらにその下へ。少女たちはマイナスの道を突き進む。相手を蹴落とすためだけの泥沼に、獣は吠えた。



「さあ――――」


『決着をつけようぜ』

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