Kampf auf Leben und Tod――――Joker
【死闘――――ジョーカー】
絶対暴風圏。対峙する二人の少女。
「さようなら」
呆れた表情のジョーカーが時の歯車を止めた。隙なく構えるあやかも、止まった時の世界では無力。マギアの急所である心臓めがけて弾丸が放たれる。
小銃から飛び出した弾丸はすぐに動きを止める。静止した時で活動できるのはジョーカーに触れている物だけ。直接突き付けてしまうとあやかの身体も動けてしまう。昏い闘志が灯る双眸に、ジョーカーは溜息を投げた。
時間が動き出せば、すぐにその魂は撃ち抜かれるだろう。
「――――ッ」
体を横に開くあやかが、弾丸から逃れた。コンマ数秒の猶予もない攻撃を。ジョーカーが目を見開いた。
「手の内は互いに知れてんだ。手抜きは抜きにしようぜ?」
挑発的な笑みを浮かべるあやか。マギアとしての超反応、それだけではない。相手の動きを見抜き、先を読む武人としての能力。極限まで高まった集中力が未来予知に匹敵する力を生み出している。
「…………不愉快」
警戒して、ジョーカーは安易に時間を止めなかった。理解する。便利な魔法に頼り切りでは勝てない。両手に小銃を握る。武器と魔法のコンビネーション。だが、先に動いたのはあやかだった。
「リロードロード」
引き金に指をかける前に、無数の道があやかを包む。始点は一つ。
「確率変動!」
具現化した確率。ジョーカーが放った弾丸が歪んで分裂する。が、無数の蹴りが壁となって攻撃は阻まれた。無傷ではない。しかし、あやかにはリペアの魔法がある。
「次はこっちだ」
加速するあやかの拳を、捻れた空間が阻む。リロードクラッシュ。魔法の空間はそれでも突破できなかった。だからこのまま押し飛ばす。
「喰らっとけ!!」
「ぐぅ――――!?」
瓦礫の山まで弾き飛ばされるジョーカー。追い打ちをかけようとするあやかを無数の道が包む。
「リロードロード、確率変動!」
三百六十度上下左右。いたる方向から押し寄せる銃弾を同時に蹴り飛ばす。時間停止。距離を離されると不意打ちの危険性が高まる。完全な不意打ちを決められでもすれば、一撃で致命傷だ。
「どこだ?」「ここよ」
轟音。ガソリンが気化する匂いが鼻についた。
崩壊を始める神里市のどこかに放置されていたものだろう。巨大なタンクローリーが爆走していた。紫色の光に包まれているのを見て気付く。空間をバネのように弾ませて射出したのだ。
「ジョーカーああぁ――――ッ!!」
危険物の上で構えるジョーカーが手を伸ばす。開いた手を握り潰す。呼応するように空間が歪んで逃げ道が塞がれた。
あやかはまともに直撃する。いくら何でも無茶苦茶すぎて対応できなかった。とっさにガードした腕が両方ともへし折られ、砕け散った。
「リロードリペア!」
再生を始めるあやかの腕。その目に映ったのは、あやかを轢き飛ばしてなお走り続けるタンクローリー。そして、その上で小銃を構えるジョーカー。理不尽な挙動で爆走を続ける。振り落とされないのも魔法の力か。
「ざけんなっ」
銃弾の雨を掻い潜るようにあやかは走る。再生しては鉛玉に潰される腕。躱しきれない。追いながらも心臓を守るので精一杯だった。
魔力を感じた。
不吉な予感に反射的にロードの魔法を発動する。時間停止。その魔法の脅威は健在。辛うじて急所を守ったあやかは全身から血を噴き出して倒れ込む。
「リ、ロード⋯⋯リペアぁぁあああ――――!!!!」
心臓が脈打つ。内臓が震える。筋肉が鼓動する。
多数の鉛玉が肉体から排除される。血が巡り、傷が塞がっていく。投げつけられる小銃をクラッシュ魔法で破壊し、タンクローリーと距離を詰める。
「追い付いたぜ!?」
必殺の拳が迫り、ジョーカーが慌てて飛び降りた。拳を振り抜くあやか。無我夢中。だから直前まで気づかなかった。タンクローリーには「危」の文字。さっき鼻についた匂いと結びつくことといえば。
(――――――ぁ)
爆発炎上。
あやかの拳撃がタンクローリーを突き破り、積まれていた大量のガソリンに引火したのだ。ジョーカーは立ち上がる火柱を眺め、攻撃の手を緩める。『終演』には今の攻撃も通じなかったが、相手はマギアとはいえ人の身。
「違う――――化け物の身、だったわね」
火柱の中から這い出てくる少女。十二月三十一日あやか、その執念が牙を剥く。焼きただれた皮膚が再生していき、マギア装束を再び纏う。
(倒すには心臓を射抜くしかない)
ジョーカーには二つの選択肢があった。
一つは『時空』と己の武装を駆使して心臓を砕くこと。しかし、ジョーカーの手も尽きかけていた。魔力も残り少ない。そして、考えられるもう一つの手は。
(あれだけの
算段を立てる。勝利へのビジョンが浮かぶ。それでも、どうしても一抹の不安が纏わり付く。
(⋯⋯⋯⋯本当に? 本当に、それで止まってくれるの?)
それで止まるのか。本当にあの化け物は止まるのか。魔法は情念の具現。執念を燃やすあの獣に、果たして限界などあるのだろうか。そんな漠然とした不安が噴出する。
「…………ジョーおお、カーあああ!!」
迫る。
一歩一歩。
拳を強く握りしめて。
「暁えんまぁぁあああ――――ッッ!!!!」
飛びかかるように放たれた右拳。
「愚問、ね……ッ!」
ジョーカーが開いた右手を押し当てる。空間が
どれだけ不安と恐怖が押し寄せようと、獣のように獰猛に喰い破る。この想いが、欲が、尽きることなどありえないのだから。
「執念は、この想いは、欲は、私こそが」
だらりと垂れる血を舐め取る。
執念の獣。人の道を外れた外道同士、獣と獣が互いの執念をぶつけ合う。
「私は負けられない、絶対にッ!!」
小銃と『時空』の
「お前を潰す」
「貴女を下す」
単純な腕力ならばあやかの方が上だ。小銃を砕いた拳がジョーカーに届くが、威力を殺されて対した威力にはならない。
「俺は運命をねじ伏せる」
「私は運命をねじ曲げる」
殴り飛ばされたジョーカーが、空間を歪めて異様な体勢で立ち上がる。あやかは身体を沈めた。頭上を大量の銃弾が通り抜ける。魔力を用いない単純な体捌き。対抗するジョーカーが用いたのは、絶望よりも深い執念の力。
「――――――――ッッ!!!!」
彼女の喉から異様な叫びが漏れた。新たに手にした小銃二丁を盾にあやかに突撃する。回避不能と判断したあやかは拳をねじ込んだ。
「クラッシュショット!!」
魔力でリロードされた小銃が爆散した。暴発した銃弾が二人の皮膚を喰い破る。ジョーカーは、それでも前に進む。止まらない。
まさに、執念の獣。
「セット――――歪めえええええッッ!!!!」
全身の骨格が軋んだ。致命的な音に魂を震わす。空間歪曲であやかがいる空間そのものを締め上げたのだ。ならば回避方法は自明。軋み歪む空間からロード魔法で脱出する。
そのタイミングで時間停止。弾丸の嵐が展開される。
咄嗟に纏ったロード魔法で急所は守ったが、ダメージは大きい。リロードリペア。弾丸を排出して傷を塞ぐ。しかし。
(回復が鈍い。魔力が尽きかけてんのかッ!?)
立ち上がる足を撃ち抜かれる。心臓だけを守っても意味がない。このまま消耗戦を続けるのならば、戦局はジョーカーに傾くだろう。
「ちっっくしょう!!」
届かない。
地を這うように銃弾を避け、ジョーカーに肉迫する。だが、その拳は歪曲空間に阻まれ、またもや距離を取られる。あと一歩なのに。その一歩が果てしなく遠い。
(これが、差だってのか? 俺とジョーカーの、執念の……覚悟の差だと?)
蝕まれるように魂が濁る。心が折れたら、もう負けだ。あやかはもう一度攻撃を仕掛ける。近づけない。届かない。
(人であることを止めたはずだ)
それは向こうも同じ。
むしろ、守るモノがあるだけ、より一層。
(どうやったら届く)
黒く歪む魂。二本の足、二本の腕、『反復』の魔法。それだけでは届かない。
(もっともっと、もっともっともっともっと――――)
歪曲の弓が瓦礫を大量に射出する。炸裂した質量で左手が吹き飛んだ。リペア。足りない。リロードリペア。進む足が撃ち抜かれて地を這う。リペア。届かない。
(俺は、俺が俺こそが俺だけが)
暴走するエゴ。リロードリロードリペア。残り少ない魔力を振り絞って全快する。あやかはジョーカーに飛びかかった。
「無駄よ」
我武者羅に放たれた拳が、ジョーカーの目前で静止する。歪んだ空間を隔てて、
頭の血管が千切れ飛ぶのを感じた。だが、怒りに任せて放った蹴りは銃弾に弾かれる。もう片方の拳が空を切る。あやかの体勢が崩れた。
ジョーカーの魔力が渦巻くのを知覚した。時間停止、ジョーカーが必殺の魔法を発動させる。
「もう一歩、もう一手」
歪な声が響く。停止した時間の中、ぎょろりとあやかの目が動いた。ジョーカーの身体が大きく仰け反る。開いた大口から伸びるのは黒い腕。第三の腕が、ジョーカーの首を締め上げていた。触れてさえいれば時間は動く。
「驚い、た、わ」
しかし、銃口は心臓に向いている。必殺の武器は未だ手中にあった。
あとは引き金を引けば終わり。
――――俺は、俺が俺が俺俺俺が……アタシ、は
――――オワリノ、アヤカ⋯⋯ちがう
――――君は、どんなマギアになりたい?
――――なりたいもの。夢を見た自分は、その名前は…………
「俺は! 十二月三十一日あやか、だッ!!」
異形の化け物が第三の腕を噛み千切った。
暴走したエゴは異形を生み、そして抑えつける。
「この手で掴むんだ。だから勝つのは俺だ! 暁えんまッ!!」
昏い執念ではなく、はち切れんばかりに膨らむ闘志。当てられた気迫に銃口がブレた。銃弾が、身を捩ったあやかの頬を掠る。
「私たちは、終わりのあやか。ようやく理解した。今なら私にも」
歪な紫に飲み込まれたジョーカーは薄ら笑いを浮かべる。その瞳が色を失った。地面から湧いた無数の腕が壁になり、拳を阻む。
「言ったろ――――アタシは、十二月三十一日あやかだッ!!」
浮上する意志と昏く沈む執念。
リロードクラッシュ。異形を弾き飛ばし、銀のグローブが突き抜けていく。
「お前はどうなんだ! お前は誰なんだ――――えんまッ!!」
「私は、負けるわけにはいかない。遥加を守るのは、暁えんま、この私」
腕が消し飛んで、その瞳に色が戻る。執念の一撃。爆心地は、マギア・ジョーカー。隔絶する歪みの空間が全てを押し退けた。
炸裂する『時空』の秘奥は、拒絶の極致。まともに受けたあやかの肉体が容赦なく消し飛んだ。その光景を目に焼き付けて、ジョーカーは高らかに哄笑を上げる。
♪
「私は終わりのあやか」
少女は言う。世界を支えし者だと。自分こそが中枢だと。
「俺は終わりのあやか」
少女は言う。世界を駆ける者だと。自分こそが主役だと。
「化け物どもは私が討つ。あの人を取り戻すために」
少女は言う。世界を壊すと。しかし、同時に疑問を抱いていた。このままでいいのか。迷っていた。
「私は叶遥加を守る」
「俺は叶遥加を超える」
「私は叶遥加の騎士」
漆黒の繭の中で足掻き続ける
死闘の刹那に、あやかは自我の闇を感じた。自分はどうしようもない化け物で、だから夢を見ることすらおこがましい。自我を闇に塗り潰し、より破滅的な道に逃げていく。そんな心の弱さを黒い泥が満たす。
――――化け物にも、心はあったのね
言葉を思い出す。光だ。希望だ。得体の知れない化け物に身を堕とし、しかしそれだけではないものを感じ取った。だから、きっと。夢を誇らしく掲げる。そんな自分を肯定出来た。
高らかに、誇らしげに名乗れる。
「アタシは――――
♪
刹那の夢。
胸に手を当てながら、暁えんまは両目を開ける。
「――――あやか」
名前を呼ぶ。まだ、終わっていない。予感があった。崩壊圏に、紅蓮色の煌めきを感じた。ジョーカーは辺りを見渡す。滞空する粉塵が視界を阻む。この粉塵が晴れるまでに勝負は決するだろう。奇妙な確信があった。
(もうお互いに魔力は残っていないはず。視界の悪さも条件は同じ。引き金を引くだけのこちらが圧倒的に有利)
発砲。
音を頼りにあやかはこちらに向かってくるだろう。だが、それでいい。迎え撃つ。粉塵を割って現れた時、それが絶対の隙になる。
(これが、本当に最後――――)
粉塵を割る肌の色。右腕。
視認した時には、吸い寄せられるように銃口は動いていた。引き金にかけた指に力を込める。マギアの急所、心臓を狙って。発砲音、そして。
「終わりだぜ――――暁えんまッ!!」
声は後ろから。
(腕、だけ…………?)
彼女は知る由もなかった。あやかが未練のように抱えていた、切り離された英雄の右腕。それを囮として投げつけたのだ。よく見れば、あやかの腕ではないことは容易に気付いただろう。しかし、この極限状態であればこそ。
「私は」「俺は」
慌てて銃口の向きを変える。引き金には指が掛かっている。震え一つで発砲可能。付け入る隙を作ったが、それでもまだ五分と五分。
「「負けられない」」
指が動く。
意志と執念が喰い潰し合う。
(速い――――ッ!?)
最後の一歩は踏み飛ばした。一歩で加速したあやかは既にジョーカーの懐に潜り込んでいた。歪む空間。その中心にあやかの十指が届く。
歪み排する道化の極致。頑強な拒絶の隙間に十指が割り込む。
「もう、逃さねえッ!!」
そのまま力任せに押し広げた。歪む空間が、反対に弾け飛ぶ。周囲の空間に歪みが伝導する。世界が波打つ。ジョーカーの放った銃弾は軌道を変え、あやかの脇を抜けていった。
あやかは拳を固める。前を見据える。絡み合う視線。
「私の、魔法」
『時空』。
えんまは両目を見開いた。空間を歪め、時間を歪め、世界を隔てる。万物を拒絶し、自分の世界へと歪める。そんな精神性の発露。暁えんまは拒絶する。自我の外を拒絶する。絶対の壁。唯一の
そして、そんな壁を紅蓮の拳撃が打ち砕いた。
「『終演』――――俺が倒してみせる。ヒーローにだって、なってやるさ」
あの黒い繭の中、ようやく自分を取り戻せた気がする。どこか沈んでいたものが光に照らされた。もしかしたら、もう何もかも遅いのかもしれない。しかし、それでも。最後の最後で諦めてしまえば、きっと自分はただの化け物になってしまうから。
(戦ってやる。なってやる。もう、絶対に、諦めない)
感情の奔流は魔法の燃料。放つ拳は一撃必殺。
あやかの『反復』は、逆境の壁を打ち壊すものなのだから。
「
力の奔流。破壊の渦がジョーカーの胴体を魔法ごと撃ち抜いた。あまりの威力に細胞そのものが分子崩壊を起こし、肉片すら散らなかった。綺麗に撃ち抜かれて身体に大穴を開けたジョーカーがゆっくりと倒れる。
あやかはその光景を見届ける。そして、よろめきながらも、二本の足でしっかりと大地を踏み締めた。
「勝っ、た……」
ぎりぎりの勝利だった。倒れたジョーカーも心臓は無事だった。故に、まだ死んではいないのかもしれない。しかし、肉体の損傷具合、何より生気を全く感じさせない開ききった瞳孔を見ると、もう二度と動けないだろうとあやかは感じた。
「立て、立たなきゃ……」
勝ち残った者にはそれなりの責任がある。遠くで聞こえる戦闘音。真由美が『終演』と戦っているはずだ。まだ、終わっていない。
(真由美と合流して……一緒に、戦ってくれるかな?)
彼女には随分と酷いことをしてきたし、されてきた気がする。お互い、水に流して済む話ではないだろう。それでも、やはり、捨て切れない。
そして、あやかは顔を上げて。
「どういう、ことだ…………?」
『終演』が、あの運命の砂時計が撃墜される一撃を見た。
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