Kampf auf Leben und Tod――――Held
【死闘――――ヒーロー】
マギア・ヒーロー。
その魔法の性質は――――『増幅』。
情念が尽きぬ限り、自己のあらゆるものを無限に膨れ上がらせる。想い尽きぬ限りは神の座にも届くはず。少女はそう考えた。
♪
名前を呼ばれた。存在を承認された。
それがこんなにも喜ばしい。
「行くぜ――――覚悟はいいな?」
『あやか』が両腕を広げた。抱き締めるような仕草に、あやかは生唾を呑む。ついに本気で握られた拳。その威圧感に全身が震え上がった。
「リ」
音は遅れて届いた。強靭な踏み込みが股の下で怒号を上げる。
「ロード!」
拳撃。返り血を舌で拭い、『あやか』は口角を吊り上げた。
あやかの右手刀が手首を捌いていた。それで弾かれるほど軽い拳撃ではなかったが、全身が砕かれる無様は回避できた。逸らしきれずに被弾した左腕が氷細工のように砕け散る。
「は、捌いたか! 気合いだけじゃねえ、ちゃんと積み重ねてきたんだな!」
(これ、捌いたって言うのか⋯⋯!?)
滅茶苦茶だ。
「リペアぁ!!」
「ほらほら! まだまだ行くぜ!!」
楽しそうに口元を綻ばせる『あやか』に、あやかの表情は引き攣った。威力の膨れ上がった拳撃はガードし切れない。フットワークに頼って回避。返しの拳を見舞うが、軽々と弾き飛ばされる。
「らぁ!!」
魔法抜きの右ストレート。胸部にヒットした一撃に鎖骨が砕けた。
「リロード、リペ「遅ええ!!」
ヘッドバッド。揺らいだ視界に異物が混じる。背中いっぱいに当たりに来た怪物少女の姿。格闘センスに任せた一撃をぶっ放す。
発勁。
逆らわずに吹き飛ばされて威力を流すが、両足に溜まる倦怠感は無視出来ない。魔法だけではない。素の戦闘能力も卓抜している。
「ははは、やっぱ強えぇ⋯⋯」
「俺様は『あやか』だからな! お前だって、そうじゃないのか?」
予想外の問い掛けだった。
だが、呆けている余裕はない。魔法を織り交ぜながら追撃を仕掛ける『あやか』に翻弄され続ける。
「感じろ。俺様の拳は風を切ってんぜ?」
デッドロックとの死闘で掴んだ感覚の極致。マギアの契約を果たしたあやかが、終わりのあやかとして掴んだ極致を。
「お前には俺様の攻撃が見えている。いくら魔法で再生するからっつも、たったそれだけで俺様と戦えるはずないぜ」
聞け。見ろ。感じろ。
戦いの流れ。筋肉の動き。支える足運び。これまでの死闘の全てが糧になる。極限必死の殴り合い。歯を食い縛る。足腰を踏み締める。視線を上げろ。見据えるんだ。
「「リロード!!」」
ぶつかる拳撃。とうとう真正面から殴り合えるまでになった。だが、やはり実力は『あやか』に及ばない。一瞬の拮抗すらなく打ち負ける。
「けどな! 勝つのは俺様だぜ!」
「リロード! リペアッ!!」
負けは終わりじゃない。何度でも立ち上がれ。紅蓮に燃え上がるこの情念が尽きるまでは。
だが。
けれど。
しかし。
実力の壁は、どうしようもない現実として立ち塞がる。攻め手に欠けるあやか相手に、『あやか』の攻撃は勢いを増すばかり。鋭い上段の蹴り。顎を揺らされたあやかが大きく上体を逸らす。体幹の限界を越え、後ろに転げる直前。
「リロード!」
襲い掛かる拳。死神の一撃だった。この体勢からは回避不可能。だからといって反撃の一打を放つにはバランスが崩れ過ぎている。
「リロード――インパクトッ!!」
無論、『あやか』もそれを承知だ。分かっていて追い込んだ。天性の格闘センスと、積み重ねた経験の結晶が。
「あばよ! 楽しかったぜ!」
今度こそ。
リペアの魔法で再生するまでもなく、一撃で全身を砕かれるだろう。
それでもあやかは目を逸らさなかった。回避か、反撃か。選択したのは後者だった。ただではやられないと、そんな破れかぶれではない。
信じていたから。
友達のことを。
「一緒にって、言ったもんな⋯⋯!」
「ようやく、追いついた⋯⋯!」
倒れそうになった身体を支えられる。水色の親友の腕に。
あやかは反撃の拳撃をぶっ放す。認識外の一撃が『あやか』の横っ面に突き刺さった。派手にぶっ飛んだ怪物少女が、それでも両足から危なげなく着地する。
「⋯⋯⋯⋯?」
どうやら、目の前の光景を正しく認識出来ていないようだった。紅蓮の少女の背を支える水色の少女。光を屈折させ、気配を遮断し、まるで光学迷彩のように潜んでいた。
『あやか』をも欺いた潜伏魔法。
そんな魔法を、どうしてあやかは察知出来たのか。数秒、考える。察知出来てはいない。単純に、助けてくれると信じていたから。
「ああ⋯⋯⋯⋯そうか」
結論に納得する。あやかはきちんと言っていた。別の強さを知っている、と。これが、きっと、そうなのだ。
「高月さん」
「大道寺⋯⋯」
少女と少女が向き合った。
「私、ここまで追いついたわ。そして、貴女に勝ってみせる」
あやかと真由美。紅蓮と水色が並ぶ。『あやか』は自分の身体が震えていることに気付いた。怯えか、それとも武者震いか。いずれにせよ、自身の魂を揺り動かしたのだ。
感情の全てが歓喜に収束する。振り切る。
死闘を、と。高月あやかが凄惨に笑った。
♪
記憶を掘り返してみると、そこに色は付いていなかった。
幸も不幸も、本質は同じだ。心を揺り動かし、記憶に刻まれる。情念の動力源。全てを糧にして少女は突き進む。
「進んだ先に、ナニカがあると思ったんだ」
真っ暗なトンネルも、少女がいれば栄光の花道に変貌する。誰よりも優れ、誰よりも熱く、誰よりも真っ直ぐに。そんな怪物についていける人間は存在しなかった。
少なくとも、少女の周りには。
「違う。見ていなかっただけなんだ」
鏡。自己との対話。
高月あやかが誰にも話せない秘密。鏡の自分には全てを吐露する。怪物を受け止められるのは、怪物しかいない。
少女は理解していた。姉が居た。自分を追いかけてくれる少女が居た。心身を鍛える幼馴染の少年が居た。けれど、怪物は少しも歩みを止めなかった。彼ら彼女らは、ついに追いつけなかった。
「魔法なんてものがなければ、果たして自分はどうなっていたか」
問いを投げる。答えは見えていた。きっと、何一つ変わりはしなかっただろう。世界は広い。特別なナニカを見つけて、ぶっちぎりで極めてしまう。果てには孤独しかない。
そんな未来を予見した。それは。
「嫌、だな⋯⋯」
鏡に手を添える。境界が揺らぐ。少女には未来が見える。果てには手が届く。鏡が水面のように揺らいだ。きっと、鏡の中の自分もこのまま喰らってしまうのだろう。手を伸ばせば、届いてしまう。
「女神アリス」
鏡の中の自分が
その存在は救いであると同時に、欲を炎上させる燃料になった。自分以外にも、居た。秘めた情念の行き着く先、人であることを超えてしまった存在。対等な相手をついに見つけた。
敗北は、初めての経験だった。
だから心が熱く燃え滾った。
届かぬ果てが見えた。手を伸ばしても届かない。届いてしまうことが、いつしか恐ろしくなった。そんな少女の
「深く重い漆黒は、俺様の色だ。全てを飲み込む。決して変わらない。夢も欲も全てが等しく――そして無限だ」
漆黒に染まった鏡面から、怪物少女が飛び出した。吸収率100%の
鏡が砕けた。枠が蒸発した。
理解する。自分はとっくに漆黒の汚泥に飲まれていたのだ。身も心もネガに堕ちていたのだ。
自覚する。自分の夢を。魂を投資する約束の賭け。その願いはもう思い出せない。このままただの怪物として討たれる。そんな果てが見えてしまった。
思い返すのは。
――――俺様はなれなかったよ
何故だ。
どうして。
それは後悔の言葉だった。そうなりたかったのか。友達になりたかったのか。漆黒の闇の底まで来てくれた少女の献身、何よりその情念の深さを思い知る。
本当に、追いつけなかったのか。
どうしてそんな判断を下したのか。
漆黒の怪物が内から弾け飛んだ。高月あやかが砕けた鏡を喰い貪る。少女は変わらない。あらゆる正邪を糧に。願いも呪詛も等しく、心の原動力だ。
「無限に成長を続ける」
それが、高月あやか。
「でも、願ったことは――」
ずっと誰かを求めていた。独りにならないように。そんな夢だったのだろう。じゃあそれも掴んで魅せよう。
誰よりも強靭で。
誰よりも貪欲で。
高月あやかの自我が覚醒する。汚泥を飲み干し、それでも芯は揺るがない。だから全力で拳を握る。昇華も堕落も等しく飲み込む。少女の自我は決して揺るがない。
♪
「俺様は女神を倒す」
高月あやかは宣言した。
「お前らも全力で打ち負かす。心までも手に入れてやる。欲しいものは何もかも掴んでやる。それが、俺様の強さだ」
熱い視線を投げられ、水色の少女が目を逸らした。いじらしい反応にあやかがムッとする。
「嫌なら止めてみせろ! 俺様を止められんなら『本物』だぜッ!!」
少女二人が駆け出す。想いを胸に。情念を結実させろ。負けられない。これは夢を叶えるための戦いなのだから。
これは、『偽物』が『本物』になるための
「リロード――インパクトッ!!」
「ぃやっはああ!!」
膨れ上がった拳撃が気迫だけで弾き返される。巨人が
(やば⋯⋯ッ!?)
「ロード!」
腕を振るった真由美を守るのは鎖の束。だが、強烈な加速は『束縛』を振り切った。
「手順複製、リロード!」
拳を放つ前に腕を引く一動作。その隙に右腕を絡み取って
「リロードロード!」
止まらずタックルに切り替える『あやか』を、あやかの突撃が逸らす。
「リロード! クラッシュ!」
「させっか!?」
クラッシュの魔法が発動する直前、『あやか』の蹴りが組みつきを剥がす。そのまま視線を周囲に。真由美の姿が三人に増えていた。両手に巻き上げるのは『束縛』の鎖。全身を縛り付ければ逃れる術はないはずだ。
「っらぁあ――――ッ!!」
鞭のように全方位から襲い掛かる鎖。だが、『あやか』は蛮勇だけで必殺を引っ掴んだ。力任せに振り回して絡め取る。荒ら猛しく右腕に巻き付かせ、そして、封じられた腕の根元を捩じ切った。
「リペア」
壊滅的な響き。
物理的に『束縛』の魔法を千切った彼女は、たった一言で右腕を再生させる。同種の魔法を担うあやかには分かる。苦痛も、恐怖も、変わらずそこにあるはずなのだ。
高月あやかにとって、それらは障害ではなかった。感情を動かすもの全てが情念の糧になる。
「リロード」
ガードした腕がへし折られた。再生能力だけならば同等に近い。下がってリペアの魔法を使おうと。
「前へッ!」
姫の言葉に
(寧子の、『治癒』かッ!?)
グニャリと歪んだ『あやか』が目前を殴る。
「リロード」
水色の陽炎がガードしようとした手足に飛びついた。予想していれば即座に振り切れただろうが、虚を突かれて反応が鈍る。
「リロード、リロード――――!!」
踏み締める足腰。右の拳がインパクトを膨れ上がらせる。『反復』の魔法の極致。ここに、届く。
「
心臓。魂。マギアの急所。ネガであっても、魔法の核には違いないだろう。撃ち抜かれた拳が左胸に突き刺さる。肉体をズタズタに引き裂く一撃を受けて、しかし『あやか』に浮かぶのは不敵な笑みだった。
「効いたぜ」
心臓を穿った。
否、そうではない。
「心臓で受け止めたってか!?」
「俺様の魔法の源泉だぜ? こんくらい強ええのは当然だ!」
ここまでやって及ばない。
「折れたか?」
『あやか』が大きく下がる。マギア・ヒーロー。輪廻の『ボア』。そんな名も、飾りの枝葉に過ぎない。少女は徹頭徹尾『高月あやか』だった。揺るがない。人の身でありながら、情念の怪物でもある。
「「そんなわけがない」」
そんな怪物に及ぼうとしたのだ。あやかも真由美も全く諦めてはいなかった。『あやか』は愉快そうに笑う。
「そうだよなあ⋯⋯じゃなきゃ面白くねえもんな?」
二人に背を向けて。
怪物少女は言葉を投げる。
「だろう――――
♪
真に孤独を克服したものは、人間とは呼ばない。
人と人との間に生きる社会的存在。関わりに生きるのが人間の定義だった。故に、人間に真の孤独は存在しない。真の孤独を当然のように享受したかつての純白少女は、その身を神へと転じさせた。
――――それが、高月あやかと叶遥加の差異
少女はウサギを抱き締める。人を超越したが故に、人間であることが難しくなった。まるで群れから弾かれた獣のようだ。
――――僕が僕で在れる理由は、君が真に念じたからに他ならない
――――情念の怪物には、それを想う人がいる
理外の怪物を友と呼ぶ。そうまでして求められることを欲した。連なる情念の輪に加わるため。女神は外側で『救済』を振り撒くことに疑問すら抱かなかったのに。
――――だから君に惹かれる人がいる
――――君が自分の夢を諦めない限り、彼女たちはどこまでも追い縋る
手を伸ばせば届く気がした。より高みまで至れば、一層求められる気がしたのだ。月を掴むような儚い欲は、しかし神の頂まで指が掛かった。
「俺様が願った夢を、お前は知っているのか?」
『そうであって欲しいと願うことは出来るさ』
全てを飲み込み、何色にも染まらない。そんな漆黒に臨む紅蓮と水色。手を伸ばせばきっと届く。そんな儚い夢を微塵も疑っていないのだ。
「答えを聞こう」
αが翼を広げた。
「なんも変わんねえぜ?」
変わるくらいなら、きっとここまで来ていない。
「それでもいい――――君の口から答えを聞きたいんだ」
「手を伸ばし続けるよ。至る先に。そこまで着いて来られる奴は⋯⋯お前しかいねえんだろうな」
月を掴むような話。情念の至る先を見届ける契約を交わしたメフィストフェレスと同じだ。果てなきことであるからこそ、その果てを求める。
「来るさ」
根拠の無い出鱈目をαは口にする。
一目置いて貰うための方便に過ぎない。
「来たら、いいなぁ⋯⋯」
そう言って、
かつての二人の会話。
♪
「来たよ」
肩に留まるαが囁く。囁きの魔力も『あやか』にとっては情念の起爆剤に過ぎない。決してブレぬ自我に轟き響かす。
「「そろそろ決めようぜ!!」」
あやかと『あやか』の声が重なった。もう一人じゃない。ここまで辿り着いた健気な少女が、あやかの背に手を乗せる。
彼女はあやかの意図に気付いていた。確かな勝算があった。それでも、そのためにどんな末路に至るのか。そんなことは勘定に入っていなかった。
それでも、きっとあやかは止まらない。それが、よく、わかる。
「⋯⋯⋯⋯ばか」
小さく呟くその言葉は、あやかの魂に響いた。
「⋯⋯悪い。本当に悪いと思ってる。けど、これがアタシの選んだ道なんだ。『
止めるか?」
「止めるわけないじゃないッ! ばかばかばか――――ッ!!」
色が煌めいた。
魂の煌めきが紅蓮に連なる。
覚悟の一撃。『本物』の一打。お互いに理解し合った。
「真由美――――ありがとう」
真由美の声が聞こえた。あやかは真由美のところまで辿り着いたし、真由美はあやかのところまで辿り着いた。静かに身を落とし、クラウチングスタートの構えを。
ぶつかり合うことに『あやか』は応じてくれた。十二月三十一日あやかを認め、向き合ってくれた。今この瞬間だけ、あやかはこの、絶対的な
「だから戦おう、一緒に」
これは自らが勝ち取ったもの。
だから見届けて欲しい。この最後の煌めきを。
「行って――――あやかッ!!」
(名前を呼んでくれて……ありがとう)
「私は――アンタとも一緒に戦いたいッ!!」
祈り。こんなところまで追って来て、取り戻そうとしていた親友。十二月三十一日あやかの存在は、真由美の中で彼女と同等にまで膨れ上がっていた。
それでも止められない。
意志を示したあやかにこそ、真由美は惹かれたのだから。
紅蓮の道と漆黒の道。反復し、増幅する。あやかと『あやか』がこれまで積み重ねてきたものの集積。至る全てが情念の魔法に注ぎ込まれる。
「いくぞ」
「来い」
にっかり笑ってあやかは前に進む。
αは、真由美は、その行く末を。
「――音速」
『あやか』は応じた。
真由美は背中を押した。
「弾丸――――」
「「 マ ッ ハ キ ャ ノ ン
―――――――― ッ ッ ! ! ! ! 」」
たった一歩。それだけで音速どころか光速にすら匹敵する。決着は一瞬にも満たない刹那の領域。
「楽しかったぜ」
「強いなぁ――――――本当に」
微粒子レベルで破砕される肉体。魂も肉体も情念も砕かれる。そんな圧倒的な暴虐に晒されながら、確信の笑みが途切れない。
「でも――アタシの勝ちだッ!!」
色のない世界に光が溢れた。
『あやか』の絶対的一撃は、あやかを伝って
「てめぇええ、やりやがったな――!!!?」
激昂する『あやか』。彼女を本当の本気にさせれば、あやかの勝ち。本当はちゃんと打ち勝ちたかった。けれども勝てない可能性の方が高かった。だからあやかは託したのだ。
――――ほら、一緒に戦うってそういうことだよ
負ける気は全くなかった。だってあやかには最高の仲間たちがついている。
大道寺真由美。
二階堂一間。
御子子寧子。
四月一日みぃな。
郁ヒロ。
暁えんま。
そして――――⋯⋯
「さぁ――――――迎えにきたよ」
そして、叶遥加。
世界に光が満ちる。神々しい白髪を揺らしながら、女神アリスは大弓を引いた。全ての情念の救済。高月あやかという少女を黒い輪廻から解き放つ。そんな光の菩薩。
「女神アリス――――――こんな、ことが……⋯⋯」
黒い泥を引き連れて漆黒の巨人が立ち上がる。巨人の黒い腕が少女を取り込もうとするが、光の矢が全て凪払った。結界が全方位で消し飛んでいく。
――――女神の光が満ちた。
♪
白い光の中、二人のあやかは向き合う。
「やりたがったな、てめえ⋯⋯⋯⋯ッ」
「女神に挑むんじゃなかったのか?」
勝ち誇った表情であやかは言った。隔絶する結界が剥がれた今、『あやか』もαも、女神アリスという法則に存在を滅せられる道しかない。
無論、抗うだろうが。
「そろそろ決着をつけるべきだと、僕は思うよ」
広がる小さな翼。αが足下にすり寄る。『あやか』は登りやすいように右腕を下ろす。伝って、肩の上に。
「ファンの言葉には耳を傾けないとな!」
あやかは拳を前に突き出す。高月あやかは笑った。猛禽のような鋭い眼光ではない。柔らかな、自然で穏やかな笑みだった。
「やってみろよ。挑戦してみろよ。お前、強いぜ!」
「あやか、君の神下しの物語を完結させるんだ。どんな結末でも、僕は見届けたい」
二人のあやかの拳が重なる。宇宙の理に挑む。この挑戦は胸躍る物語。
「じゃあな。頑張れよ、あやか」
「おう。ありがとな、あやか」
数奇な輪廻の運命の果て。会えて良かったと二人は思う。戦い続けたことは正解だった。今ならば断言出来る。
二人の背中が離れていく。戦い終えた者と戦いに赴く者。それを見届けたαは共に戦場に向かう。この二人も奇縁極まる盟友同士だった。
光の奔流の中、大道寺真由美だけは全てを見届けた。
女神の光が世界を満たす。翼を生やした白ウサギが蒸発した。全力を全開で振り絞ったあやかの残骸が光に溶けていく。ただ唯一、拳を握って果敢に攻める少女だけは。
(高月さん、これが、貴女がやりたかったことなの⋯⋯⋯⋯?)
このために、どれだけの涙が流れたことだろう。少女が覚えていない悲劇もたくさんあったはずだ。その全てが『偽物』の人形劇だと切り捨てはしない。『本物』の情念がそこにはあった。決して軽んじられるべきではない。
(⋯⋯いいわ。全力で暴れなさい。暴れて、暴れて、やり切ったら、ちゃんと帰ってきて)
あの、騒がしくも平穏な教室へ。彼女を遠くから眺める自分の元へ。
トロイメライ――あやかがこの世界に至った理由を、真由美は理解していた。あやかは『終演』を越えたのだ。どうしようもなく手遅れだったとしても、ちゃんと成し遂げたのだ。
神下しの神話の完成。
それはあやかの
業を喰らうために、終わりのあやかは真世界に呼び起こされたのだ。
だが、高月あやかは業を喰らわなかった。『本物』の紅蓮の煌めきへの敬意があった。故に、あやかはあやかのままでいられたのだ。
(証明した。認められたんだ――――あやか、貴女は『本物』よ)
『救済』の光に潰れた『あやか』の手を、真由美が掴む。女神が大弓から手を離した。もう大丈夫。あどけない顔に安堵が混じる。彼女もずっと戦い続けてきたのだ。
「真由美、俺は――――――――⋯⋯⋯⋯」
「高月さん」
抱き締めた。
もう離さない。
やっと掴まえた。
とびっきりの笑顔で宣言する。
「私の――――勝ちよ」
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