Magia Front

【マギア戦線】



 運命の砂時計。こうして改めて見上げると、その圧倒的な大きさと威圧感に心を潰されそうだった。相当離れた位置に展開していたマギアたちも全員、最終目標の全容をその目に収めている。

 そして。


『おいおいマジかよ⋯⋯』


 デッドロックの心の声が漏れた。『終演』の周囲が奇妙に歪んでいる。世界の崩壊、その端緒。神里の高層ビルが根こそぎ浮き上げられ、ゆっくりと周遊している。

 破滅的な光景に足りないもの。そこには、人の悲鳴が無かった。その代わりに燃え上がる虚の柱。空虚な火柱が次々と人の形を象っていく。


「なんだアレ、初めてみたぞ。『終演』の使い魔とかか?」

「⋯⋯いいえ。あんなの、見たこと、無い」

「私が戦った時にもいなかったわ」


 あやかはジョーカーやヒロイックに並ぶ。ジョーカーの言葉に妙な違和感を抱いたが、それどころでは無い。『M・M』を警戒して散開していた布陣が役に立った。各個、無数に湧き出る黒人形の撃破に走る。


「マーカー、メーカー⋯⋯」


 ジョーカーが忌々しげに唇を噛んだ。考えられる要因はそれしかない。あやかの記憶の中でも黒人形は出現していない。『M・M』がここで姿を現わすのは初めてなのだ。


「私、行くわね」


 飛来してきたビルが砕け散った。

 あやかの握った拳の一撃、ではない。それに匹敵する鎖の塊がヒロイックの大蹴りから繰り出されていた。


「俺も前に出たい。このままじゃ誘導前に潰される」


 プランB。周囲の物理法則を崩壊させる『終演』への接近は危険だったが、想定よりも脅威度が上だった以上、確実に攻撃が決められる位置まで近付かざるを得ない。


「⋯⋯賛成。ヒロイック……トロイメライの護衛、私に、託して」


 ヒロイックはウインクを返した。自身は後退し、自縛城塞を維持しながら人形の群れに突っ込んでいく。

 目前に、『終演』が放った大火球が迫る。


「セット――――歪曲」


 熱量が散らされる。


「リロード! リロード! インパクトキャノン!!」


 拳の一撃。空間が弾けた。一切の回り道をせずに、あやかとジョーカーは前に進む。


(俺がさっさと決めてやる。だからやられんじゃねえぞ、みんな!!)







「やばいやばいやばいやばあああい!!」


 一方、スパートはやられかけていた。

 天に揺蕩たゆたう『終演』、ソレが放った黒人形。その一体一体が弱めのネガに匹敵する。一体ならともかく、まとめてかかられたら対抗しようが無かった。


「このッ! くらえッ!」


 それでも、動きは様になっていた。振り乱す両手のサーベル。刀身の射出が遠距離攻撃を牽制する。

 生き残る、そしてとにかく走る。それが特訓で身につけたスパートの秘策。そして、走った先には。


「はは、手間かかる後輩は嫌いじゃないね!」

「そんな気はした!」


 流浪のデッドロック。赤槍を豪胆に振るう。スパートが引き連れた黒人形、千体近く。その絶望的な光景を見て、なお挑戦的な笑みを浮かべる。


「連れてきてなんだけど、ホントにいけそう!?」

「おー織り込み済みだー」


 走ってきたスパートをラリアットのように掬い上げる。速い。やはりマギアの身体能力向上を十全に使いこなしている。大きく旋回するデッドロックにスパートは疑問符を浮かべた。


「どうする気!?」

「こーする気!!」


 地面から巨槍が這い出てきた。四方四本。デッドロックがそのうちの一本に飛び乗る。指を鳴らす仕草が、どこかヒロイックに似ていた。

 巨槍から放射された獄炎の渦。誘き出された人形どもがまとめて蒸発した。膨大な熱量で、右手に摘まむ板チョコが溶け出す。ぺろりと舐め取るデッドロックは、戦場を大きく見渡した。


『メルヒェン、下がってスパートと雑魚狩りだ。ヒロはそのまま中間地点で暴れてろ。いいか、トロイメライとジョーカーに近付けさせんな!!』

「前! 来てる!?」


 視界が燃え盛る。死滅の大火球、それが一直線に向かってくる。崩壊の熱を浴びた大地から次々と湧き出してくる黒人形。逃げ道を塞がれた。


「チッ――!」


 舌打ち一閃。限界まで引き延ばされた長槍を振り回し、力でねじ伏せる。走り出そうとした、その目前、大量の泡が大火球を包んだ。熱量がじわじわと削ぎ落とされる。そして。


「でえええええりゃあああああああああ――――――――!!!!」


 気合一閃。スパートの太刀筋が大火球を真っ二つに切り裂く。破壊の余波が左右に流れ、湧き上がる黒人形どもがまとめて蒸発した。


「はっ――――やりやがる!」


 空中で勢いを無くしたスパートが不格好に着地。その隙をデッドロックの槍捌きがフォローする。


『任せた』『任された!』


 進むデッドロックと下がるスパート。

 英雄ヒロイックのように、踊るような剣劇を。無駄の無い動きと『治癒』の魔法。それらを組み合わせたスパートの才能が戦場で開花した。

 前を駆けるデッドロック。その隣に橙のマギアが併走する。


「で、僕はどうすればいい? あの子の援護?」

「バカヤロー、お前は最前線だ。トロイメライのサポートに回れ」

「…………冗談でしょ?」


 上空から飛来する高層ビル。圧倒的な質量が襲いかかる。マギア二人は大質量と墜落の衝撃を身のこなしでいなす。


「ジョーカーとメルヒェン、奴らの動向に注視しろ。トロイメライの一撃を絶対に通せ」

「へいへい、そりゃ重要な役目をどうも……」

「聞け、一間」


 地殻変動が起きそうな規模の攻撃を凌いだ先、ぽっかりと空いた空白地帯で立ち止まる。デッドロックは魔力飴ヴィレを取り出すと、自分の指ごとデザイアの口に突っ込んだ。


「お前なら、奴らを出し抜ける。何企んでんのか分かんねーが、ヒロが暴れるためのフォローはあたしらでやるぞ」


 舌を撫でられた。くすぐったさに怖気が走る。首から上が妙に熱い。気まずそうに目を逸らすデザイアに、デッドロックはにかっと笑った。指を引き抜いて、火炎槍で道を空ける。


「行け。お前も、あたしやヒロに並ぶんだ」

「……やる気出ること言ってくれんじゃん、このタラシ。ご要望通り出し抜いてやるよ、


 とにかく敵の多い方へ。激戦区に自ら突入するデッドロックを見送りながら、デザイアは不敵な笑みを浮かべた。見上げる。あの巨大な敵を。

 横に倒したピースから右目を覗く。


「デザイア! さぁて、破滅的に暴れてやりましょうか!

 だから――――







 砕いたコンクリートの破片が黒人形を薙ぎ払う。破壊の中心、自縛城塞ヒロイックが暴虐を振りまいていた。


「予想以上にヤバいわね……すぐに全員ジリ貧になっちゃうわ」


 鎖の乱打を抜けた人形を蹴り抜く。展開していた自縛城塞を出鱈目に弾き飛ばし、一掃。魔力飴ヴィレを口に含み、大量のリボンを右方に開く。襲来する大火球。


(やっぱり、『終演』の攻撃規模が桁違い…………ッ!)


 リボンで包み、焼き尽くされる前に軌道を変える。爆風に乗じて加速。鎖で補強した蹴りで人形の肉体を砕く。

 マギアの身体能力と、鍛え抜いた魔法。その全てを以てしても。


「は――――っ、来たわねッ!!」


 昏い瞳で威圧する。暴風が呼んだ雨に紛れて、色がまたたいた。

 橙、赤、緑、水色――――そして、黄。小柄な少女のような風貌。呪詛の矢印に巻かれたソレは、『マーカーメーカー』。


「りり。りりり」


 大地を蹴る。色取り取りの矢印に貫かれた人形たちが色を持った。身を開いたヒロイックの頬を熱が撫でる。


「りりり?」


 槍を構えた赤人形。それが放った火炎の一撃。周囲を橙のバブルが囲む。ヒロイックの右の五指から鎖が伸びる。視界を歪める泡々を叩き割り、グラディウスソードの突進を蹴り砕く。


「り」


 人形が。

 次々と。


「りりりり、りりりりりり。りり」


 色を、持つ。


「りりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりり――――――――!!!!!!」


 乱戦、死闘。

 『M・M』がけしかける人形たちが入り乱れる。その中、ヒロイックはたった独りで応戦していた。

 鎖。捕縛。蹴り。投げ。突進。重り。

 ありとあらゆる攻撃手段で次々と破壊を撒き散らす。『M・M』から伸びた矢印が分銅に遮られる。僅かな質量であっても、あの凶行を防ぐにはもってこいだ。


(けど、これじゃあ――――――――!)


 拮抗、それではダメだ。最終目標が『終演』であることに変わりは無く、ヒロイックの魔力も無尽ではない。雑に投げ飛ばされたビルの残骸に戦術が圧し潰される。


「嘘、でしょ――!?」


 右腕、自分の魔法に捕縛される。踏み込み。まるでハンマーのように振り回し、空気摩擦にすり潰す。ついでに周りの人形も薙ぎ倒した。

 だが、あまりにも大味な反撃。バランスを崩したヒロイックに緑閃剣が迫る。石片を蹴り上げた目眩まし。身をかがめたヒロイックは、ここで背後の赤槍に気付く。


(だめ――――間に合わッ!?)


 金属音。グラディウスソードと大槍の切っ先が衝突した。熟練の差か、剣ごと緑人形が砕け散る。

 尻餅をついたヒロイックが、その顔を見上げた。腕を掴まれて無理矢理立ち上がらされる。隣に立つ、赤い相棒は。


「みぃな!」

「行くぜ、ヒロ!」


 並び立つ。

 かつてのように。そして、かつて以上に。

 一番槍が飛び出した。長短二槍、魔力を温存しながら人形の群れを切り崩す。鎖とリボンが軍団の足を崩す。ヒロイックが指を鳴らし、落ちる分銅が『M・M』の呪詛刻印を阻む。


「りりり。夢だったの」


 鎖で四肢を補強したヒロイックが躍り出た。両手両足の打撃と、リボンによる捕縛。全開の隙間を縫ってくる人形を、デッドロックの大槍が斬り伏せる。


「誰かと、こんな風に、全力で戦えるのって」

「あんた、メチャクチャだからな。ついていくのが大変なんだよ」

「それでも――――貴女は来てくれた」


 気付くと、背中合わせに。お互いの動きが、呼吸が、手を取るように分かる。

 死角は無い。逃げ場も与えない。何者にも止められない。前へ、前へ。『M・M』に迫る。


「私ね、夢が叶ったよ」


 極彩色の矢印が無数に分化する。分裂し、増殖し、膨張する。呪詛の加速刻印。殺到する呪いの群れ。そんな脅威を、ヒロイックは笑って迎える。


「おかしいな。でも、もっともっと欲しくなっちゃう。まだ足りない。私って欲張りなのね」


 ぶつかる。

 デッドロックは、犬歯を剥いて獰猛に笑った。


「いーんじゃねーの? あたしも好き勝手やってきて分かったよ。ちゃんと自分をとーすのは、難しい。でも、それでも掴めたんなら――それはきっと、本物だ」


 だから、と。


「ヒロは、ヒロのやりたいよーにやればいい。我慢なんてしないで、さ」


 『M・M』は全てを放った。英雄コンビであろうとも、まともに受ければ無事では済まない。

 だが。

 極彩色の、マネキンのようにのっぺらとした少女、その薄い胸には。

 デッドロックの大槍が貫通していた。燃え盛る業火に呪詛が立ち昇る。呪詛に侵食される前に、ヒロイックの鎖が四肢をへし折った。音のない断末魔。

 そして、ついに『M・M』の呪詛が焼け落ちた。


「バッチリ効いたな。あいつも魔法由来の何かなのか」


 デッドロックの『幻影』の魔法。蜃気楼で作った幻は、『M・M』を完全に出し抜いていた。


「詮索は――あとねッ!!」


 飛来する大火球。ヒロイックのリボンが大網となって受け止め、鎖で固定して勢いを殺す。数秒もしないうちに炎上するが、デッドロックが召喚した巨大な槍がその中心を穿っていた。火球が霧散する。


「人形の出現は止まったわね。『M・M』の干渉がなければいずれ殲滅出来そう。けど、『終演』の脅威は何一つ衰えてはいない⋯⋯」

「てか、ますますヤバくなってねーか?」


 周囲の瓦礫と、大地そのもの。根こそぎ剥がされては、出鱈目に放出されている。気まぐれに放たれる大火球も、その一発一発が決まれば必殺の威力がある。


「世界の、命運が、尽きる」


 ヒロイックの言葉に、デッドロックは『終演』を見上げた。

 巨大な砂時計は、徐々に傾いていた。今まで観察している余裕なんてなかったが、傾きは既に90度を越えていた。砂はもう、ほとんど落ち切っている。


「アレが引っ繰り返った時、


 疑問を挟む余地は無かった。本能が警鐘を鳴らしている。


「確か、前の時は回り切る前に追い返したんだよな」

「ええ。そして、今回は倒し切る」


 そのために、自分たちが出来ることを。

 英雄コンビは走り出す。







「あれ、無限湧き止まった?」

「デッドロックと、ヒロイックが⋯⋯『M・M』を、倒した」


 人形の色彩が溶け落ちる。周囲を跳ね回っていたあの大バネも風景に溶け落ちた。まるで水彩絵具のような呆気なさ。あやかとジョーカーは足止めを振り切って走り出す。


「それでも、まだ⋯⋯⋯⋯かなりの数」


 新たに黒人形は出てこなくなったが、これまで湧き出ていたものが消えるわけではない。クラウチングスタートの体勢を取るあやかが全身の筋肉を引き絞る。

 そして、瞬きした瞬間。


「⋯⋯魔力は、温存して⋯⋯貴女は、特に」


 嵐のような銃弾の音と、蜂の巣になって崩れ落ちる人形ども。拍子抜けしたあやかが脱力する。


「やるならやるって言ってくれよ⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯ごめんなさい」


 しゅんとするジョーカーの腕を掴んで、背負い上げる。ジョーカーにも時間停止や空間跳躍といった移動方法があるらしいが、どれも魔力の消費が激しい。結果として、マギアとして強化されたあやかの脚力が最もコストパフォーマンスに優れていた。


「まだ、何体かいるわ⋯⋯」

「そこから撃てるか?」


 首肯したのが背中の感触で分かった。おぶられたまま、ジョーカーが小銃の引き金を引く。狙いは的確、歪んだ空間の果てに全てヘッドショットに沈んだ。


「おわっと!?」

「⋯⋯⋯⋯揺らさ、ないで」


 だが、その反動は決して小さいものではない。マギアの腕力で強引に押さえつけているが、完全に予想外だったあやかの体勢が大きく崩れる。根性で立て直したが、ジョーカーはやや不満そうだった。


「お前、そういうとこ真由美にそっくりだな!」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯なに?」


 超不機嫌になった。あやかの背に冷や汗が走る。が、思い直してくれたのか、すぐにまたしゅんとなった。


「⋯⋯⋯⋯ごめんなさい」

「いいから集中しろよもう!!」


 迫る大火球。あやかが強引に軌道を直角に曲げた。背後を通過する膨大な熱量に、焦る。


「ジョーカー、そのままナビしてくれ!」

「あっち」


 首をぐりんと回された。あやかは堪らずロードの魔法で跳んだ。着地、踏み込み。目前に、大量の瓦礫と土砂が津波のように襲いかかる。


「リロード! リロード! リロード!!」

「セット――歪曲⋯⋯凝」


 ジョーカーが空間を歪めて、脅威を一箇所に押し込める。その分威力は凝縮されるが、あやかだからこそ、その方が都合が良い。


デストラックテッドDドライブD――――!!!!」


 拳の一撃。瓦礫も土砂も、圧倒的な拳撃で消し飛んだ。そのあまりにも莫大な威力に、ジョーカーの目が見開く。


「すごい⋯⋯これなら!」


 世界の色が閉じる。ジョーカーが時間を止めた。その手を背に触れられているあやかも、止まった世界を認識していた。


「ぶっつけ本番、いける⋯⋯⋯⋯?」

「やる! やっと――――やっと、ここまで来たんだッ!!」


 クラウチングスタート。最も加速に適した構え。

 あやかの最大最強の一撃。あまりにも強力故に、頭の中でしか考えていなかった、試すことすら危険な一撃。あやかの『反復』の魔法、その全てを結集させた拳撃。


「リロードリロードリロード――――――ロード、確率変動」

「歪曲、収束、反発」


 それに、ジョーカーの空間歪曲を加算する。歪めて、収束させた空間。そんな概念的なものを弓のように引き絞る。トロイメライという矢を放つための大弓に。


「時間停止、解除」


 世界に色が戻る。あやかの足元から、幾つもの灰色の道が渦のように湧き出した。それらは絡み合い、たった一つの道に結実する。

 その、目前。


「――――――ッ!?」


 大火球。莫大な熱量が迫る。


「ダメだ、避けらんねえ! 一旦、下がるぞ!」

「時間が、ないの⋯⋯⋯⋯!」


 運命の砂が、ほんの数粒。世界の命運が尽きるのに間に合わない。これが最後のチャンスだ。


「――――デザイア!」


 声がした。あやかの顔がぱぁと明るくなる。大量の泡が火球を覆う。ジョーカーが片手を伸ばした。

 歪曲。

 凝縮して、拡散。

 あやかは鋭く息を吐き出して、集中する。自分の役割。背中を預けられる仲間。思い返し、決意する。覚悟する。拳を、強く強く強く、握り締める。


「詰めが甘いっての! さあ、ぶちかましてやれよ」


 横ピースを決める橙のマギア。あやかの鼻先で、大火球が拡散して消滅する。

 道が――――拓けた。



「音速  弾丸


 マッハキャノン――――――――――――ッッ!!!!!!」



 近くにいたはずのジョーカーとデザイアですら、視認出来なかった。轟音が衝撃波の後ろから襲ってくる。身を固くして耐える二人。一直線に放たれる弾丸トロイメライ

 見届けて、ジョーカーは小さく両手を握った。

 デザイアは。


「ま、


 そう言った。







(いける――――ッ!!)


 確信があった。決まれば『終演』を打倒出来る、と。疾風怒濤の快進撃。十二月三十一日ひづめあやかはここでヒーローになるのだと。マギア・トロイメライの夢は実現するのだと。

 目の前に、色が見えた――――――だった。


「なん、で⋯⋯⋯⋯⋯⋯?」


 行く手を遮るように現われた乱入者。見覚えのある白い影が、あやかの進行方向に立ちはだかる。


「めっふぃ!?」


 いや、違う。

 遮ったのは確かにめっふぃだが、様子がおかしい。自ら飛び込んできたというよりは、何かに飛ばされてきたような。そして、その身体に巻き付いた水色の繰り糸。


「ちっっくしょう――――ッ!!!!」


 音速を超えているあやかには、空中のめっふぃだけを避けることは出来ない。ただでさえ全身バラバラになりそうなのだ。あやかはその身そのものが巨大な弾丸と化していた。

 インパクトの地点は触れた対象。その相手に圧倒的な運動エネルギーと増幅させたクラッシュの魔法を炸裂させる。


 だがら⋯⋯⋯⋯もう、逃げられない。


 叩きつけた拳がめっふぃの肉体を細胞レベルまで爆砕し、余った衝撃が丸ごと『終演』に降り注ぐ。力学を超越した爆発が巨体を襲った。あやかの骨が幾つか砕け散った。

 。どろりとした感情が自分に向いたのを感じた。

 爆風に舞い上がったあやかは、落ちながらのリペア魔法で必死に再生を図る。急ぐ理由があった。何故ならば。


「⋯⋯⋯⋯失敗した」


 砂時計が引っ繰り返る。

 これにて甘い夢の幕が閉じる。

 次いで、容赦ない現実が牙を剥いた。

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