Färben Sie! Färben Sie! Färben Sie!

【感情戦争彩り在れ】



 白と黒と灰色。

 色の三要素の内『明度』しか持たないとされる色。別名、『無彩色』。最後に残ったのは、モノクロの彼女たちだった。何も無かったが故に彩りを求める。自分に無いモノを獲得することこそが、物語性の根幹だ。


 白の少女は、生まれつき身体が弱くて想うことしか出来なかった。

 黒の少女は、自我の個性を見出せなくて生きる原動力がなかった。

 灰色の少女は、存在そのものが偽りであることを突きつけられた。


 戦うことは、勝ち取ろうとする意志だ。これは『偽物』が『本物』になる物語。彩りみどりのより取り見取り。

 マギア・トロイメライ。十二月三十一日ひづめあやか。

 あやおおせる少女の感情戦争を始めよう。






「ちっくしょう……ッ!」


 短い時間だが、確実に意識を失っていた。一分か二分か。それぐらいならまだいい。最悪全てが終わっている。


「なんなんだ、何が起きたッ!?」


 遠くで白い閃光と銃声が入り乱れる。戦いはまだ終わっていないようだ。すぐに駆け付けようとして、その動きがピタリと止まる。


「……そうかよ」


 意味ありげなアリスの含み笑い。その本当の意味を理解する。

 強烈なプレッシャーを感じてゆっくりと振り返った。あの質量を飛ばせるとしたら、候補はもう絞られている。崩れかけた身体と零れ落ちる砂粒。それでもなお、終わりの運命は立ち塞がる。


「お前とも決着をつけないとな――――運命の砂時計エンドフェイズ


 あやかが名前を呼んだ。今、名付けた。

 あれほど畏れ、抗い、見据えてきた。夢の到達点と感じる相手。巨大な感情の渦が向かう先、ただの敵と断ずる以上のものを感じる。

 目が合った、ような気がした。あやかはもう、気のせいとは思わなかった。距離は近い。相手はもう動くことすらままならない。それでも絶望の象徴は崩れない。この世の全てを崩壊に導くため。


「悪いな、えんま。お前の勝負⋯⋯見届けてやれねえや」


 最後の最後、決着をつけるべき運命へと向き合う。

 巨大な火球が襲う。あやかは真っ正面から受けて立った。


「リロードクラッシュ!!」


 避けてもその先を狙われるだけ。ならば真っ直ぐ突き進むのみ。


「いっけええぇぇぇ!!!!」


 炎が散る。膨大な質量を破壊しきれない。それでも拳を振り抜く。全身をちりちりと焦がしながら、散っていった火球が後ろに流れていく。その目の前、20階建ての高層ビルの残骸。


「負けっかよ!!」


 もう片方の拳。リロードクラッシュが質量の塊を破壊していく。完全には打ち破れない。衝撃があやかの全身に伝わり、倒れそうになる。それでも進む。また次の攻撃が。一歩一歩。次が。その歩みは止まらない。


(『終演』――――この世界のお前は、きっとオリジナルとは違うんだよな)


 本物よりも劣っているのか、はたまた絶望の象徴として本物以上の脅威に成り果てたか。そもそも本物オリジナルなんて本当にいるのか。そんなことは些細なことに過ぎない。

 何度でも立ちはだかってくる因敵に奇妙な縁すら感じる。今、こうして、目の前にいるこの宿敵こそが真実だ。


「『ここ』には『お前』しかいない。『あやか』は『ここ』にいる」


 あやかは言った。にっかりと笑った。

 幾度もあやかを襲った質量の壁を打ち破り、ようやくここまで来た。手を伸ばせば、終わりの砂時計に触れられる。ようやく、ここまで来た。だらりと下ろされた両腕は、しかし全く動かない。


(動け、まだ止まるな、動け、戦え、勝ち取れ――――)


 肉体の限界。精神の限界。

 ここまで必死に戦い続けたあやかは、もはや臨界に達していた。所詮使い魔でしかない存在。ついにその動きが止まる。


(違う。そうじゃないはずだ。俺は、終わりのあやか。輪廻のネガの使い魔。輪廻を流転する業の担い手)


 灼熱の業火が目前に渦巻く。莫大の質量。全身が、魂が、熱く熱くあぶられる。燃える空気があやかの魂に火を点けた。その手が動き始める。

 いつだって、あやかの前には苦難が立ちはだかってきた。それを乗り越えるために何度でも立ち上がってきた。戦ってきた。そうして、今ここに立っている。

 想いが尽きなければ、魔法の力はきっと応えてくれる。


「それでも――――アタシは、十二月三十一日あやかだ」


 確固とした自我。自己を肯定して立ち続ける魂の根幹アートマンが。拳を握る。身体は動く。否、動かさなければならない。だから動かす。


「――――――ッッ!!!!」


 腹の奥から咆哮が響き渡る。生命の煌めき。全力の拳が灼熱の質量に噛み合う。リロード、拳は止まらない。全身を焼かれながらも前に進む。


(届け――掴むんだ)


 自らの意志で。十二月三十一日あやかという人格を示す。反復リロード魔法。繰り返す力、増幅する力。いくら足りなくても、想いの限り手を伸ばし続ける。その魂に、紅蓮の灯火が、鮮やかな彩りが宿った気がした。


「リロード!!」


 叫ぶ。打ち破り、届く。

 効果は絶大だった。『終演』が、あの絶望の象徴がついに砕け散る。凄まじい衝撃が天にも届き、暗雲が散った。バラバラに散った砂飛沫に埋もれるように、あやかは前のめりに倒れる。


「あはっ!」


 にっかりと笑って空を見上げる。ひび割れようとも、満天の星は依然大空に浮かんでいた。溢れる生命の歓喜。揺るぎない自己肯定。散らばった砂粒を握り締め、あやかはまた立ち上がった。

 終わりの終わりはまだ果てしなく。あやかもそれを理解しているから。


「おいで」


 自分でも驚くほど、優しさが滲み出た声だった。木っ端微塵に吹き飛んだ運命の砂時計。その破片を押し除けるように、輪郭がボヤけた影が立ち上がる。

 伝説のネガ、『終演』。結界を必要としないほどの超ド級のネガ。しかし、あやかはαの言葉を思い出していた。。ネガの結界は、その身を守るためのものでは無かった。自分の世界で現実を侵蝕した果ての結果なのだ。 


「じゃあ――――決着つけようか」


 みんなで挑んで敗北したあの世界。

 届かなかった拳の先で、あやかはと感じたのだ。

 終わりの世界で、最後に立ちはだかる、に。






 終わり、それは実存とはほど遠い幻想だった。

 何事にも始まりがある。しかし、終わりなんてものは本当にあるのか。

 思わずにはいられない。あるいは祈りか。けれど、終わりがないのだとしても、区切りはある。何かの決着をつけるべき時が、必ず来る。


 物語の結末――――それは、今だ。

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