Färben Sie! Färben Sie! Färben Sie!
【感情戦争彩り在れ】
白と黒と灰色。
色の三要素の内『明度』しか持たないとされる色。別名、『無彩色』。最後に残ったのは、モノクロの彼女たちだった。何も無かったが故に彩りを求める。自分に無いモノを獲得することこそが、物語性の根幹だ。
白の少女は、生まれつき身体が弱くて想うことしか出来なかった。
黒の少女は、自我の個性を見出せなくて生きる原動力がなかった。
灰色の少女は、存在そのものが偽りであることを突きつけられた。
戦うことは、勝ち取ろうとする意志だ。これは『偽物』が『本物』になる物語。彩りみどりのより取り見取り。
マギア・トロイメライ。
♪
「ちっくしょう……ッ!」
短い時間だが、確実に意識を失っていた。一分か二分か。それぐらいならまだいい。最悪全てが終わっている。
「なんなんだ、何が起きたッ!?」
遠くで白い閃光と銃声が入り乱れる。戦いはまだ終わっていないようだ。すぐに駆け付けようとして、その動きがピタリと止まる。
「……そうかよ」
意味ありげなアリスの含み笑い。その本当の意味を理解する。
強烈なプレッシャーを感じてゆっくりと振り返った。あの質量を飛ばせるとしたら、候補はもう絞られている。崩れかけた身体と零れ落ちる砂粒。それでもなお、終わりの運命は立ち塞がる。
「お前とも決着をつけないとな――――
あやかが名前を呼んだ。今、名付けた。
あれほど畏れ、抗い、見据えてきた。夢の到達点と感じる相手。巨大な感情の渦が向かう先、ただの敵と断ずる以上のものを感じる。
目が合った、ような気がした。あやかはもう、気のせいとは思わなかった。距離は近い。相手はもう動くことすらままならない。それでも絶望の象徴は崩れない。この世の全てを崩壊に導くため。
「悪いな、えんま。お前の勝負⋯⋯見届けてやれねえや」
最後の最後、決着をつけるべき運命へと向き合う。
巨大な火球が襲う。あやかは真っ正面から受けて立った。
「リロードクラッシュ!!」
避けてもその先を狙われるだけ。ならば真っ直ぐ突き進むのみ。
「いっけええぇぇぇ!!!!」
炎が散る。膨大な質量を破壊しきれない。それでも拳を振り抜く。全身をちりちりと焦がしながら、散っていった火球が後ろに流れていく。その目の前、20階建ての高層ビルの残骸。
「負けっかよ!!」
もう片方の拳。リロードクラッシュが質量の塊を破壊していく。完全には打ち破れない。衝撃があやかの全身に伝わり、倒れそうになる。それでも進む。また次の攻撃が。一歩一歩。次が。その歩みは止まらない。
(『終演』――――この世界のお前は、きっとオリジナルとは違うんだよな)
本物よりも劣っているのか、はたまた絶望の象徴として本物以上の脅威に成り果てたか。そもそも
何度でも立ちはだかってくる因敵に奇妙な縁すら感じる。今、こうして、目の前にいるこの宿敵こそが真実だ。
「『ここ』には『お前』しかいない。『あやか』は『ここ』にいる」
あやかは言った。にっかりと笑った。
幾度もあやかを襲った質量の壁を打ち破り、ようやくここまで来た。手を伸ばせば、終わりの砂時計に触れられる。ようやく、ここまで来た。だらりと下ろされた両腕は、しかし全く動かない。
(動け、まだ止まるな、動け、戦え、勝ち取れ――――)
肉体の限界。精神の限界。
ここまで必死に戦い続けたあやかは、もはや臨界に達していた。所詮使い魔でしかない存在。ついにその動きが止まる。
(違う。そうじゃないはずだ。俺は、終わりのあやか。輪廻のネガの使い魔。輪廻を流転する業の担い手)
灼熱の業火が目前に渦巻く。莫大の質量。全身が、魂が、熱く熱く
いつだって、あやかの前には苦難が立ちはだかってきた。それを乗り越えるために何度でも立ち上がってきた。戦ってきた。そうして、今ここに立っている。
想いが尽きなければ、魔法の力はきっと応えてくれる。
「それでも――――アタシは、十二月三十一日あやかだ」
確固とした自我。自己を肯定して立ち続ける
「――――――ッッ!!!!」
腹の奥から咆哮が響き渡る。生命の煌めき。全力の拳が灼熱の質量に噛み合う。リロード、拳は止まらない。全身を焼かれながらも前に進む。
(届け――掴むんだ)
自らの意志で。十二月三十一日あやかという人格を示す。
「リロード!!」
叫ぶ。打ち破り、届く。
効果は絶大だった。『終演』が、あの絶望の象徴がついに砕け散る。凄まじい衝撃が天にも届き、暗雲が散った。バラバラに散った砂飛沫に埋もれるように、あやかは前のめりに倒れる。
「あはっ!」
にっかりと笑って空を見上げる。ひび割れようとも、満天の星は依然大空に浮かんでいた。溢れる生命の歓喜。揺るぎない自己肯定。散らばった砂粒を握り締め、あやかはまた立ち上がった。
終わりの終わりはまだ果てしなく。あやかもそれを理解しているから。
「おいで」
自分でも驚くほど、優しさが滲み出た声だった。木っ端微塵に吹き飛んだ運命の砂時計。その破片を押し除けるように、輪郭がボヤけた影が立ち上がる。
伝説のネガ、『終演』。結界を必要としないほどの超ド級のネガ。しかし、あやかはαの言葉を思い出していた。例外は存在しない。ネガの結界は、その身を守るためのものでは無かった。自分の世界で現実を侵蝕した果ての結果なのだ。
「じゃあ――――決着つけようか」
みんなで挑んで敗北したあの世界。
届かなかった拳の先で、あやかは目が合ったと感じたのだ。
終わりの世界で、最後に立ちはだかる、彼女に。
♪
終わり、それは実存とはほど遠い幻想だった。
何事にも始まりがある。しかし、終わりなんてものは本当にあるのか。
思わずにはいられない。あるいは祈りか。けれど、終わりがないのだとしても、区切りはある。何かの決着をつけるべき時が、必ず来る。
物語の結末――――それは、今だ。
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