ヒロイック・スクランブル

【ヒロイック・スクランブル】



 真っ直ぐで、眩しい。

 そんな印象の少女だった。


「あたしは、正しく在りたいんです!」


 正義。その言葉の意味は今も分からない。追い求めて、壊れていった、かつての相棒を思い出す。

 正しく在る、とはどういうことなのか。


「一緒に戦いましょう」


 ネガをより多く倒すこと。それがマギアにとっての正義だ。与えられた役割だ。そんなもので満足するのならば、英雄はいくらでも手を貸してあげられる。

 楽しかった。

 暖かかった。

 それでも思わずにはいられない。あの純真な少女が、自分みたいな血みどろの怪物と一緒にいてもよいものなのか。


「一緒に、戦いましょう」


 もう二度と、離れていかないように。

 より強く。より華麗に。より英雄たれと。



――――こんな醜い欲望⋯⋯見せられるわけないじゃない



 意識が覚醒する。

 目が開いた。殺風景な砂漠。心地良い脱力感。スパートの『治癒』の魔法だ。無理に立ち上がろうとした身体を、弟子が抑える。


「ごめ、私どうなって!?」

「落ち着いて下さい! ヒロさんはネガにやられちゃって⋯⋯」


 複数箇所、肉体を貫通する程の咬み傷。流血は今も止まらない。心臓が無事なのは、単なる幸運か、それとも無意識の緊急回避だったか。


「ごめんなさい、あたしのせいでヒロさんが⋯⋯⋯⋯また、足を引っ張っちゃった⋯⋯」

「いいの。それよりどうなっているの? まだ結界の中よね?」


 トロイメライとメルヒェン。望みがあるとすれば、高梁から来た二人のマギアだった。だが、二人の魔力反応は遠くで明滅しているだけだ。苦戦している。こちらの援護には回って来られないだろう。


「助けてくれたんです。あの、マギアが――」


 ヒロイックが制止を振り切って起き上がる。ふらつく身体を気力だけで支えながら、その光景を見た。



「よー」


 煤けた赤。

 苛烈な槍捌き。


「随分とまー、無様晒してんじゃん?」



「デッドロック――――!」

「そーだ。のデッドロック様が来たぜ!」


 流砂に突き刺した大槍を足場に、赤のマギアが跳び跳ねる。槍が沈む速度より、デッドロックの足運びの方が遥かに速い。大顎の内側から突き刺す槍が真っ赤に燃え上がる。

 だが、砂色の矢印が熱量を外に散らす。赤のマギアの猛攻に引けを取らない暴れようだ。


「――――これ以上、無様は晒せないわね」

「ヒロさん、ダメだって!!」

「ありがとう、スパート。もう大丈夫よ」


 傷口をリボンで塞ぎ、ヒロイックが跳び上がる。沈みかけている大槍を鎖で束ね、まるで舟のように乗り回す。


「へー、動けるのかい?」

「りりり。魔力飴ヴィレは渡さないわ」


 黄と赤。かつて分かたれた二人が横並ぶ。







 あやかが目覚めた時には、大バネと矢印は消えていた。刃を構える水色のマギアと、小銃を構える黒のマギア。敵意と敵意がぶつかり合う。


「おいおい待て待てどうなってんだ!!」


 あやかが慌てて間に入る。頭部への殴打、そのダメージはまだ残っているらしい。足元が絡まって派手にズッコケる。


(でも、生きてる。真由美がうまくやってくれたんだ!)


 しかし、これはどういう状況だろうか。マギア・メルヒェンとマギア・ジョーカー。初対面のはずの二人が、こんなにも敵意をぶつけ合う状況とは。


「目、覚めたの。大丈夫?」


 ジョーカーが小銃を下ろした。ぎょろりと蠢く双眸が不気味に揺れる。


「あ、ああ⋯⋯俺は大丈夫だ。アンタは、どうしてここに?」

「貴女が、⋯⋯から」

(ジョーカーにとっては、俺とは初対面のはず。その危機に駆けつけるほどの理由が何かあるのか?)


 真由美は、無言だ。あやかにはそれが不吉に思えて仕方がない。


「マーカー、メーカー⋯⋯は、私の手には、負えない。もちろん⋯⋯貴女たちだけ、でも」


 訴えかけるような視線。あやかは真由美の方を向いた。真由美は無言のまま武器を消す。


「⋯⋯⋯⋯ソイツ、信用するの?」

「少なくとも、ここで倒すような相手じゃない」

「そう。行きましょ、向こうが心配だわ」


 走り出す真由美に、あやかが続く。死の砂漠はまだ健在だ。ネガは未だ倒されていない。


(ジョーカー、デッドロックの同盟相手⋯⋯)


 前回の周回では、共闘こそしたがあまり話が出来なかった。それどころではなかったのだ。しかし、彼女にも事情があって『終演』打倒を掲げていることは分かっている。

 あやかは一度振り向いた。ジョーカーの不吉な双眸が、ずっと見つめていた。







「り、りりり――――りりりりり」

「はっ、マジかよ!」


 大槍を支点にした鎖の足場。秒速で沈みつつある足場でも、英雄にとっては十分すぎるものだった。

 鎖の音が冷酷に連なる。攻撃の苛烈さにデッドロックが下がった。大顎を叩くどころか、その内部に。ネガの体内に縦横無尽に鎖が広がる。内も外も固縛り。英雄の両腕が死縛を引く。


「うわぁ、ヒロさんえげつない⋯⋯」

「お前は知らないだろーけど、あいつけっこー無茶苦茶すんぞ」


 爆散するネガを引き気味に見るスパート。槍を携えたデッドロックがその隣に並ぶ。


「⋯⋯⋯⋯あんた、敵じゃないの?」

「んー? そーだっけなー?」


 デッドロックの両目が爛々と輝く。崩れる白蟻の肉体をじっと凝視する。まるで何かを探すかのように。


「あたしはのデッドロック。敵や味方にこだわりゃしねーのよ。きちんとあたしの利になるんなら、な」


 砂色の矢印。

 その兆候を見て、赤のマギアは犬歯を剥いた。短槍の投擲が呪詛刻印を縫い止める。ヒロイックがこちらを向いた。


「りり?」


 鎖の乱舞。英雄に飛び掛かろうとした『M・M』が打撃の嵐に弾け飛んだ。逃げ出そうとしてもデッドロックの槍が逃さない。

 スパートが息を呑む。土壇場でとてつもない連携だった。


(あたしは、こんなにうまくやれない⋯⋯⋯⋯)


 ヒロイックが大きく飛び退いた。砂色の呪詛刻印が降り落ちた。


「チッ、やられた」


 砂漠の砂煙。ヒロイックがリボンで凪ぐが、視界が晴れた先に『M・M』はいなかった。代わりに、駆けつけたばかりのマギア二人が。


「トロイメライ、メルヒェン。良かった、二人とも無事なのね」


 言って、ヒロイックが魔力飴ヴィレをデッドロックに投げ渡す。デッドロックは怪訝な顔で投げ返した。


「倒したのはあんただ」

「あら、律儀なのね」


 もう一度投げ渡される。


「じゃあ、ズルいとこ見せちゃおうかしら?」


 投げた手の指に挟まる魔力飴ヴィレが二つ。デッドロックが舌打ちして飴を収めた。


「⋯⋯そーとー喰ってたんだな。三個なんて初めて見たぞ」

「⋯⋯うん。ここで仕留められて良かった。ありがとう」


 はにかむ英雄。どっちつかずのゴロツキもどきはそっぽを向いた。

 結界が崩れ始める。崩壊する死の砂漠で、あやかは不吉な黒を見た。遠くでこちらを観察していた。


「わりー、ジョーカー! 『M・Mイレギュラー』は仕留め損なった」

「――――いいわ」


 止まる。心臓と思考。

 最初に、を知っているあやかが冷静になった。次にヒロイックが生唾を呑む。メルヒェンとスパートが同時に戦闘態勢を整えた。

 マギア・ジョーカー、不吉な黒は四人のマギアの目をすり抜けてデッドロックの隣に立っていた。それも一瞬で。


「一つ、確認ができた。これは⋯⋯大きな収穫」

「あいよ。なら良かったぜ」


 デッドロックはヒロイックに目配せをした。英雄が躊躇いがちに口を開く。


「⋯⋯⋯⋯元気に、してる?」

「まーー、な」

「貴女たちの目的は、『終演』でしょ? 手を組めないかしら?」

「は? なんで? あんたと?」


 刺々しい言葉に、英雄は苦笑いを浮かべた。泣きそうな表情を殺して、次の瞬間には毅然と立つ。


「分かっているはず。『終演』に『M・M』、戦力は多いに越したことはないわ」

「数だけ増やしてもどーしよーもない。こんなレベルの奴らなら⋯⋯あんたは独りで戦った方が強いはずだ。そんな、全力全開の英雄様なら一考してやるよ」


 今の仲間を捨てて、かつての相棒と組むか。英雄は迷わなかった。


「次、会ったら容赦しないから」

「⋯⋯そんなんだからいらねーんだっての」


 結界の崩壊と同時、デッドロックとジョーカーが陽炎のように消えた。デッドロックの『幻影』の魔法。過去の周回でもそうだったが、逃げるにはうってつけの魔法だ。



「――さて、なんとか勝ったわね」


 言葉と対照的に、空気は重苦しい。

 どこか張り詰めたヒロイックと、沈んだ顔で愛想笑いを浮かべるスパート。隣のメルヒェンは仏頂面で不機嫌そうだ。あやかは仲間たちを見渡して、考える。


(このままで――――いいはずがない)


 そして、一つの決意を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る