トロイメライ・アンファンク
【トロイメライ、『本物』の始まり】
ヒーローになりたい。
それが
どうしてそんな夢を抱くに至ったのか。自らのルーツを思い返す。
怯えていた。白い目で見られている気がした。親戚の間を数年ごとにタライ回されていた過去。仕方がないことは理解している。しかし、生き残ってしまったことへの負い目がどこまでも追い果てる。求められないことへの恐怖。だから、あやかは強くなろうと奮起した。
ヒーロー。それは人に求められるべき偶像。
ヒーローであれば、人はちゃんと見てくれる。求めてくれる。注がれる視線と、蠢く腕の数々。黒い泥を頭から被りながら、少女は笑った。欲であり、執着。そんな醜い自分を、それでも今であれば肯定出来る。
大道寺真由美という少女に惹かれるのは何故だろうか。
自分にとって、都合の良いお姫様。そんな目で見ていたことは否定出来ない。それでも、きっと都合の良いお姫様でなくとも、彼女の力になってあげたいと思う。放って置けない。助けたいと思う。
この気持ちは、自分の夢に他ならない。魂を賭して手に入れたかったもの。この夢に背くことは、きっともう、ないだろう。背いた果てを、あやかは覚えていなかった。
だから無邪気に信じられる。
ここまで追い詰められて、未だネガに堕ちてはいない。
この夢を諦めていない確かな証だった。
♪
崩壊する世界。虚無に引き摺られながら、あやかは囁きの悪魔を見上げていた。
「このまま出てこないのかと思ったよ!」
ここで姿を現したこと。その理由をあやかは察する。
白ウサギはタイミングを図っていた。アリス、ジョーカー、そしてメルヒェン。彼女らがいなくなるその時を。
『気付いているかい? 次の世界が、正真正銘最後の舞台だ』
あやかは鼻で笑った。予感はあった。繰り返す度に世界は少しずつ壊れていく。具体的にどこがおかしくなっていくのかを、あやかは認識することが出来ない。それでも、感じ取ることは、ある。
「長くはないと思った。でも、次で終わりなんて唐突だな」
『正確には、その次はもう保たないってことだけどね。僕や君にとっては同じことだ』
「はっ! まるで誰かさんが用意してくれた世界みたいだな!」
皮肉に白ウサギは反応しなかった。
ラストチャンス、最後の挑戦。望むところだ。本来、人生は一度っきりしか与えられていないのだ。今までがむしろアンフェアだった。
『次の世界の君には、記憶を引き継がれている。それで間違いないね?』
確認に、あやかは力強く頷いた。
『ならば、心に留めておいてくれ。僕は、僕だけが君の味方だ。それをゆめゆめ忘れないようにね』
「それ、前にも言われたな」
白ウサギがガクガク震える。そういえば、囁きの悪魔と称されるこの白ウサギは、どうして当たり前のように世界を渡っているのだろうか。あやかはそこに運命を感じた。だから、聞くのも野暮だと考えたのだろう。
口をついたのは。
「じゃあさ、一つどうでも良い疑問に答えてくれよ」
興味本位の問い。
「お前、何匹いるの?」
『⋯⋯素晴らしい。やっぱり君には分かるのか。メフィストフェレスは群体だ。世界的にマギアの契約を結ぶことは、単独個体では物理的に不可能だからね』
ガクガク震える白ウサギの後ろから、全く同じ外見の白ウサギが次々と現れた。右から数えてちょうど二十。流石のあやかも絶句した。
『この世界に残っているのはこれで全部だ。メルヒェンに随分減らされたから大変だったよ』
「真由美が⋯⋯?」
マギア同盟が総力戦で『終演』に挑んだあの時、真由美が投げ放ったのは白ウサギの内の一体だったのか。白ウサギたちを見上げて、あやかはポツリと零した。
「お前ら、全員本当にめっふぃなのか⋯⋯?」
『さっき言った通り、囁きの悪魔は群体⋯⋯というよりは漠然とした概念として成り立っている。どれが、とかいう指示語は意味をなさない』
はぐらかされた。
囁きの悪魔メフィストフェレス。彼らにも何か裏があるのかも知れない。
『そろそろ時間だ。僕は最後の世界で、最後の君を待つ。終わりのあやか、次こそはその本懐を果たしてくれよ。夢を、掴むんだ』
白ウサギたちがぞろぞろと門を潜る。その内の一匹があやかの胸に跳び乗った。
「ん? お前は行かないのか?」
『独りは寂しい、のだろう? 僕を道連れにするといい』
「悪魔が同情か。笑えねえな⋯⋯⋯⋯でも、ありがと」
あやかはめっふぃを抱き締めた。柔らかくて、温かい。まるで本当に生きているような。その小さな身体がどこかくすぐったくて、身も心もむず痒くなった。どさくさに紛れて、あやかはその額に口付けをした。
『覚悟は決まったかい、トロイメライ』
奇妙な浮遊感に包まれる。砕けた大地が完全に崩壊したのだ。
「おう! 全部掴んでやる。そのために、俺は最後まで戦ってやる」
『僕は君の勇姿に期待している。君が『終演』を倒すんだ』
虚無に墜ちながら、あやかは首を横に振った。
「俺の道は俺自身が決めるぜ。でも、後悔はさせねえさ。本当の俺を始めるんだ。とびっきりの特等席で魅せてやるよ!」
『それは――――楽しみだ』
誘いの白ウサギが、笑顔を浮かべた気がした。
同時、世界の崩壊とともに全ての生命は活動を終えた。
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