スパート・タッチ
【スパート、接触】
「正義のマギア、スパートに会いに来た」
少し気取って、あやかはそう話しかけた。
青の少女。さっぱりと切り揃えた短髪に、淡い紺色のブレザーと白と黒のチェックのスカート。そして、胸元に揺れる青いリボン。少女は呆気にとられたように立ち尽くしている。
「俺はマギア・トロイメライ。隣の高梁を守るマギアだよ」
「高梁? どうしてこんなところに?」
制服少女が目を丸くした。こんなに純粋な反応は初めてだ。あやかのテンションが上がる。
「よくぞ聞いてくれた、スパート!」
「いや、そもそもなんであたしのこと知ってんのよ⋯⋯」
「有名だぞ?」
「そなの!?」
嘘である。だが、そんな丸分かりの世辞にも気分を良くしてくれたようだ。思っていた通り、ノリが良い。
「あ。知ってるみたいだけどあたし、マギア・スパート! 神里中学二年生の
「俺はマギア・トロイメライ!
「うわぁい、タメだゾ!」
「いえーい!!」
パァン、とハイタッチ。普通の女子中学生同士のようなやり取り。あやかにとっては堪らなく新鮮に感じる。
「でも、なんで神里に?」
「もうすぐ、『終演』っていうヤバいネガがやってくる。俺はソイツに対抗するための仲間を探しているんだ」
「『終演』――――――?」
寧子の肩がぴくりと跳ねた。
「ひょっとして、知っているのか?」
「うん。ヒロさんから聞いたことがある。ひとたび姿を現したら街一つ消し飛ぶ、そんな伝説のネガなんだって」
「ヒロさん?」
「マギア・ヒロイック、あたしの師匠だゾ!」
英雄ヒロイック。そういえば、そうなのだ。スパートはヒロイックの弟子だった。神里を縄張りにする彼女のことは、避けては通れない。あやかは探るように口を開きかける。遮るのは寧子の声だ。
「だったら、そんなネガは絶対にやっつけなきゃダメだよね! あたしはまだまだ弱っちいけど、ヒロさんに特訓してもらってうんと強くなる!」
だから、と右手を差し出される。
あやかは、最初それが握手の合図だと分からなかった。
「一緒に『終演』のネガを倒そうね! この街を守るんだ!」
力強く、寧子は宣言した。その姿が眩しくて、あやかは気後れした。だが、ここで退いては不審がられる。そんな薄っぺらい打算で、右手を握り返す。
「当然」
「ヒロさんだって一緒に戦ってくれるはずだもん! あの人、すっごく強くて格好良くて可愛いんだゾ! あたしたちがチームを組んだら無敵だって!」
そして、無邪気にはしゃぐ寧子を見て、思った。
この子を、陰謀や抗争に巻き込むべきではない。こんな、正義の腐った世界に踏み込ませてはいけない。『終演』との戦いに参加させるべきではないとすら思った。純粋で、汚れを知らない。そんな無垢のマギア。後ろめたさがチクリと刺さる。
あやかだって、最初はこうだったはずなのに。
(どうして――――こんなことになっちゃったかな)
スパートを利用して、ヒロイックの情報を掠め取る。そんな企みが、ひどく矮小なものに感じる。あやかは口を
「絶対に、『終演』を倒そう」
今度は、強く、はっきりと、誇らしげに。
♪
「あら?」
家の鍵が開いていたことに、ヒロイックは首を傾げた。うっかり閉め忘れたのかもしれない。オートロックのタワーマンションの一室とはいえ、万が一もありうる。戸締りに気を付けなければと反省。
「うっかりしちゃってダメね⋯⋯」
彼女はこの広い一室に一人暮らしだった。ただいまを言う相手もおらず、そのまま中に入る。そこで、ぴたりと足を止めた。
(誰かいる)
ヒロイックが右手を上に引く。この一室を中心に、ヒロイックは薄く結界を張っていた。魔力の痕跡があればすぐに気付く。だが、その反応はない。
考えられる可能性としては。
一つ、魔力を用いない手段で侵入されたこと。
一つ、結界を掻い潜るような魔法を使われたこと。
どちらにせよ、脅威であることは変わらない。一歩、一歩。あくまで冷静に足を進める。カバンは玄関に置いてきた。両手を開けて、いざという時には瞬時に魔法が使えるように。
「あれ――――――なんだ、結局帰ってきちゃったのね」
だが、視界に入ったシャボン玉に力が抜けてしまった。その泡は、魔法によるもの。結界がそう感知した。そして、ヒロイックが想像している相手であれば、侵入方法は簡単に分かる。
なんてことはない。単純に合鍵を使って入って来ただけなのだ。
リビングの奥、ソファに隠れた少女が右手を上げた。寛いでいるらしい。相変わらずな少女に、ヒロイックはくすりと笑みをこぼした。一歩、一歩。今度はやや軽快に足を進める。
ソファの向こうから、身体を起こす少女。彼女は言った。
「――――デザイア!」
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