ジョーカー・ジェノサイド
【ジョーカー、幕引きを告げる魔法】
轟音が耳につく。耳障りだ。あやかは重い瞼をゆっくりと上げていく。
(あれ、どうなったんだ……?)
『終演』と激突した後の記憶がない。荒れ狂う暴風を見るに、倒せたわけではないのだろうが。
「みぃなッ!!」
名前を呼んだ。怒られると思って、今まで呼ばなかった。しかし、今はそんな場合ではない。赤の少女が俯いている。
赤い魂の、燃える槍使い。無数の火球に囲まれ、覚束ない動きでなんとか凌いでいる。助太刀に入ろうとあやかが跳んだ。その身を大槍の一閃が凪いだ。
「なにする、ん……だ?」
辛うじて防いだあやかは絶句した。立ち尽くす。しばらく辺りを警戒していたデッドロックだったが、ついに気付いて顔を上げる。
「……あやか? 悪ぃ、目も耳もやられちまった」
焼き爛れた顔。目は潰れ、耳は焼け落ち。それでも彼女は果敢に戦い続ける。
(そっか、負けたんだ……)
これだけ万全な態勢でも『終演』を止められなかった。最早勝ち目も希望もない。百戦錬磨のデッドロックなら分かっているはずだ。それでも闘うのを止めない。あやかには、その理由が分からない。
「あやか、スパートとジョーカーはどうだ? あいつらともはぐれちまったみたいでさ」
あやかは静かに目を閉じた。爆発音が僅かに聞こえる。少なくともジョーカーは生きているだろう。言おうとして、声が出ない。足が震えていることに気付く。戦えない。何も、出来ない。
(……みぃなはもうダメだ、助からない)
このまま続けても、いずれ焼き殺されるだけ。あやかと違い、他者の回復も出来るスパートとの合流も、望み薄。逃げても長くは保たない。彼女自身にもそれは分かっているのだろう。だからこそ、あやかをジョーカーたちのところへ行かせるのだ。
「ヒロとはちゃんと通じ合えたし、あんたらと、その、友達になれた。……負けんじゃねーぞ。あたしも一緒にいるからな」
いつかは通らなかった想い。しかし、それはあやかにとっても当てはまることだった。涙を拭く余力すらなく、あやかが走り抜ける。
「それでいい⋯⋯⋯⋯ヒロ、約束したよな。一緒に『終演』を倒そうって」
小さく呟く。
かつての約束はこれから果たされる。まだ終わってはいない。
「あいつらは強い。だから大丈夫だよ。あたしらは伝説のネガに勝つんだ」
足下の瓦礫を掘り起こすと、郁ヒロの死体が出てきた。頭は潰れてしまったが、身体は死んだときの、ほぼそのまま。彼女が守ったのだ。
「まー……あたしらはここまでだけどな」
ヒロのすぐ横でデッドロックが崩れ落ちる。その手には、燃えるように輝く真紅の炎玉。
「寂しがり屋のあんたのことだ。一緒に居てやるよ」
運命の砂時計に、巨大な赤槍が立ちはだかる。
デッドロックは犬歯を剥いて、不敵に、獰猛に、笑った。
「もう⋯⋯⋯⋯⋯⋯独りぼっちにはさせないさ」
命の灯火が――爆散する。
♪
「あぁ、ぁ……」
辿り着いた先で、あやかが崩れ落ちる。絶望的な光景だ。聳え立つ巨大な砂時計。立ち向かうジョーカーは小銃の引き金を引き続ける。スパートが足を地面に埋もれさせながら支えていた。回復魔法が追い付かず、魔力がじわじわと枯渇していく。
「……もう、魔力切れ」
倒れたスパートを、ジョーカーは見下ろした。血に濡れた双眸を。
「……いいよ」
「……ごめんなさい」
小さく笑うスパートにジョーカーが銃口を向ける。ここでネガが増えれば、本当に何もかもが終わりだ。黒のマギアが何をしようとしているのか、あやかはすぐ気付いた。
「やめろ……ッ」
銃声。
心臓を撃ち抜かれてスパートの動きが止まる。爆風の中から現われる、終わりを告げる舞台装置。圧倒的な絶望の運命がマギアたちを見下ろしていた。
「トロイメライ!」
こっちに気付いたのか、ジョーカーが叫ぶ。
「『終演』を……ッ!!」
全てを見下ろす絶望の具現。巨大で強大な運命の砂時計。しかし、その勢いは全くと言ってもいいほど衰えていた。
「とどめを……貴女、なら」
ガタガタと歪な震え方をする『終演』。勢いが衰えた絶望の象徴を、ジョーカーの魔法が辛うじて封じ込めている。ここまで弱らせて、ようやく拮抗。血に濡れて、震える腕。ジョーカーの必死な目つきがあやかに向いた。
「俺、は――――――……」
拳を握る。
その目前、暴風に飛ばされて何かが落ちた。
(本当に、ひどい、一撃だ…………)
瞳孔が開ききった少女の死体。大切にしたいと感じて、この最終舞台で裏切られた相手。彼女が力尽きたことが、あやかから闘志の牙を根こそぎ引き抜いていく。
「アタシ、は――――――……なんのために…………」
膝をつく。もう力が入らない。
世界が崩れ落ちていく音が聞こえた。あやかが見上げた先にあったもの。それはジョーカーが浮かべる侮蔑の表情だった。
「しょせん、そんなもの……」
『終演』が世界を席巻する。もう抵抗するマギアは誰も残っていない。
「貴女の欲は、資質は、夢は…………ヒーローなんて、届きは、しない」
様子がおかしい。
「メフィストフェレス! どこにいるの!? こんな時ぐらい役に立ちなさい! お前が働かないでどうするのよ!!」
ヒステリックに喚き立てるジョーカー。あの白ウサギは真由美の手によって潰された。あやかの拳が粉砕した。そのはずだ。そのはずなのだ。
「トロイメライ」
甘い声が聞こえた。
ジョーカーが絶叫する。
「君のそんな姿は見たくなかったよ」
戦意喪失。
世界の崩壊。
まさに地獄だった。
仲間は誰一人残っていない。最後に残ったジョーカーは気が触れたように哄笑するだけだ。めっふぃは最後まで姿を見せなかった。
(これも全部……真由美の手のひらの上、なのかな)
「今回も、ダメだった」
あやかは、世界の終わりを目にする。
笑いを止めたジョーカーが魔法を発動する。いつものように、気怠げに、何もかもを諦めたような陰気な表情。不吉な双眸が在りもしない未来を見据えている。
「次も、ダメかもしれない…………それでも、私は……」
心は折れ、思考も腐った。
マギア・ジョーカー、不吉の黒。暁えんまという少女が何を言っているのか、理解が追いつかない。ただただ不吉な予感だけが胸を
時間が歪んだ。
空間が歪んだ。
新世界への道が。『終演』が崩壊させた世界から、ジョーカーが次の世界への道を拓く。終わりは、次の始まりへと。繋がるはずのない時間の輪が、歪みの果てにループする。
「さようなら――――と言っても、どうせ記憶に残らない、だろうけど⋯⋯」
ジョーカーは新世界への道を進む。
その後ろに、二足歩行の白ウサギが見えた気がした。
「そ う か
お
前
が
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|
|
|
|
| ――――カチ
|
|
……っ」
あやかは世界の終焉を見届けた。
同時、その命は闇に尽きる。
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